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第千二百二話 新たなる始まりを(十四)

 オベロンの星域せいいきが音を立てて崩壊し始めたのは、流人りゅうじんが取り込まれてからどれほどの時間が経過してからのことだったか。

 少なくとも、星域の外に取り残された全導士が態勢たいせいを整え、再配置を完了し、完璧なる戦闘準備を取るだけの時間はあった。

 神流かみる星象現界せいしょうげんかい銃神戦域オールガンズアルカディアの中ということもあり、外部から攻め込んでくるものはいない。可能性があるとすれば鬼級幻魔だが、ここは黒禍こっかの森。オベロンの領地だ。余程のことでもなければ、三魔将さんましょうのいずれかが助勢に駆けつけることはあるまい。

 故に、生き残った導士たちは、戦闘準備に集中することが出来た。

 そして。

「崩壊こそしているけれど、これで終わりとは思えないな」

 そういって警戒を強めたのは、新野辺九乃一しのべくのいちである。

 流人がオベロンの星域に飲み込まれたという報告を受けた戦務局作戦司令室は、新たな戦力を援軍として現地へと派遣した。即断即決。逡巡しゅんじゅんしているひまもなければ、余裕もなかった。一刻を争う事態だったのだ。

 そして、第六軍団長である彼とその部下たちが、援軍に選ばれた。

 新野辺九乃一率いる第六軍団からの援軍は、副長の神戸こうべエリカと杖長筆頭・本庄正臣ほんしょうまさみだ。すでにそれぞれ星象現界を発動し、臨戦態勢だった。

 無論、九乃一もだ。

 九乃一の星象現界・児雷也じらいやは、その名の通り忍者を連想させる星霊せいれいであり、九乃一の背後に控えている。影の如き装束しょうぞくまとう忍者は、禍々しささえ漂っており、いかにも星将の化身らしい力強さがあった。

 神戸エリカの星象現界も化身具象型けしんぐしょうがたで、獅子の氷像とでもいうべき姿をしていた。名を凍獅子いてじし。透き通った氷の体を持つ獅子は、雄々しく、鬣から膨大な冷気を放出し続けている。

 本庄正臣は、武装顕現ぶそうけんげん型星象現界の使い手であり、その手に握り締めた異形の長杖こそが彼の星装せいそうである。闇属性を得意とするからだろう。杖型の星装・暗黒星あんこくせいが闇を凝縮して作り上げられたかのように見受けられた。そして、杖の先端の星形の飾りが、名前の由来であることは疑いようがない。闇の星なのだ。

 そんな三名の星象現界の使い手が戦場に投入されたことによって、現地の戦力は、大幅に増大しているのは疑いようがない。

 もちろんこれは、オベロンの星域に囚われた相馬そうま流人が無事に帰還できなかった場合のことを考えてのことだ。

 流人が星域に囚われ、オベロンともども姿を消したからといって、即座にここを撤収することなどできるわけもない。

 いや、そもそも、今後も当面の間はオトロシャを恐府きょうふに釘付けにしておかなければならない以上、戦力を引き上げるなど以ての外だったし、いま、この機会にオベロンだけはどうにかしなければならないのだ。

 オベロンが、戦団の牽制攻撃部隊を壊滅させた。

 それが、引き金となった。

 戦端が開かれてしまったのだ。

 もはや、どちらかがたおれるまで戦い続けるしかない。

 オベロンは、滅ぼさなければならない。

 ここで、この場で、この瞬間に。

 故にこそ、戦団は、戦力の投入を惜しまない。

 小さな、けれども主張の激しい宇宙そのものの如き星域、その表面に亀裂が走ったかと思うと、その隙間から星神力せいしんりょくが噴き出してきて亀裂を広げた。無数にひび割れ、やがて盛大な音を立てて崩壊した宇宙が、はねの形に収束していけば、夜の王(キングオブナイト)を纏うオベロンが姿を現す。

 圧倒的な魔素質量まそしつりょうと、それに裏付けられた星神力の莫大さは、九乃一たちの意識を脅かすほどだ。警戒をさらに強め、同時に攻撃開始の合図を待つ。

 星神力の塊は、もうひとつ。

 それは、オベロンの座標よりも遥か上空にあって、凶悪無比な暴風を帯びていた。

「流人さん!」

 叫んだのは、九乃一。

 流人は、九乃一を一瞥りゅうじんし、その姿を視界に収めて微笑んだ。作戦司令部の判断は正しい。自分が生還せいかんできる可能性など、万にひとつもなかった。そして、生還したとして、生き残ることは不可能だ。

 もはや、命数めいすうは尽き果てた。

 だが、しかし、成し遂げられた、とも思うのだ。

 この身を包むのは、星装せいそう。本来、流人が用いる星象現界は、空間展開型の神風音楽堂ホールオブゴッドブレスだ。いま、流人の全身を包み込み、能力を大幅に引き上げているのは、導衣などではなく、変異した星神力の結晶なのだ。まさに神風そのものを纏っているかのような感覚があって、その感覚が無尽蔵に増幅していくのを認めた。

 そして、この神流の星域全体が流人の意識の範囲となった。

 失った右腕や右足も、ずたぼろの全身も、星装が補助してくれている。おかげで、問題なく戦えそうだ。

(そう、問題ない)

