表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1171/1227

第千百七十話 星紋(一)

「……いったいなにが起こったのか、説明してくれるとありがたいのだがな」

 美由理みゆりの冷ややかなまなざしを受けて、イリアは、微笑びしょうを返した。その笑顔に対する美由理の表情は、怪訝けげんというよりは剣呑けんのんに近い。

「実験は大成功ね」

「実験? なんの実験だ? いや、どんな実験であれ、事前に伝えておくべきではないか。わたしは、幸多こうたを鍛え上げるという重要な使命を帯びているのだぞ」

「わたしだって、そうよ。幸多くんを戦力として運用できるように全力をげて取り組んでいるわ」

「……窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくと、今回の実験とやらに関連性は?」

「特にないけど」

「……ふう」

 悪びれる様子が一切ない親友に対し、美由理は、小さく息を吐いた。

 イリアは、巨大な機械仕掛けの椅子に座っているのだが、その椅子はなにやら大袈裟ともいえるような装置と一体化しているように見えた。椅子と彼女を繋ぐ無数の管――神経接続装置だろう――が室内を巡り、部屋の外へと向かって伸びている。部屋の外には小部屋があり、そこで技術局の技師たちが作業している様子が見て取れた。そして、彼らが実験の成功に感極まっているのがわかる。

 余程、重要な実験だったようだ。

「それで……なんの実験だったんだ? わたしと幸多の猛特訓を中断させるほどのことだったのか?」

「ええ、そうよ。断言してもいいわ。この実験の成功は、戦団にとって、いいえ、人類復興にとって大きな一歩なのよ」

「随分、大きく出たな」

「わたしの発明が役に立たなかったことがあって?」

「……うーむ」

「なんでそこで悩むのよ」

魔導院まどういん時代を思い出せばな」

「そこは思い出さなくて良いでしょ」

「そうはいうが」

 苦い想い出の数々が瞬時に脳裏のうりよぎったものだから、美由理は、なんだかバツの悪い顔になった。なぜ、事前通告もなく実験に巻き込まれた人間がこのような気分にならなければならないのか。

 と、そこで気づく。

「――空間転移に関する実験か」

「やっと理解できたみたいね。そうよ。その通り。そしてこの発明は、極めて革新的であり、革命的といっても過言ではないのよ」

 イリアは、実験の成功に気分を良くし、鍵盤けんばんを叩いた。目の前に展開する幻板に膨大な文字列が流れ、星紋調律機せいもんちょうりつきが作動する。神経接続によって脳に直接文字列を叩き込み、星紋を焼き付けていくのだ。ただし、その星紋は、他の魔法士の星紋であってはならない。

 星紋とは、固有波形同様、独自にして固有のものなのだ。

 まずしなければならないのは、己の星紋の特定であり、そのために何万、何億、いやもっと多くの星紋を試さなければならなかった。そしてそのたびに脳に多大な負荷をかけることになるため、あまりおすすめできるものではない。が、そんなことを一から説明しても詮無きことだから、イリアは美由理にお披露目することにしたのだ。

 そして、イリアの脳髄のうずいに焼き付けられた星紋がその全身に満ちた魔力に波及し、昇華現象しょうかげんしょうを引き起こしていく様は、美由理を唖然とさせた。

 イリアは、星神力せいしんりょくに到達していない。

 空間魔法の達人であり、その分野においては他の追随ついずいを許さないほどの使い手だが、しかし、技術者としての本分に時間のほとんどすべてを割り当てている彼女が、星神力、そして星象現界せいしょうげんかいに到達できる可能性は限りなく低かった。

 星神力の、星象現界の使い手のほとんど全員が、戦闘部の導士なのだ。戦士として最前線に身を置くことによってのみ、魔力を星神力へと昇華せしめ、星象現界に覚醒することができるのではないか――戦闘部のみならず、戦団内部でまことしやかに囁かれる噂は、星象現界発動者の数に由来する。

