第千二百五話 新たなる始まりを(十七)
軍団長ほどの立場の人間が死ねば、その死因に関わらず、葬儀は大規模なものとならざるを得ない。
今回もそうだ。
導士を始めとする戦団関係者だけでなく、一般市民も参列することが許されていた。
葬列の長さが、相馬流人の軍団長としての、いや、導士としての戦歴の長さ、活躍の多さを現しているかのようであり、ひとびとが嘆き悲しむ様子を見れば、彼がいかに慕われ、敬われていたかがわかろうというものだろう。
「ぼくは、相馬軍団長とほとんど関わりがなかったけど……それでも、偉大なひとだということは理解しているつもりだよ」
幸多は、斎場の一角に真星小隊の隊員たちと集まり、粛々《しゅくしゅく》と進められていく軍団長の最後の任務を見届けていた。
軍団長である。
戦団の顔たる戦闘部の、十二名の代表者。その死を飾り立てるのもまた、導士としての務めであり、使命なのだ。
生も死も、そのすべてを戦団に捧げる覚悟と決意がなければ、軍団長は務まらない。
そして、戦団もまた、軍団長の死すらも無駄にはしない。死は、終わり。だが、始まりでもある。軍団長の最後を飾る葬儀は、導士の結束を固める儀式であり、新たなる戦いの始まりを告げる鐘の音なのだ。
斎場は、葦原市本部町の中心部からは少々離れた場所にある。ここでは、毎月のように導士の葬儀が行われているが、それも致し方のないことだろう。
戦団の中でも戦闘部の導士は、常に死と隣り合わせだ。どのような任務でも、幻魔と対峙し、戦う可能性がある。獣級以下の幻魔が相手でも、場合によっては高位の導士が命を落とすこともありうるのだ。
幻魔は、人類の天敵であり、人類にとっての死そのものにして、滅びの影なのだ。
だからこそ、幻魔は滅ぼし尽くさなければならないのだが、そのために多大な犠牲を払い続けているのが、戦団だ。
そうしなければ人類復興の悲願を成就することなどかなわず、人類生存圏を拡大することもままならない。
幻魔を討ち滅ぼすためには、犠牲を払うしかない。
相馬流人もまた、そのための犠牲となった。
戦団が、いや、人類が前進するための大いなる犠牲。
相馬流人。戦務局戦闘部第一軍団長。高名なる相馬家の出身であり、風属性魔法の使い手として名を馳せていた。彼が起こす風は、様々な響きを持ち、その音色によって幻魔さえも幻惑し、混乱させ、壊滅させた。
ついには、鬼級幻魔オベロンさえも撃滅したのが、相馬龍神である。
そんな流人と幸多の接点というのは、本当になかった。皆無といっていい。
「おれたちも、まったく関わりがないな」
「うん……でも……尊敬してたよ」
「当たり前だろ」
真白が当然のようにいってきたが、黒乃も頷くだけだ。真白のような難しい性格の持ち主でさえ、星将ほどの導士となれば無条件で尊敬するものなのだ。
星将になることができるのは、戦団の中でもほんの一握りの導士だけだ。
極めて優れた魔法技量の持ち主であり、卓越した戦闘能力と素晴らしい人格を併せ持つ人物。もちろん、戦団への功績も凄まじいものである。
ただ能力が優れているだけでは、杖長にすらなれないのだ。
たとえば、だが、このまま九十九兄弟が魔法技量を伸ばしていったところで、杖長になれるかというと、なれないだろう。黒乃も真白も人格面での欠点が大きすぎる。真星小隊の一員となり、幸多を隊長として頂いているから、どうにかその欠点が目立たなくなっているだけで、幸多の部下ではなくなった瞬間、性格難が顔を覗かせるのではないか、などと、黒乃などは想っている。
だからといって、この自分で理解している欠点を是正することは極めて困難だということは、人間だれしもが直面する問題だろう。
黒乃などは、特にそうだった。
「ぼくは……まあ、それなりに、だね。伊佐那家の人間だからさ」
だから、相馬流人とも顔見知りなのだ、と、義一はいった。
そんな義一の目から見ても、斎場に掲げられた流人の遺影は、彼の一面を写し取ったものだ。第一軍団長としての、歴戦の猛者としての、導士としての顔。それがすべてではないことは、彼のことを知る人間には当たり前のことなのだが、参列者のほとんどは知る由もあるまい。
知らなくて当たり前で、知る必要もないこと。
導士のひととなりなど、一般市民が知らなければならない理由はない。
