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第千百九十八話 新たなる始まりを(十)

「間に合いましたね!」

 神流かみるは、流人りゅうじん照彦てるひこの間に降り立つなり、ふたりの負傷状態を見て、すぐさま治癒魔法を唱えた。導衣どういに仕込んだ簡易魔法だ。

 簡易魔法は、簡易というだけあって、魔力の練成、律像の形成を必要とせず、真言しんごんを唱えるだけで発動することができる。その分、本来の手順で発動する魔法よりも、性能、威力、精度そのいずれもが劣化しているという欠点を持つ。しかし、一瞬で発動できるという利点は、欠点を補って余りあるものであり、故に戦術に組み込まれると、導士の生存率が高まったのはいうまでもない。

 また、簡易魔法を発動する際、魔力を余分に込めることで威力や精度を高めることもでき、それならば劣化を限りなく抑えることができた。

 そして、簡易魔法に星神力せいしんりょくを込めれば、本来の簡易魔法よりも数倍の効果を発揮することも可能だ。

 神流は、それを狙った。そして、彼女の想定通りの結果が出た。つまり、瞬く間に流人と照彦の傷が塞がったのだ。

「あ、ああ。間に合ったよ」

「助かりました、神流様」

「何度もいっていますが、神流でいいですよ。わたくしたちは、同じ星光せいこう級、同じ星将せいしょう。そして、同じ軍団長なのですから。上も下もありません。だからこそ、わたくしがここに来たのです」

 神流は、力強く言い切ると、赤と白の入り交じった導衣をなびかせながら、オベロンに向き直った。星将たちは回復し、杖長じょうちょうたちもつぎつぎと戦線に復帰している。

 神流は、もちろん、ただひとりでこの戦場に突っ込んできたわけではない。彼女と二名の部下が、転送士てんそうりの空間転移魔法によって、この地へと運ばれたのだ。

 空間転移魔法とは、本来、術者が行ったことのある場所にしかその効果を発揮することができないのだが、技術局が開発した最新技術によって、指定座標への転移が可能となった。もっとも、だれもがその技術を使えるわけではなく、転送課の一部の導士だけが扱えるようだが。

 ともかく、その新技術のおかげでこうして流人と照彦の危機に駆けつけることができたわけだ。

 神流が連れてきたのは、第二軍団副長・白鷺赤良しらさぎせきらと杖長・鍵巴かぎともえ

 白鷺赤良は、魔法局長・白鷺白亜(はくあ)愛娘まなむすめであり、白亜の薫陶くんとうを受けて育った魔法士の中の魔法士ともいうべき人物である。

 魔暦まれき百八十年生まれということもあり、戦闘部導士の中では年長者の部類に入るのだが、それは、取りも直さず、歴戦の猛者ということだ。二十六年もの長きに渡る戦闘部導士としての経験は、なにものにも代えがたく、故に、神流は彼女に全幅の信頼を置いていた。

 赤良も、神流の信頼と期待に応えることにこそ、生き甲斐を感じているのだ。無論、巴もだが。

 赤良も、巴も、既に星象現界せいしょうげんかいを発動している。巴の星象現界は、雪白姫スノウホワイト武装顕現型ぶそうけんげんがたで、雪をその身に纏っているかのような姿は、幻想的というほかない。

 赤良の星象現界は、背後に浮かぶ光の輪だ。名を至天光輝輪してんこうきりん。まさに天に至るほどの光輝を放つ輪であり、武装顕現型に類別される。

 赤良と巴は、戦場を飛び回り、それぞれ杖長たちを救助、その治癒に全力を尽くしたのも束の間、オベロンに集中していた爆撃が止んだ。

「どういうことでしょう?」

 神流が怪訝けげんな顔になったのは、銃神戦域オールガンズアルカディアによる集中砲火を止めたわけではなかったからだ。いまもなお、オベロンへの攻撃を続けており、星域せいいき内に無数に配置した銃砲火器が唸りを上げている。

 それらはさながら、天地を引き裂く咆哮のようだ。

「奴の星象現界は、現在座標を自在に移すことができる」

「なるほど。道理で」

「その応用でしょうね。いまオベロンが神流様の攻撃を防いでいる方法は」

「自身の現在座標を移すのではなく、直撃した魔力体を転移させている、と」

「おそらくは、ですが」

「自分もそう思うよ」

 告げて、流人は、神風音楽堂ホールオブゴッドブレスを再び動かし始めた。全身全霊の力を込めて、音楽堂を鳴り響かせるのだ。

第二楽章だいにがくしょう覇風はふう

 音楽堂全体が音で満ちれば、あらゆる方向、あらゆる角度から強烈な音波がオベロンへと集中していく。超音速の波動。人間ならば聴覚から脳神経が破壊され、意識を保っていられなくなるはずだが、相手は幻魔だ。それも鬼級である。五感への魔法攻撃など通用するわけもなく、ただ、破壊力だけを発揮していくのみだ。