 もちろん、イリアは、技術者だ。技術局第四開発室長として、技術面で、戦団を支えてくれればそれだけで十分だったし、彼女の発明は、十二分過ぎるほどに活躍してくれている。それこそ、彼女がいなければ、昨今の戦団の戦績は随分と違ったものになっていたに違いないと断言できるほどだ。

 イリアに星象現界とは、過積載かせきさいというべきだろう。

 それなのに、イリアの魔力が星神力へと昇華していく様を目の当たりにし、さらに多層構造の律像りつぞうが構築されていく光景を見れば、目を見開かざるを得ない。

 それはまさしく星象現界の設計図だった。

「星象現界だと」

「名付けて、神の創意(サハクィエル)

 イリアのその言葉こそ、真言しんごんだった。律像が星神力の光を放ち、星のきらめきを見せつけるが如く拡散すると、彼女の頭上に収束していく。まばゆい光が異形としかいいようのない輪郭を帯び、全体像が明らかになっていく。やはり、異形だ。異形の星霊せいれい。複数の光のが複雑に重なり合っているような形態であり、環それぞれに翼が生えている。そして、環の中心に目玉があり、琥珀色の虹彩が輝いていた。

「サハクィエル?」

「空を司る天使の名前よ。わたしの魔法の名前、覚えてる?」

「ああ。天使のまたたきとか、天使の羽撃はばたきとかだな。なるほど、それで天使の名を冠したというわけか。そして、空間転移魔法だから、空を司る天使を使ったんだな」

「その通り。さすがはわたしの親友ね。一から十まで説明してくれるじゃない」

 イリアは、美由理の解答に大いに満足すると、頭上を仰ぎ、異形の天使がその実体を保てなくなるまでの時間を数えた。ほんの数秒。あっという間に色褪せ、輪郭を失い、崩壊していく。

 制御は、できない。

「――きみもついに星象現界を体得した……というわけではなさそうだが」

「その通り、わたしは星神力も使えないし、星象現界に到達してもいないわ。この大がかりな機械で、星象現界を技術的に再現しただけなのよ」

「だけ……か」

「だけよ」

 などと断言するイリアの表情は、いつにも増して冷静にして怜悧れいりだった。知性の塊としかいいようのない彼女のまなざしからは、美由理には計り知れない知識の奔流ほんりゅうがわずかばかりに見て取れる。同じ学校で学び、青春時代をともに過ごした親友とは、とても思えなかった。

 それこそ魔導院時代にあっては、毎度のようにイリアが大騒動の原因を作っていたものだ。美由理とめがみがイリアとともに十八期の三魔女と呼ばれるようになったのは、親友である彼女とよく一緒にいたがために一括りにされただけのことなのだ。

 そんな、歩く混沌、事件発生器、災害予備軍などという不名誉な異名を持つイリアだが、やはり、戦団に見込まれるだけの能力の持ち主であり、類い希なるその頭脳に並び立つものなど、そうはいないといわれるほどだ。

 それは、彼女のこれまでの発明を見れば疑いようがない。

 そして、星象現界の技術的な再現。

「そんなことができるとはな」

「少しは驚いた?」

「少しなものか。とんでもなく驚かされたよ。さすがは魑魅魍魎ちみもうりょうの総大将だな」

「酷い異名もあったものよね」

「きみの実験が魔導院全体を巻き込んだ大騒動に発展した結果だ。甘んじて受け入れろ」

「美由理って本当、昔からわたしには厳しいわよね」

「これでも随分と甘くしているつもりだが」

「そう?」

「きみに厳しい人間は、親友どころか友人さえ務まらないよ」

「それもそっか」

 美由理の言を受け入れて、イリアは笑った。

 今回の実験だって、そうだ。事前になんの確認もせず、美由理を巻き込んでいる。こんなことばかりしているから、イリアの周囲からひとがいなくなっていくのだ――とは、何度いわれたことかわからない。しかし、美由理ならば笑って許してくれるだろうという核心があったから、彼女を対象に選択したのだ。

 実際、美由理は、呆れつつも、許してくれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