第千百七十六話 この一年(二)
一年最後の一日をだれと過ごすべきかと考えれば、真っ先に思い浮かんだのが友人たちだ。
学生だ。
冬休みも真っ只中で、なにか特別な用事があるような立場でもない。
だれもが暇を持て余している。
だから、圭悟が提案するまでもなく、待ち合わせ、集ったのだ。
いつもの四人。
子供のころからつかず離れずの距離感を保っていて、だからこそ、ひとりでも欠けると不安になることがないではない、そんな関係。それほどの間柄。互いに遠慮はなく、言いたい放題に言い合って、大晦日の町並みを歩いている。
葦原市本部町。
葦原市だけでなく央都の中心であるこの町は、央都の中でもっとも発展しているといっても過言ではないだろう。戦団本部があるのだ。央都四市における最重要地点であり、故にどこよりも護りが硬く、重点的に警備されている。
その戦団の防衛力に期待するようにして、本部町が発展するのも道理というほかない。そもそも、戦団がそのように意図し、発展させた可能性もあるが。
ともかく、都心部に密集する建築物の数々を見れば、高度制限が町の発展に影響することなどないのだろうと確信させた。
道行くひとの数も多い。
だれもが冬の寒さなどお構いなしの格好をしているが、そんなものはもはや当たり前といっていいだろう。それこそ、央都が誕生する遥か以前からそうだったはずだ。
魔法が普及し、一般的になってからは、夏の暑さも冬の寒さもどうとでもなった。もちろん、現代の魔具ほど便利なものはなかったようだが。
「確かに魔具はありがたいけど、季節感皆無なのが問題よね」
「特に冬はな」
圭悟は、真弥の感想に同意しつつ、彼女の服装を見た。しっかり着込んでいるものの、見るからに冬物ではなかった。真夏に着るような薄着でこそないが、自分から季節感を台無しにしているのは間違いない。
もちろん、圭悟もだ。
思い返せば、冬服を着て出歩いた記憶というのがほとんどなかった。魔法もろくに使えない子供のころはともかく、魔法を学び、魔具が自由に使えるようになると、気温に縛られるとことがなくなったのだ。
天候もそうだ。
どしゃぶりの雨の中であっても、傘や雨合羽に頼る必要がなかった。魔具さえあれば、わずかばかりの魔力で雨を凌ぐことができるからだ。それが土砂降りの大雨だったとしても、関係がない。
魔法は、万能には程遠い。が、いまや魔法は日常生活と切っても切り離せぬ存在であり、魔法のない世界など考えられなかった。
「魔法社会様々ってところだね」
「そうですね。わたくしたちのようなただの学生ですら当然のように魔法を使えて、その恩恵に預かることができるのですから。本当にありがたいことです」
蘭が笑えば、紗江子が静かに頷く。
そのとき、四人の間を吹き抜けた風は、きっと冷気を運んだのだろうが、そのことで寒さを感じるということがなかったのも、魔具のおかげだ。ヒートハートという商品名の防寒用魔具。魔法社会が生み出した文明の利器である。
夏には冷気を、冬には熱気を。
魔具は、市民の日常生活の足りない部分を補って余りあるものばかりだ。
「まあ、そうだな。文句はねえ」
「わたしだって、別に文句があるわけじゃないわよ。たださ、もう記録の中にしかないじゃん? 季節感なんて」
「そうはいっても、冬には雪が積もることもあるよ。この間だって。雪景色なんて冬そのものでしょ」
「それはそうだけど」
「いまおれたちが見てる景色を過去のひとが見たとして、冬だとは想わないんじゃないかってことだろ? ましてや、大晦日には見えないよな」
「そうそう、そういうことよ。さっすが圭悟。わたしの考えなんてお見通しってわけね」
「短絡的だからな」
「なにがよ」
「全部だよ」
「あんたにいわれたくないんだけど」
「おれのどこが短絡的なんだ。おれの思慮深さは、海よりも深いって有名なんだぞ」
「どこでよ」
圭悟と真弥の丁々発止の言い合いには、蘭と紗江子は笑顔を浮かべるのだ。ふたりの仲の良さは、四人の中でも特別だ。この四人の中でもっとも付き合いが長いのが、圭悟と真弥なのだ。
生まれ育った家が隣同士だったということもあり、物心ついたときには一緒に遊んでいたのだという。
