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第千百九十五話 新たなる始まりを(七)

「状況は?」

『現在、相馬流人そうまりゅうじん、竜ヶ丘照彦りゅうがおかてるひこ両星将りょうせいしょう率いる特別編成部隊が黒禍こっかの森南端付近に展開、オベロン率いる幻魔の大軍勢と交戦中です。戦力差はこちらを一と見た場合、敵は三から五……といったところです。ただし、これ以上敵が増えなければ、の話ですが』

「……ふむ」

 神威かむいは、作戦司令室からの返答を受け、考え込んだ。総長執務室には、いつも通り、神威と首輪部隊しかいない。

 神威が睨んでいるのは、空中に浮かべた幻板げんざんであり、そこには現在行われている戦闘の詳細な情報が表示され始めていた。

 事の始まりは、牽制部隊の全滅。

 いつもの如く防壁拠点を出発、黒禍の森へと突入した牽制部隊が瞬く間に全滅したという報せは、戦団上層部に強い衝撃を与えた。

 牽制部隊。

 オトロシャを恐府きょうふに釘付けにしておくという重要な任務を受けた戦闘部隊だ。牽制部隊は、毎日のように各防壁拠点から恐府へと送り込まれており、多少の犠牲を払うことはありながらも、生還し、牽制攻撃任務を果たしてきていた。

 無論、戦団側としても本気で攻撃していたわけではなかったし、恐府側も、全力で迎撃してこなかったからこそ、そのような結果になっていたのだ。

 それが、突如として全滅のき目を見た。

 オベロンが直接手を下したという情報があり、故に、戦団としては看過かんかできる状況ではなくなってしまった。

 戦団に内通し、恐府の崩壊を目論んでいたオベロンだが、もはや完全にオトロシャの家臣にして腹心、妖魔将ようましょうとしての立場を明らかにしたということだ。

 元よりオトロシャに支配され、操られていたオベロンだが、オトロシャとしてももう隠す必要はないと踏んだのかもしれない。

 オベロンは、人類の、戦団の敵となった。 

「……あるいは、そろそろ戦団の牽制が鬱陶うっとうしくなってきたか」

『その可能性は大いにあるが……しかし、こればかりはどうすることもできまい』

「わかっている」

 戦務局副局長・相馬流陰そうまりゅういんの意見を否定することは、神威にもできない。

 オトロシャを恐府に縛り付けておかなければ、水穂みずほ市が制圧されたときと同じような事態が起こりかねない。そしてそれは致命的としかいいようがないのだ。

 今度は水穂市ではなく、央都の中心たる葦原あしはら市を制圧しようとしてくるかもしれない。そうなれば、央都は終わりだ。戦団は機能を停止し、人類は呆気なく掌握されるだろう。

 無論、恐府から飛び出してくるであろうオトロシャに対し、全力で攻撃し、撃退を試みるつもりではあるのだが。

 最悪の場合、神威の出番もありうる。

 それこそ、最終最後の手段だ。

 神威のあるはずのない右眼みぎめうずくのは、出番をいまかいまかと待ち受けているからに違いなかったし、故に彼の顔は、より険しくなるのだ。

 幻板に表示される情報を、睨む。

 特別編成部隊を率いるのは、二名の星将。第一軍団長・相馬流人、第十二軍団長・竜ヶ丘照彦。それぞれの軍団から合計四名の杖長じょうちょうが編制されており、全員が星象現界せいしょうげんかいの使い手だ。

 つまり、六名もの星象現界の使い手が編制されているということであり、戦力としては、破格といっていい。

 しかし、安心はできない。

 戦力差は、三倍から五倍。

 鬼級幻魔一体と対等に戦うためには、最低でも三名の星将が必要だとされている。最低でも、だ。星象現界使いの杖長が四人いるのだから、星将一人分以上の戦力と見做みなしていいはずなのだが、どうにも不安が拭えない。

 星将と杖長の間には、隔絶かくぜつした力の差がある。

 鬼級と妖級の間に横たわる絶望的なまでの力量差ほどではないにせよ、それはだれにも否定できない事実なのだ。

 オトロシャ軍の総戦力は、戦団の数十倍と見ていい。ただしその数字は、膨大な数の幻魔を等級関係なく戦力として数値化し、合計したものであって、個々の力量を考慮すれば、そこまで絶望的なものにはならないはずだが。

 その戦力の中で、たおすべきは、四体の鬼級幻魔。

 殻主かくしゅたる恐王きょうおうオトロシャと、その腹心たる三魔将さんましょうたち。地魔将ちましょうクシナダ、雷魔将らいましょうトール、そして、妖魔将オベロン。いずれ劣らぬ鬼級幻魔たち。