 流人は、ひとり、確信する。いままさに命が燃え盛っているのがわかるのだ。命が叫んでいる。魂が、咆哮している。全身の魔素という魔素が魔力へと練成され、星神力へと昇華しょうかし、体内の隅々にまで行き渡って脈打っていた。

 それが、音だ。

 命の音。

 燃え尽きようとする寸前、なによりも高鳴る、音。

 流人は、オベロンに視線を戻す。宇宙では若く美しい姿がったオベロンは、黒く禍々しい姿へと戻っていた。老獪ろうかいにして醜悪しゅうあくな、化け物染みた姿。それこそ、オベロンの本性なのかもしれない。

 星象現界を完全に解放した結果、取り繕うことができなくなったのだ。

 そんなことは、どうでもいいのだが。

 告げる。

「自分は、風であり、音。音であり、風。そしてこれは神風かみかぜ。神運ぶ風であり、風運ぶ神なり」

 星装につけた名は、神風。神々《こうごう》しくも幻想的な星装に相応しい名だと、彼は想った。そして、想った瞬間には、その場を移動している。流星群が迫っていたからだ。

 オベロンは、再度、星域を展開するようなことはなかった。

「いや、違うな」

 流人は、オベロンの周囲を飛び回り、風の刃で鬼級幻魔を斬りつけながら、考える。

「おまえの星域は、翅に触れたものだけを取り込むことができるんだ。だから、翅にさえ触れなければ、どうとでもなる」

「どうとでも?」

 オベロンが嘲笑あざわらい、翅を流人の進路上に展開した。膨大化した翅の狭間に宇宙が瞬き、流人を再び星域に閉じ込めようとしたが、かなわなかった。銃神戦域による全周囲から爆撃がオベロンの態勢を崩しただけでなく、児雷也と銀河守護神《G・ガーディアン》の目にも止まらぬ連続攻撃が響いたのだ。

 それだけではない。

 四軍団の副長、杖長じょうちょうによる集中砲火は、さしもの鬼級幻魔も無視できるものではなかった。

「人間風情が」

 オベロンの声に深く激しい怒気どきにじんだ。翅を眼下に向ける。地上から上空への一斉攻撃は、オベロンを防御に集中させるには十分すぎるほどのものだ。

「それがおまえの本性だろう。オベロン。どれだけ言葉で取り繕ったところで、本質は変わらない。代えようがない。自分が、そうだった。自分の本質は、結局のところ、これだ」

「なにを――」

 いっているのか。

 オベロンは、流人の言葉の意味がわからないまま、その姿を眼前に捉えていた。魔法壁を全周囲に展開し、あるいは夜の王の翅を広げることで、どうにか攻撃を凌いでいたオベロンにとって、一瞬にして懐に飛び込んできた流人には、虚を突かれたのだ。

 星装を纏う流人の顔には、死の影があった。オベロンすらもそれとわかるほどの死相しそう

 それが死そのものだと理解したときには、オベロンはなにかを叫んでいた。夜の王が蠢動しゅんどうし、翅の中の銀河が膨張する。翅の外へと溢れ出た星神力が全周囲を飲み込み、再び小さな宇宙を形成していく。

 だが、間に合わない。

 流人の左手がオベロンの顔面を貫き、魔晶核ましょうかくを掴み取ったからだ。紫黒しこくに輝く結晶体。純然たる魔力の結晶であるそれは、脈打ちながら莫大な力を発散し続けていた。それもまた、命だ。幻魔の命。生命の枠外にあるはずの、けれども決して生と死の約束から逃れることのできないもの。オベロンが、吼えた。

 そして、オベロンの咆哮が断末魔に変わるまで、時間はかからなかった。

「ぼくはきっと、死にたかったんだ」

 流人は、オベロンの魔晶核を握り潰すと、視界を覆っていた銀河が一瞬にして崩壊していく様を見た。魔晶核は、幻魔の心臓。そして、幻魔の本体だ。魔晶核にすべてが詰まっている。命も、意識も、自我も、魔力も、なにもかもが魔晶核という小さくも柔らかな結晶体の中にあるのだ。

 魔晶核さえ壊せば、幻魔は死ぬ。

 逆をいえば、魔晶核さえ無事ならば、何度でも、無制限に復活できるのが幻魔なのだ。故にこそ、殻主かくしゅたる鬼級幻魔は、己が心臓たる殻石かくせきを隠すのだ。殻石さえ護り通すことができれば、殻主は無敵だ。少なくとも、滅び去ることはない。

 そして、戦団は、殻石の破壊、あるいは霊石れいせき化に全力を尽くす。

 オベロンの翅から星神力が抜け落ちて元の形になると、魔晶体が落下していった。オベロンを浮かべていたのは、魔法の力。オベロンが死ねば、肉体たる魔晶体も重力に引きずり落とされるしかない。

 流人は、それを見届け、そして、神流たちを振り返った。

 頼もしき同僚たち。導士にして、同志。幻魔滅殺の志を掲げる仲間たち。だれもがこの戦いに命を賭していた。

 そして、懸命けんめいに戦い、いまもなお、なにかを必死になって叫び、力を発していた。その様子があまりにも必死だったから、流人は微笑むしかないのだ。この手の中にあったはずのオベロンの心臓は、もはや一欠片すら残っていない。

「もう、死んだよ」

 オベロンは。そして。

「ああ、きみも、そうだ」

 不意に聞こえた声が、聞き知ったものだったからだろう。

 流人は、どういうわけか安堵あんどして、背後を振り返った。

 そして、闇をた。


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