導士など、掃いて捨てるほどいるのだ。そして、それら数多の導士が、日夜命を削り、毎月のように、いや、もっと頻繁に命を落としている。
この葬儀だって、相馬流人だけを見送るものではない。流人と同じ戦場で命を落とした百十二名の導士の合同葬儀でもある。
流人を含む、百十三名の導士。
その遺影の数々を見ていると、そこにいつか自分の顔が並ぶことを想像してしまう。
階級的にも、能力的にも、義一たちよりも優秀な導士が数多く並んでいるのだ。
「優しいひとだったよ。優しく、戦闘部導士としての心構えを教えてくれたんだ」
義一の瞼の裏に浮かぶのは、伊佐那家本邸を訪れた流人との想い出であり、いまや遥か過去のものとなってしまった風景だ。まだ、伊佐那家の一員になって日が浅かった頃。そんな時期に軍団長になったばかりの流人と遭遇し、話し込んだ。
義一は、近い将来、戦闘部に入ることが約束されていたし、義一が伊佐那麒麟の後継者であることは、戦団上層部の間では周知の事実だったからというのもあるだろう。
だから、流人も優しく声をかけてくれたのだろうし、義一は、生涯、そのときのことを忘れないと想っていた。
その流人が戦死した。
オベロンを斃し、サタンの影に飲まれ。
『きみが、魔導院史上最高の天才か』
ふと、統魔の頭の中に響いたのは、記憶の中の流人の声だ。
なぜ、などとは想わない。
相馬流人を始めとする百十三名の導士の合同葬儀の最中なのだ。流人との想い出が脳裏を巡るのは、必然といっていい。
魔暦二百二十一年の四月。
飛び級で星央魔導院を卒業した統魔は、当然のように戦団に入った。戦務局戦闘部を希望し、第九軍団への配属が決まった。そして、即座に麒麟寺蒼秀と師弟の契りを交わしたことは、統魔を語る上で決して外されることのない出来事だろう。
そこから、統魔の導士人生が始まるのだから。
導士として歩み始めたばかりの統魔が流人と出逢ったのは、戦団本部でだった。総合訓練所の休憩所で蒼秀と朝彦の訓練を食い入るように見ていたことを覚えている。
隣の席に腰を下ろした流人が、いきなり、そんな風に切り出してきたのだ。
『ええと……相馬軍団長、ですよね?』
『うん。ご覧の通り。そしてきみは皆代統魔。予てから戦団が目を付けていた天才児であり、戦団の想像以上の速度で急成長を遂げた人物。蒼秀がきみを取ったことは、自分を含め、全軍団長が羨んでいるよ。まあ、きみは同じ属性の照彦か、さもなければ近似属性の蒼秀が相応しいとは思っていたけれどね』
『はあ……』
流人の柔らかな物腰は、軍団長らしからぬもののように思えた。透き通ったような微笑の持ち主で、心ここに在らずとでもいうのだろうか、意志があるのかないのか、よくわからない人物だった。それはそうだろう。直接話し合うのは、これが初めてだったのだ。統魔が知っている流人のひととなりなど、情報でしか知らなかったし、その情報は、広報部によって取捨選択され、濾過され、加工されたものでしかない。
戦団が外部に提供する導士の情報というのは、すべて、そうだ。
統魔がその事実を知ったのは、戦団に入ってからのことだが。
『さて。天才児。きみにひとつ聞きたいことがあったんだ』
『あの……その呼び方はどうかと思うんですが。おれの名は、統魔です。皆代統魔。皆代でも統魔でも好きに呼んでくれて構いませんが、天才児は、ちょっと……』
『天才なのに?』
『はい』
『……面白いな、きみは』
『そうですか?』
『うん』
流人は、統魔の反応が本当におかしかったらしく、少しの間笑っていた。その笑顔に裏もなければ他意もなさそうだから、統魔も安堵したのだが。しかし。
『そんなきみに質問だ。きみには、この世界はどう見えている? あー……世界といっても、地球全土とか宇宙全体のことじゃない。もっと狭い、きみの見える範囲のことだ』
『世界……』
『そう、世界。きみの目に映る世界は、どんな風なんだ?』
『そんなことが、気になるんですか?』
『ああ、気になる。気になるね。だから、きみと逢って話したかったんだ』
流人がなぜ、そんな質問をしてきたのか、統魔にはまるで理解できなかったし、想像もつかなかった。
世界。
その言葉が意味するところは、いったい、なんなのか。