第百十八話 先へ進むために
幸多は、美由理から本日の業務が終わったことを通達されると、速やかに総合訓練所に向かった。
皆代小隊の訓練が始まってから、それほど時間はたっていないはずだったからだ。
出入り口をから玄関広間に向かえば、大型幻板には皆代小隊の訓練模様が映し出されており、観戦している導士の数もそれなりにいた。
皆代小隊は、いま、最も注目を浴びている小隊だ。
小隊率いる皆代統魔は、十五歳という若さで戦団戦闘部に入り、一年に満たないうちに輝光級にまで昇級している。
これは歴代一位の昇級速度だ。
そして、輝光級導士となったことで小隊編成資格を得た彼は、さっそく小隊を結成した。初期人員は、上庄字、新野辺香織、六甲枝連という面々である。そこに今年四月、高御座剣が加わり、五人編成の小隊となっている。
小隊は、戦団における最小編成単位だが、小隊を構成する導士の数は、最小でも四人、最大八人までという決まりがある。
つまり、皆代小隊にはあと三つの席がある、ということになるのだが、もちろん、幸多にはそこに入る予定はなかった。
そもそも、統魔が勧誘してくれないだろう。
などと、玄関広場に置かれた椅子の一つに腰を下ろしながら、幸多は考える。
大型幻板に映し出されている戦場は、幸多がさっきまで戦っていた葦原市のそれとは大きく異なるものだ。
荒涼たる大地は黒々としていて、生気が感じられない。幻想空間なのだから当たり前、というわけではない。幻想空間上に構築された景色というのは、現実のそれと遜色がないものだ。仮想現実といわれた時代からさらに進み、もはや現実との差がなくなっていて、だからこそ、幻想症候群などという流行病が生まれ、蔓延している。
幸多は、幻想空間上に再現された葦原市の、未来河の景色に生気を感じた。生命の伊吹を感じたのだ。
だが、皆代小隊が苛烈なまでの魔法戦を繰り広げている戦場には、それがない。
命の欠片すら感じ取れないような死の大地。
それは空白地帯と呼ばれる大地であったり、あるいは幻魔が支配する領域に似ている。
そしてそれは、幻創機に登録された戦場であり、皆代小隊が今回の訓練のために選択した戦場だということだ。
幸多は、荒涼たる大地の起伏に富んだ地形が魔法によって爆砕されていく様を見ていた。眩いばかりの光の雨が広範囲に渡って降り注ぎ、なにもかもを徹底的に破壊していく。
「撃光雨」
思わず口を吐いて出たのは、統魔が名付けた魔法の名称だ。
魔法は、名付けるものだ。
そうすることによって愛着が湧くというだけでなく、想像と紐付き、魔法の威力や精度を高めることに繋がるのだ、という。
戦団には、戦団式魔導戦術という魔法の流派、流儀がある。それは、戦団魔法局によって考案された魔法の流派であり、戦団に所属する魔法士の大半がそれを用いる。特に星央魔導院出身の導士は、その傾向が強い。
ただし、必ずしも戦団式魔導戦術を使わなければならないというわけではなく、自分に合った、自分専用の魔法を使ってもなんの問題もない。
戦団式魔導戦術を使う導士が多いのは、誰もが熟知していることにより、連携が取りやすく、戦いやすいという理由が大きいからだ。
そしてなにより、戦団の導士がそれらの魔法に馴染むことによって、威力、精度ともに高くなるということもある。
ちなみに、戦団式魔導戦術は、伊佐那流魔導戦技を源流としており、多くの魔法は、伊佐那流から取り込んだものである。伊佐那家が魔法の名門と呼ばれる所以の一つが、そこにある。
統魔は、自己流の魔法を使う。それも子供のころに考案した魔法を改良に改良を重ねることによって、実戦に耐えうるものへと昇華した魔法がほとんどだ。
撃光雨も、そうした魔法の一つであり、幸多は、統魔が魔法を発明し、改良していく様をよく見ていたものだった。
光の雨が異形の大地を爆砕していく中、統魔はどこにいるのかといえば、その降り注ぐ魔法の雨の上空であり、彼はさらなる魔法の発動を準備しているようだった。
そこへ、複数の炎の矢が飛来し、統魔に襲いかかった。
戦団式魔導戦術百弐式炎放矢。
統魔は、空中を滑るように移動しながら炎の矢を躱すと、さらに大きく飛び退いた。そこを雷光を纏った新野辺香織が突っ込んでいく。
そして巨大な竜巻が香織もろともに統魔を捉え、飲み込んだが、統魔は魔法の障壁を全周囲に展開させることで難を逃れた。かと思いきや、強烈な水流が統魔を弾き飛ばす。
空中高く打ち上げられた統魔は、透かさず飛びかかってきた六甲枝連の巨大な炎の拳を光の剣で受け止めると、逆方向から殺到してきた高御座剣の風の矛には光の盾で対応した。見事に捌いて飛び退ると、枝連と剣の二人を激突させる。
