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第千百六十話 師弟(五)

『現状、皆代幸多みなしろこうただけが情報子じょうほうしを制御し、操作する力を持つ。その原因も理由も、そもそも情報子がなんなのかすら不明だが、彼が情報子を操り、戦闘手段として活用したことは事実だ。それになにより――』

 神威かむい隻眼せきがんが鈍く輝く様が、美由理みゆり網膜もうまくに焼き付いている。真っ直ぐに彼女を見つめる、暗緑色あんりょくしょくの瞳。その視線は鋭く、射貫いぬくようだった。研ぎ澄まされた刃を想起されるそれは、半世紀以上の長きに渡る闘争の日々の中、一切鈍っている様子がなかったのだ。

 まるで、刃を突きつけられているような感覚だった。

『彼は、天使たちに期待されてもいた。天使たちにとって滅ぼす敵なのであろう悪魔たち。その対抗手段として、どうして人間である彼が期待されているのかはわからないが……しかし、その期待は、彼の情報子制御能力が並外れたものであることを意味しているのではないか、と、我々は結論づけた』

『事実、幸多くんは、実体のまま幻想空間に介入したり、ネットワークを通じて別の場所へ移動するという、魔法をもってしても不可能な現象を起こしています。それらの事象が情報子制御能力がもたらしたものであることも明らか』

『情報子制御能力。我々はこれを源理げんりの力と仮に名付けた』

『源理の力、ですか』

『情報誌制御能力だと、長ったらしいでしょう?』

『うむ。便宜上の呼び名だ。そこに深い意味はない』

『情報子は、魔素よりも微細にして根源的なものである……という。それが真実であるかどうかはこの際どうでもいい。悪魔に対抗できる唯一無二の力だというのであれば、それを活用しない理由はあるまい』

『まあ、そうですな』

『仰るとおり』

『よって、彼の、皆代みなしろ幸多の師であるきみには、彼が源理の力を自在に制御できるように鍛え上げることを厳命する。これは、総長命令である』

『総長命令……』

『異論はあるか?』

『いえ、ありません。伊佐那いざな美由理、身命を賭して、任務に当たります』

 美由理にいなやなどあろうはずがなかった。

 人類は、常に存亡の危機に直面しているといっても過言ではない。が、中でも、〈七悪しちあく〉の存在は、もっとも軽んじてはいけなかった。〈七悪〉は、双界そうかいの狭間に身を潜めているようであり、いつ何時なんどき、どこに現れ、悪意を撒き散らすのかわかったものではないのだ。

 その悪意は、破壊と殺戮、混沌に満ちている。

 動き出せば最後、人類が多大な損害を被ることは疑いようがなかった。

 〈七悪〉が揃った暁に行動を起こすと宣言しているとはいえ、相手は幻魔である。宣言通りに行動するいわれもなければ、人類を裏切り、嘲笑あざわらい、踏みにじってくる可能性など、いくらでもあった。

 故に、一刻も早く、対抗手段を確立しなければならなかったし、そのために幸多を鍛え上げなければならないというのであれば、全力を尽くすしかない。

 実際、幸多の異能――源理の力は、悪魔に通用したのだ。

 魔法以上に。

 その事実を理解すれば、戦団最高会議の結論に異論を挟む余地はない。

 美由理は、その瞬間から、自分の空き時間の全てを幸多に割り当てることを決めた。総長命令とは、絶対命令であり、最優先命令である。使命と言い換えてもいい。

 なによりも優先するべきであり、水穂みずほ基地の基地司令としての職務を副長に任せたとしても、問題がないくらいだった。

 もっとも、さすがに基地司令の職務を放棄することはなかったが。

 ともかく、幸多である。

 人間の中では幸多だけが持つ情報子制御能力――源理の力を一刻も早く、完璧に使いこなせるようにすることがなによりも重要だ。

 それ以外の全てが些事さじになるほどに。

 故に、美由理は、ここのところ幸多と一対一の猛特訓に全力で打ち込んでいるのであり、幸多もそれに応えようとしてくれていた。

 詳しい事情は話していないものの、美由理が訓練に誘えば、幸多は目を輝かせた。師弟である。時間さえ合えば弟子を鍛えるのが師匠の務めというものだが、その時間を限りなく捻出している現状というのは、幸多にとってはこの上なく嬉しいことのようだ。

