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第千百七十八話 この一年(四)

「で……なんでおまえらがここにいるんだ?」

 圭悟けいごがそちらに半眼はんがんを向けたのは、亨梧きょうご怜治れいじが同じテーブルを囲んでからのことだった。

 席が隣り合っていたとはいえ、会話をするとなれば大声にならざるを得ない。そうなるとほかの客の迷惑になると考えた真弥まやが提案し、圭悟は渋々了承した。亨梧と怜治はといえば、仲良し四人組に加わっていいものかと逡巡しゅんじゅんしたものの、圭悟にどやされ、応じている。

 ちょうど六人掛けのテーブルだったということも大きいが。

「おれたちは葦原あしはら市民で、ここは本部町ほんぶちょうのど真ん中だぞ。しかも最近(ちまた)で話題の有名店だ。おれらがたまたま立ち寄ったってなにもおかしくねえだろが」

「そうだぞ。たまたま、本当にたまたま偶然立ち寄ったところに対抗戦部の仲間がいただけだ」

「……ほう」

「……ふうん」

「なんだよ、その目は」

「まるでおれたちがみんなの隣の席を確保したみたいじゃないか」

「なんつーか、怜治って隠し事できねーよな」

「ほんと、思ってること全部いっちゃうんだもん。からかい甲斐がいあるから好きだけどね、そういう素直なところ」

純朴じゅんぼくですもんね」

「なわけあるかよ」

 真弥と紗江子さえこが怜治のことを冗談半分ながらもめるようにいうのが少しばかり気に食わなくて、圭吾が口を挟んだ。

「純朴な奴がなんであんなのに付き従うんだっての」

「それは……」

「……曽根そね先輩のことは、本当に申し訳なかった」

「またそれ。ふたりとも何度も謝ってるし、圭悟も許したんじゃないの? 皆代けいごくんだって、許してたよね」

 真弥が圭吾の態度を見かねて、口先を尖らせる。圭吾はとっくにふたりを仲間と認めているはずなのだが、ちょっとした拍子に、過去のことが脳裏をよぎってしまうのだろう。そんな幼馴染みの気持ちもわからなくはない。

 圭吾は、真弥から目を逸らすようにして、店内に視線を彷徨わせた。相変わらず空間魔法の達人が、たくさんの料理を空中に浮かべ、運んでいる。

「そうだよ。だからもう、そのことはどうでもいいさ。ただ、純朴ってのは違うだろって話」

「それこそどうでもいいわよ。財団と深い関わりを持つ家柄なら、曽根家に逆らえないのはわかるでしょうが」

「そうだよ、圭悟くん。ぼくがふたりの立場なら、同じことをしていたと思うし」

「おれは……どうかな」

「あんただって、きっと同じよ」

「……かもな」

 圭悟は、視線を戻すと、真弥の真っ直ぐなまなざしを受け止めた。静かに頷く。それは、そうかもしれない。亨梧や怜治の立場になって考えてみれば、致し方のないことだったのは間違いないのだ。

 曽根家は、天燎財団内で大層な権勢を誇っている。曽根伸也(しんや)が天燎高校内で暴れ回っても不問に付されるくらいだ。曽根伸也自身が強大な権力者であり、教師も生徒もびへつらっていた。彼に逆らうのは、滅びに立ち向かうようなものだし、あの性格だ。栄達のために近づこうという人間すら、いなかった。

 圭悟があのとき反発したのは、幸多こうたが傷つけられようとしたからにほかならない。だが。

(……なんでだろうな)

 疑問は、そこだ。

 圭吾は、幸多と知り合ったばかりだった。幸多のことをよく知りもしなければ、人間性や精神性の片鱗すら理解していなかった。彼の類い希なる身体能力も、自己犠牲的ともいえるような献身けんしんぶりも、決意も、覚悟も、なにもかも。

 なにひとつ。

 それなのに、圭悟は、幸多が曽根伸也に傷つけられるのが許せなかった。

 曽根伸也という暴圧ぼうあつ権化ごんげを、見過ごすことができなかった。

 もし曽根伸也があのまま生きていれば、財団内での父の立場が悪くなったことはいうまでもないのだが、そんなことを考えている余裕はなかったのだ。

 とはいえ、だ。

 圭悟が曽根伸也に刃向かったのは、そういう特殊な状況に置かれたからであり、そうでなければ逆らおうとはしなかっただろう。

 結局、亨梧や怜治のように唯々諾々《いいだくだく》と従う未来だってあったのかもしれない。

「……あいつの話はよそう」

「あんたが話題に出したんでしょうが」

「そうだな。悪かったよ。すまない」

「誠心誠意謝ったのなら、よろしい」

 圭悟が、真弥に対しては頭が上がらないといった態度を取るのは、いつものことといっていい。粗暴そぼうとも取れる言動の多い圭悟が、決して一線を越えることはないと思えるのも、真弥という外付けの制御装置があればこそなのではないか、などと、亨梧などは思ったりしている。