 だが、それでいい。

 それだけで十分だ。

(破壊する。ただ、破壊する。そう、破壊してやるんだ)

 流人の全力が、神風音楽堂全体を震撼しんかんさせる。鳴り響く音色が、反響する旋律が、氾濫はんらんする星神力が、ただただ、破壊の限りを尽くしていく。

 見る限り、オベロンは、防戦一方だった。護りを固め、敵の星象現界をさばき続けている。どうやら夜の王(キングオブナイト)の全力を解放したようなのだが、星象現界の使い手が一気に三人増えたこともあり、オベロンにとっては戦況は著しく悪化していた。

「最低でも、三名」

「はい?」

「鬼級幻魔と戦うために必要な星将の数です」

「……ええ」

「条件は、十分に満たしました」

「そうですね。ですが」

 神流は、律像を練り上げながら、照彦の銀河守護神《G・ガーディアン》がオベロンに肉迫する様を見つめていた。銃神戦域による集中砲火も、神風音楽堂の全力攻撃も、銀河守護神の一撃も、オベロンに致命傷を与えられていない。

 オベロンの護りが硬すぎるのだ。

「まだ、足りなさそうですね」

 副長と杖長たちの攻撃も、いまやオベロンに集中している。妖級以下の幻魔がいないからだ。

 赤良の至天光輝輪から放たれるのは、無数の光条こうじょう。鋭角的な軌道を描く光線の雨が爆撃となってオベロンを襲えば、大森霊ドライアドが小さな森を生み出してオベロンを飲み込み、その狭間で白虎びゃっこ飛雄とびおが飛び回った。そして、巴の雪白姫と雪乃ゆきの宝刀雪風ほうとうゆきかぜが組み合わさって強力無比な氷の結界を形成、鬼級幻魔を閉じ込めてしまう。

 攻撃の種類、数が多すぎて、さすがのオベロンも対処しきれなくなったのだ。

飽和ほうわ攻撃による封殺は、鬼級であっても有効のようですね」

「ですが、足りない」

 神流の目には、オベロンが依然いぜん、余裕を持っているように見えた。表情に変化はなく、こちらを値踏みしているようなまなざしも相変わらない。

 何者も、オベロンに致命傷を与えられていない。

 ただ、こちらの星神力が削られているだけなのではないか。魔素が、命が、減り続けている。

 相手は、鬼級。魔素質量でいえば、こちらよりも圧倒的に上回っていて、太刀打ちできる相手ではない。

 では、どうやって撃破するというのか。

 方法は、ひとつ。

「ならば、魔晶核ましょうかくを破壊する」

 流人が告げた。

 どうやって、などと、神流たちが問う暇はなかった。

第三楽章だいさんがくしょう神風かみかぜ

 流人は、真言を紡ぎ、それによって全身の細胞という細胞が熱を帯びるような感覚を抱いた。血液が沸騰ふっとうし、逆流していくような、そんな錯覚。そんなものはありえないし、起こりえない。けれども、そう感じた。想像力。そう、想像力だ。想像力こそが、魔法の全て。

 想像を具現する力。

 万能に等しく、全能に程遠い力。

 神の如き、神ならざる力。

 故にひとは、それを魔法と呼んだ。

 流人は、風と音に乗って、虚空へと至った。地上から、上空へ。神風音楽堂全体が、流人と一体化しているような感覚。これは錯覚ではない。実感であり、実態。事実であり、現実。

 そして、幻想。

 オベロンが、こちらを見た。真っ黒な顔の中に真っ赤な目が輝いていた。禍々《まがまが》しく、凶悪に。同情的ですらあるのは、どういう理屈なのか。

 流人は、鼻で笑った。

 そんなことを気にする意味がどこにあるというのか。

 オベロンは、敵だ。滅ぼすべき敵であり、たおすべき邪悪。

 この世に存在してはならないもの。

 人類の未来には、不要な存在。

 故に、流人は、命を賭すのだ。

『ひとのため、ひとに尽くすことこそ、ひとであることの証なり』

 流人の脳裏のうりよぎったのは、相馬そうま家の家訓。相馬流陰の教え。

 流人は目を見開いた。オベロンの双眸そうぼうあやしく輝き、はねが爆発したかのように膨張した。

 宇宙が、流人を飲み込む。






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