 その一体でも撃破することができたならば、オトロシャ軍の戦力を大きく削ることになるだろうし、オトロシャの動きそのものを鈍らせることに繋がるはずだ。戦団への警戒を強め、恐府の護りを固めるだろう。

 だからこそ、特別編成部隊を送り込んだのだが、しかし、オベロンが、二名の星将と四名の杖長で撃滅できる相手なのかといえば、怪しいところがある。

「星将をもうひとり、送り込むべきではないか?」

『それについては、こちらも考えていました』

 とは、朱雀院火留多すざくいんかるた。戦闘部の長である彼女は、特別編成部隊の出撃にも深く関わっている。戦闘部に関する様々な決定権を持つのだから、当然だ。

『ただ、いますぐ出撃でき、即時即刻現地に辿り着ける星将となると、第二軍団長くらいしかいません。それでも、構いませんか?』

「なぜ、おれに是非ぜひを問う。戦闘部のすべては、きみに一任している。もちろん、責任はおれが負うが」

 だから好きにしろ、と、神威は、口癖のようにいうのだ。

 故に、戦団は、一致団結し、全身全霊を尽くす。

 この度も、そうだった。

 戦団全体が、この非常事態に対応するべく、全力を尽くしていた。

 たとえ、それによって犠牲を払うことになろうとも。


「はっ」

 流人が、深緑しんりょく導衣どういを閃かせながら、法機ほうきを振るう。法機はさながら指揮棒の如くであり、彼の指揮通りに旋律が響き渡った。

 流人が展開中の星域・神風音楽堂ホールオブゴッドブレスは、風属性の星象現界だ。広域に展開する風の星域せいいき。無限に、そして無慈悲に変化する破滅的な音圧が敵陣を蹂躙していく様は、圧巻というほかなかった。

 幻魔の大軍勢を星域の中に閉じ込め、その上で全周囲から怒濤どうとうの猛攻を仕掛けているのだ。獣級以下の幻魔は為す術もなく撃破され、塵芥の如く消滅していくしかほかなかったし、妖級すら耐え凌ぐので精一杯という有り様だ。

 流人の一方的な大攻勢が、特別編成部隊の導士たちに勇気と熱狂を与えていく。

 敵は、大量の妖級と、一体の鬼級。

 もっとも注意するべきは、その唯一の鬼級たるオベロンである。

 妖級は、星象現界さえ発動すれば、相手にならない。が、鬼級は、星象現界を発動して、ようやく食い下がれるほどの力を持っているのだ。

 そして、オベロンは、星象現界を発動した。

 夜の王(キングオブナイト)

 まさに真夏の夜空の如きはね模様は、見ているだけで意気いきを吸い込まれそうになるほどに幻想的だ。オベロンに殺到さっとうする攻型魔法の尽くが、静かに、音もなく吸い込まれていく様を目の当たりにしたからというのもあるかもしれない。

(それも夜の王の能力か……!)

 流人が唾棄だきした瞬間、光の巨人の拳がオベロンに降り注いだ。

 遥か上空から、凄まじい速度で、だ。

 まさに流星そのものの如き一撃は、しかし、オベロンの翅と衝突し、星神力せいしんりょくを拡散させた。余波だけで、周囲一帯が蹂躙じゅうりんされ、空間そのものがねじ曲がっていく。

 星神力の氾濫はんらんは、巻き添えになった妖級幻魔が断末魔の悲鳴を上げるほどの破壊力を持っていた。故に、流人たちは、部下に前に出ないように通達していたし、導士のだれもが身の程を弁え、後方に待機しているのだ。

 前線に出ることができるのは、星象現界の使い手だけだ。

 つまり、四人の杖長たちも、最前線に躍り出ている。

 一色雪乃いっしきゆきのがオベロンに向かって大刀を振り抜けば、猛吹雪が巻き起こる。さらに凄まじい突風が吹き抜けたのは、御旅飛雄おたびとびおだ。韋駄天靴いだてんかが、彼を神速の領域へと到達させている。

 須磨薫すまかおるの星霊・大森霊ドライアド関守虎せきもりとらの星霊・白虎びゃっこも続く。

 猛攻に次ぐ、猛攻。

 だが、その中にあって、オベロンは余裕の態度を崩さない。

「星象現界――そう、きみたちが名付けたこれは、確かに強力無比だ。人類が到達しうる魔法の極致きょくちといっていい。きみたちが究極魔法と呼ぶのも無理はない。だが、残念なことにわたしたち鬼級にとっては、こんなものもは児戯じぎに等しいのだよ」

「児戯……ですか」

「児戯か」

 オベロンの冷笑と照彦の苦笑を聞いて、流人は、目を細めた。大量の星神力が渦巻く戦場は、彼の目には、なによりも眩く見えた。

 無数の星が、光り輝いている。


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