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第千百五十九話 師弟(四)

 サタンとアザゼル。

 鬼級おにきゅうに類別される幻魔たちは、みずからを悪魔を名乗り、〈七悪〉なる鬼級幻魔の勢力を築き上げていた。

 その力量が鬼級幻魔の中でも特に際立ったものであることは、これまでに観測された情報からも明らかだった。魔晶体ましょうたいを構成する魔素、その総量が膨大極まりないのだ。特にサタンの魔素総量――魔素質量とも呼ばれる――は、鬼級幻魔の平均値を千とすると、一万以上であることが判明している。

 つまり、比較にならないのだ。

 ちなみに、鬼級の平均的魔素質量を千とした場合、霊級は一、獣級は十、妖級は百である。妖級以下の幻魔は下位と上位に区分されているが、それらを含めた平均の値であり、人類が振り分けた等級がある意味正しく機能していることがわかるだろう。 

 霊級と獣級の間には隔絶した差があり、妖級と鬼級の間にも隔絶した差があるということだ。

 そして、その鬼級の中でも、平均的な鬼級と比較にならない力を持っているのがサタンなのだ。

 そんなサタンをしても、竜級には遠く及ばない。

 竜級の魔素質量は、計測不可能。

 サタンの魔素質量を一万としたとしても、十万はくだらず、百万、いや、一千万以上なのだとしてもおかしくないと考えられている。

 それほどの力を持つ竜級が、本能の赴くままに暴れ回ることなく、穏やかに眠り続けていることは、この世の奇跡と呼ぶほかあるまい。

 もしも竜級が目覚め、思うがまま、いや、ただ動き回るだけでも、この魔界と化した惑星は毎秒の如く形を変え、破壊と混沌吹き荒れる死の星と化していたのではないか。当然、ネノクニも根こそぎ吹き飛ばされ、人類など跡形もなく消え失せていたはずだ。

 それは、ともかく。

 サタンである。

 鬼級の中でも上位どころではない絶大な力を持つ悪魔たちの長は、アヴァロン大戦において、その力の片鱗を見せつけた。

 星象現界せいしょうげんかいだ。

 さながら黒い竜の鎧を身に纏ったその姿は、サタンの名に相応しいものだったかもしれない。禍々《まがまが》しくも破壊的な異形いぎょうの竜。ただし、竜級には程遠く、鬼級の中では圧倒的な力を誇るもの。

 あの戦場にいたあらゆる鬼級が、星象現界を発動したサタンの気配を感じ取って、絶望的な気分になったのではないか。

 それほどまでの力の差を見せつけ、星象現界を発動したアーサーをも一蹴して見せたのだ。

 そして、サタンは、アーサーを斃し、その滅び行く肉体を影に取り込んだのである。

 ヤタガラス弐型がにがたえたその光景が流れる幻板げんばんを見つめる星将せいしょうたちの顔は、苦々しく、厳しいものだ。眉間に刻まれるしわが深くなり、目つきが鋭くなるのも当然だろう。憎悪を募らせたとして、だれが責めることができよう。

 その上で、サタンの魔素質量および星象現界の凄まじさは、人間には抗いようのないもののように見られた。

「アーサーは、この地域の鬼級の中でも特に強大な力を持っていたことは想像に難くない。アヴァロンの広大さ、円卓の騎士あんる十二体の鬼級幻魔を従えていたという事実。なにより、アーサーは、幻魔大帝エベルの片腕だったという」

「エベルの……でしたか」

「うむ。幻魔戦国時代、地球全土に充ち満ちた幻魔たちは、領土を巡り、闘争に明け暮れた。そんな時代を終わらせたのがエベルであり、常にその先陣を切っていたのがアーサーだったそうだ。数多の鬼級を討ち、エベルの幻魔一統に大きく貢献したというのだから、その力量は知れよう」

「それだけの力を持った鬼級を一蹴したのが、サタン、と」

 アーサーがサタンに敗れ去ると、その瞬間、アヴァロン大戦は終結した。円卓の騎士たちはアヴァロンの跡地へ戻り、反アヴァロンの鬼級たちもそれぞれの領地へと帰った。サタンの力を目の当たりにして、立ち向かおうとする鬼級など一体としていなかったのだ。