(わたしも、そういう時期があったな)

 美由理は、地上十メートル以上の巨大な氷の檻の中に閉じ込めた幸多を見つめていた。星神力せいしんりょくによって放った、伊佐那流魔導戦技いざなりゅうまどうせんぎ陸百捌式改ろっぴゃくはちしきかい真絶零しんぜつれいは、幸多をして身動きひとつ取れなくしている。限りなく分厚い氷の檻。星神力がもたらす魔素圧が幸多の肉体を全方向から内側へと押し潰そうとしていく。

(師がわたしを導いてくれたように、わたしは、きみを導くことができているだろうか)

 美由理の脳裏に浮かぶのは、師・神爪天志かづめてんしの太陽のような笑顔だ。彼は最期まで笑っていた。導士たるもの、ひとを道行きを照らし続けるべきだ。そんな彼の信念は、美由理には到底真似のできないものだった。限りなく明るく、一切曇ることのない太陽の如き精神性。

 なにもかもが不完全極まり、不確かな美由理には、とても到達できない領域であり、だからこそ、師のようになりたいと思ったものだった。

(わたしは、太陽にはなれない。けれども、月にはなれるかもしれない)

 暗夜を行く人々を照らす銀の月。

 月黄泉つくよみの銀月が美由理の精神性の具現なのだとすれば、まさに彼女の想像通りのものかもしれなかった。

 しかし、銀月が照らす世界に時間の流れはなく、入り込めるのは、幸多ただひとりだ。

(なるほど)

 美由理は、ひとり、納得する。

 そのとき、幸多の体の表面に青白い燐光りんこうが走った。それはさながら律像りつぞうのように複雑にして精緻せいちな図形を描き始めたかと思うと、瞬く間に彼の全身を覆った。全身が青白い光を放っているかのようだった。それはまぎれもなく情報子の光であり、源理の力の発現だった。

 美由理が手を翳せば、真絶零の氷牢にさらなる力が加わり、内側に向かって圧壊していく。それこそ、爆発的な勢いだった。膨大な冷気が拡散し、霧状になって視界を塗り潰す。その狭間に閃光が奔った。青白い閃光。声が、響く。

「おおおおおおおおおおっ」

 幸多の咆哮が、幻想空間全体を震わせるようだった。そして、轟音を上げながら氷牢が崩壊していく中、青白い閃光が虚空を駆け抜けていく。

 美由理の視界を掠めたそれがなんであるか、瞬時に理解し、対応する。目で追えば、それは急角度で地上に降りている。青白い光跡こうせきがその複雑な軌道を認識させた。物理法則を無視した軌道は、魔法を使えばどうとでもなる。だが、幸多は。

(彼は魔法士じゃない)

 美由理は、時間を静止させるとともに、幸多の着地点周辺に複数の律像を展開した。時間静止は、幸多には効果がない。だが、美由理がもっとも得意とし、もっとも強力な、攻型魔法の同時発動を行うのであれば、時間静止は必要不可欠だ。

 幸多は、当然のように時間静止の最中に動き出している。全身から青白い燐光を発した彼が、地を蹴れば、それだけで地面が砕け散り、余波が周囲の建物を粉砕した。ただの脚力。だが、それは魔法による強化を得てようやく到達できる領域の力であるはずだ。

 しかし幸多は、魔法の恩恵を受けることは適わない。

 完全無能者。

 そんな彼に期待しているのは、美由理の本心だ。

 ずっと。

 それこそ、彼と出逢ってから、ずっと。

(ああ、そうだ。そうだとも)

 美由理は、一瞬にして眼前に肉迫してきた幸多に対し、ただただ感動していた。全身から青白い燐光を発するその姿は、さながら荒ぶる闘神の如くであり、星将である美由理ですら気圧されかねないほどの迫力があった。振りかぶる拳に青白い燐光――情報子が収束し、塊を作っていく。

 間合いは、絶無ぜつむ。 

 逃げ場など、あろうはずもない。


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