 事実、真弥のいないときの圭悟は、いるときの何倍も狂暴だったりするのだ。とはいえ、彼の狂暴さがだれかを傷つけるようなことはない。

 その点でも、圭悟は曽根伸也などとは違った。

 曽根伸也は、他者を顧みることのないただの暴君だが、圭悟は、常識人である。燃え盛る炎のような真っ赤な頭髪が威圧的にすら見えるし、顔つきも獰猛どうもうに見えなくもないのだが、人間性は極めてまともで、常識的だ。

 理不尽な暴力に立ち向かおうとする正義感も持ち合わせている。

 だからこそ、曽根伸也のことが未だに許せないのだろう――と、怜治などは考えていた。

「……で、なんだっけな」

「対抗戦?」

「そうそう、対抗戦。まさかこのおれが対抗戦に出るだなんて想像したこともなかったが……まあ、良い想い出になったな」

「生涯忘れることはないでしょう」

「なんだよ、それ」

「事実でしょ」

「否定はしねえけど」

 圭悟は、真弥が片目を瞑って見せてきたので、なんともいえない顔になった。ハンバーグの最後の一切れを口に放り込む。すると、亨梧が口を開いた。

「おれたちもさ、感謝してるんだぜ」

「うん」

「感謝?」

「人数合わせだってのはわかってるけどさ。でも、決勝大会に出て、それなりに活躍したんだ。家族の見る目も変わるってもんだ」

「そうだな」

「そっか。それなら良かった」

 圭悟は、亨梧と怜治のちょっとした笑顔になんだか救われる気分だった。ふたりを強引に巻き込んだことに引け目を感じていたのは確かだ。決勝大会以降も対抗戦部の一員として、率先して活動してくれていることもあって、決して不快になど感じていないことはわかっていたのだが、そうはいっても、だ。

 ふたりを対抗戦部に引きずり込んだのは、圭悟だ。

「それに、皆代とも戦友になれた気がするしな」

「それは気のせいだと思うが……知り合い程度だろう」

「怜治、おまえさあ」

「そんなことないない。皆代くんは、きっと戦友だと思ってくれてるよ。だって、彼、友達想いだもん」

 とは、真弥。すっかり料理を食べ終えた彼女は、テーブルに備え付けの端末を使って、食後のデザートを注文し終えたところだった。真弥には、亨梧も怜治も対抗戦部に合流したときには、曽根伸也の件は猛省していることがわかっていたし、そんな彼らと幸多の関係が日に日に良化していく様も覚えているのだ。

「そうだね。皆代くんなら、きっとだれひとり除け者になんてしないよ」

「ええ、間違いありません」

「そうだな」

 圭悟も、蘭や紗江子に同意して、目を細めた。脳裏を過る幸多の笑顔は、いつだって眩しい。まるで太陽のようにすべてを包み込んでくれる。だから、圭悟は心が荒んだときには幸多のことを思い出すようにしている。そうすれば、自然と優しくなれる気がした。

 幸多が優しさの化身だということは、圭悟たちにはわかりすぎるくらいにわかっている。

「幸多と出逢って八ヶ月と少し、もうちょっとで九ヶ月か。あいつと一緒にいた時間なんてその半分にも満たないけど、おれは親友だと思ってる」

「ほーんと、珍しいわよね、圭悟があんなに一瞬で心を許すだなんて」

「そうだね。圭悟くんが皆代くんとあそこまで仲良くなるだなんて、いま考えると本当に不思議な気がする」

「そうかあ?」

「性格的に合わなさそうだもん」

「でも、実際はそうではなかった、ということですね」

「……まあ、そういうことだろ」

 真弥と蘭が自分をどのように評価しているのか、その一端が垣間見えた気がしたが、圭悟は気にしなかった。それよりも、幸多だ。彼との出逢いが、いまのこの状況を作り上げているのはいうまでもない。

 幸多が、天燎高校を変えた――というのは、決して大袈裟な表現ではあるまい。

 少なくとも、圭悟たちはそう思っていた。


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