ふたりの両親ともに天燎財団系列の企業で働いていたということもあり、家族同士の仲も良かったらしい。子供のころは、それこそ年の変わらぬ兄弟のようだったという評判だが、そこはいまも変わらない部分があった。
蘭と紗江子は、同時期にこのふたりと知り合い、友人となった。やがてふたりの家族も、米田家、阿弥陀家と繋がりを持ったのも、親が天燎財団系列の企業に務めていただったからにほかならない。
天燎財団には、いまでこそ想うところがないではないのだが、こ感謝しなければならない部分のほうが多いというのが、四人に共通する考えだ。それこそ、四人がこうして気の置けない間柄になれたのだって、天燎財団があればこそだ。
その一点だけでも、財団には感謝してもしたりないくらいだった。
「……まあ、この一年、なにかとありすぎたな」
「急に振り返る」
「どうだったよ?」
圭悟が話題を繰り出すと、真弥が茶々を入れるのはいつものことだ。だから、圭悟も黙殺して話を続けるのである。
ふと立ち寄った喫茶店の一角。一面が硝子張りになった壁際の席に四人は座り、注文が届くのを待っていた。
ちょうど、昼時だ。店内には、昼食を求める客がそれなりにいて、賑わっている。そんな店内を流れているのは、クラシック音楽であり、優雅にも見える店内の作りと相俟って、いい雰囲気だった。
「どうって」
「なんとも答えにくい質問ですね」
「ないならおれからいうぞ」
「いいけど、なんていうか、もう少し待って欲しいものだよね」
「はい」
「この一年を振り返ると、だな」
「聞いてないし」
「いつものことでしょ」
「そうですね」
三人がなんともいえないまなざしをぶつけてくるのもいつものことなので、圭悟は、話を続けた。
「まずは、天燎高校への進学だろ」
「そこからなんだ」
「まあ、そこはいいんじゃない?」
「そうですね、そこはいいでしょう」
「なんだよ。おれの話題を採点しようってのか?」
「はい」
「そうだけど?」
「問題でも?」
「……まあいいや。で、入学早々、面白いやつに逢ったんだよな」
圭悟は、いった側から脳裏にそのときの光景をありありと思い浮かべることができて、だから笑ってしまった。すると、
「なに笑ってんの、気持ち悪い」
「そうですよ、どうかしたんですか?」
「圭悟くん……」
真弥、紗江子、蘭が露骨に気色悪そうな反応をしたので、圭悟は、憮然とするほかなかった。
「んだよ、楽しい想い出を振り返っちゃいけねえってのかよ」
「そういうわけじゃないけど」
「ただの冗談です」
「そうだよ、冗談だよ」
「……わーってるよ。わーってるけどだな、もう少し言い方ってもんが……」
圭悟がぶつくさいっていると、店員が四人分の料理を運んできた。しかも、たったひとりで、運搬用の道具を用いることもなく、だ。店員の周囲に浮かぶ料理の数々を見れば、その店員が空間魔法の達人であることは疑いようがない。
もちろん、なんらかの魔具による補助を受けているのだろうが、だとしても四人分の料理を空中に浮かべながら、一緒になって歩いてくるというのは、壮観としか言いようがなかった。それなりの練度が必要なのは、ただの学生に過ぎない圭悟たちにも理解できる。
圭悟たちは、驚きの余り、開いた口が塞がらないまま、店員がテーブルに料理を並べていく様を見ていた。時折、手を挙げて、注文者であると主張するものの、店員の集中力を途切れさせないように細心の注意を払う必要があるのではないかと思えば、余計な言葉を差し挟むことができなかった。
継続発動中の魔法は、意識が途切れた瞬間に解除されてしまう。
つまり、店員の集中が乱れれば、空中に固定した料理があえなく落下し、散乱することになるのだ。
だから、圭悟たちは、店員が注文を配置し終えるまで黙り込むほかなかったというわけであり、四人が大きく息を吐き出したのは、店員が会釈し、去ってからのことだった。
そして、四人は、自分が注文した料理よりも、去って行った店員の後ろ姿を見遣り、互いに顔を見合わせた。
魔法社会とはいえ、これほどまでの空間魔法の使い手に遭遇することは、そうあることではない。