 力こそ全て――魔界唯一の掟は、鬼級幻魔にとっても絶対の法であり、不文律ふぶんりつだったということだろうが。

「そして、サタンは、我らの敵だ」

 神威は、最後にちらりと天を仰いだサタンの目が、ヤタガラス弐型のカメラを捉えていることに気づいていた。まるで、カメラの向こう側にいる神威たちを見据えているような、そんな表情。

 サタンには、すべてお見通しだといわんばかりだ。

 そんなわけがあるはずもない――とは、言い切れないのが無念だった。

 以前、皆代幸多みなしろこうたの記憶に干渉し、人類への宣戦布告をしてきたという大事件があったことは、だれもが鮮明に覚えている。

 撮影時にヤタガラスを認識し、カメラに目線を送ってきたのだとしても不思議はないが、現在再生中の記録映像に干渉してきたのだとしても、なんらおかしなことではないのだ。

 多少、緊張を禁じ得ないのは、いつ映像の中のサタンが話しかけてきたとしてもおかしくはないからだ。

 しかし、どういうわけか皆代幸多と同じ顔をした悪魔は、静止したまま動き出す気配はなかった。

「サタンの目的は、〈七悪〉を揃えること。そして、〈七悪〉が揃った暁には、人類を滅ぼすと宣言してきている。では、〈七悪〉とは、なにか」

「彼らは、みずからが司るなんらかの象徴を名乗っています。サタンは〈憤怒ふんぬ〉、アーリマンは〈傲慢ごうまん〉、アスモデウスは〈色欲しきよく〉、アザゼルは〈嫉妬しっと〉、ベルゼブブは〈暴食ぼうしょく〉、マモンは〈強欲ごうよく〉……これらからわかるのは、〈七悪〉が七大罪にならったものだということ」

「まんまだからな。考えるまでもなくわかったぜ」

「まあ、悪魔だって幻魔だもの。知識も想像力も人間と大差ないのよ」

「うむ」

「つまり、残り一体の悪魔が司るのは、〈怠惰たいだ〉である、と」

 美由理みゆりが告げると、麒麟きりんが微笑し、頷いた。

「ええ、おそらくは、ですが。〈七悪〉と七大罪が関連していることは、間違いなさそうです。幻魔たちの知識の源は、人間の記憶ですもの。人間の想像力を超えるものは、創造し得ない。そして、〈怠惰〉を司る悪魔といえば、ベルフェゴールですが……あまり関係はなさそうですね」

 七大罪とは、いまや失われた宗教における主要な七つの罪のことだ。それが傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰である。そして後にそれら七つの罪に悪魔が割り当てられたのだが、本来、傲慢はルシファーが、嫉妬はリヴァイアサン――レヴィアタンともいう――が、それぞれ司るとされる。

 アーリマンとアザゼルは、本来であれば七大罪と無関係の存在であり、アーリマンに至っては悪魔ではなく、ゾロアスター教の悪神なのだ。

 もっとも、鬼級幻魔の名は、古今東西の神話、伝説、物語に登場する神や怪物、英雄などから取られていることが大半であるため、アーリマンと名乗っているからといって、神の如き存在だというわけではないが。

 ともかく、だ。

 〈七悪〉が七大罪に倣ったものなのだとして、〈怠惰〉を司る悪魔がベルフェゴールである可能性は必ずしも高くはないということだけは、間違いない。

「〈怠惰〉を司る悪魔がなんであれ、誕生すれば最後、我々が苦境に立たされることは疑いようがない。なんといっても、悪魔は、魔法では滅ぼせないのだからな」

「総長閣下でも、ですか」

「……無理だろうな」

 神威が殊更渋い表情をしたのは、この竜眼りゅうがんの力が全く役に立たない可能性について考慮する羽目になったからだ。竜級幻魔の力は、先も述べたとおり、鬼級とは比較にならないものだ。次元が違うといっていいほどのものであり、それだけの力の差があれば、ただ対峙するだけで消し飛ばされてもおかしくはなかった。

 実際、バアル・ゼブルと名乗っていた悪魔は、竜級幻魔オロチの莫大な力を浴び、消滅した――はずだった。だが、バアル・ゼブルは、ベルゼブブと名を変えてこそいたものの、生きていた。

 その事実は、天使と悪魔は、情報子によってでしか滅ぼすことができないという情報を確かなものとした。

「つまり、だ」

 神威は、幻板越しに美由理を見た。

「悪魔を滅ぼすためには、皆代幸多の協力が必要不可欠だということだ」


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