頭上から雷光とともに降ってきた香織の踵を右手で掴み取って地上に投げ飛ばすと、追い打ちをかけるようにして光の雨を降り注がせる。
「相変わらずむちゃくちゃだな」
幸多は、統魔の暴れっぷりを観戦しながら、昔のことを思い出して苦笑した。
統魔は、子供のころから魔法士として傑出した才能を持っていた。そして、決してその才能にあぐらをかくということがなく、常に鍛錬と研鑽を忘れなかったし、血の滲むような努力を怠らなかった。子供のころからだ。遊びほうけたい年頃であっても、彼は、魔法士としての自覚を持ち、己の魔法の技量を磨くことを怠らなかった。
彼の在り方は、今もなお変わってはいまい。
四人の導士を相手にあれだけの暴れっぷりを見せるのだし、一年足らずで輝光級に昇級したということからも、彼の魔法士としての技量、腕前、実力、どれをとっても飛び抜けて優れていることを証明している。
そんな統魔だからこそ、皆代小隊の面々も彼を慕っているのだろうが。
「今度はきみが観戦か」
不意に話しかけられて、幸多は、そちらを見た。草薙真が隣に立っていた。自動販売機で買ったらしい飲み物を手にしているところを見れば、訓練と訓練の間の休憩中といったところだろう。
「真くん。それ、どういう意味?」
「少し前、きみが美由理様と訓練していただろう。あの様子を彼が見ていた」
「彼」
「皆代統魔だよ」
「そうなんだ、統魔がね」
幸多は、統魔に見られていたと考えて、難しい顔になった。あの戦いぶりを統魔はどう評価するだろうか。美由理との戦闘では、幸多には一切良いところがなかった。完全に負けた。完敗だ。それは当然の、必然的な結末なのだが、だとしても、もう少し食らいつくことくらいできはしなかったのか、と思わざるを得ない。
が、いくら考えても、盤面をひっくり返す事はできそうになかった。
「しかし、きみたち兄弟は似ても似つかないな。いや、失礼。人のことを言える立場じゃなかった」
真は、失言を自覚して、バツの悪い顔をした。
真には実という弟がいるが、幸多が知る限りでも、真とはまったく性格の違う、似ても似つかない人物だった。その真の性格も、以前と今では似ても似つかないのだが。
幸多は、なんだか噴き出しそうになりながら、いった。
「自覚しているだけ偉いよ」
「それは褒めているのか?」
「褒めてるよ、ばっちり」
「そうか」
真はなにやら納得したように頷き、飲み物を口に運ぶ。
「そういえば、真くんは、初任務の日程は決まったりした?」
「ああ。明日、さっそく初任務だ」
「早いね。ぼくもまあ明後日なんだけど」
「きみも十分に早い。それだけ期待されているということだな」
「そうだといいな」
「そうに決まっている。そうでなければおかしい。きみには、無限の可能性がある」
「そんな大袈裟な」
「いいや、大袈裟なものか」
真は、胸を張って、断言する。彼の脳裏には、幻闘の死闘が焼き付いていて離れない。吹き荒ぶ魔法の嵐の中、勇猛果敢に突っ込んでくる幸多の姿たるや、それはもう輝かしいばかりだった。
そんな彼を目の当たりにすれば、期待せずにはいられないし、希望や光明を見出したとしてもなんら不思議なことではなかった。
だからこそ、真は、幸多の初任務がすぐだということを知って、喜んだのだ。
幸多が評価されない世界など、あるべきではない。
そう、彼は考えている。
そして、幸多を評価し、弟子に迎え入れた伊佐那美由理の目は正しい、と、思ってもいた。さすがは伊佐那麒麟の娘であり、伊佐那麒麟の薫陶を受けて育っただけのことはある、と。
「きみは強い。そのことにもっと自信を持つべきだ。でなければ、きみに負けたおれがもっと弱いことになってしまう。惨めで哀れな存在に」
「そこまでいわなくても」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないなあ」
「まあ、半分は本当のことだからな」
「こわ」
幸多は、そういった言葉の数々を真なりの励ましと受け取って、大型幻板に視線を戻した。
真が幸多を必要以上に評価してくれているということは、彼の言動からもはっきりと伝わってくる。それがこそばゆいという気持ちもあるが、嬉しくもあった。
評価されるという事自体、そうあることではないからだ。
「そうだ」
幸多は、あることを思いつくなり、真を振り返った。。統魔たちの訓練は見ていても飽きないが、それが幸多にとってなんらかの見返りがあるかといえば、そんなことはなく、ただ皆代小隊の練度の素晴らしさに感嘆の声を上げることくらいしかできない。
であれば。
「訓練に付き合ってくれないかな?」
「いいだろう」
真は、幸多の申し出を二つ返事で引き受けた。




