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第百十五話 師弟対決

 伊佐那美由理いざなみゆりは、遥か上空で爆散する花影璃空はなかげりくの幻想体を見遣みやり、それから視線を地上に戻した。

 河川敷に佇む皆代幸多みなしろこうたは、足下に積み上げた氷片の山からさらにいくつかを手にしようとしていが、幻想体の崩壊に伴い、それももはや無意味だと悟ったようだった。

 氷漬けにされた状態からどうやって抜け出したのかといえば、間違いなく、全身の筋肉を使い、強引に突破したという以外には考えられない。

 彼は完全無能者だ。体内に魔素を一切宿しておらず、その現実が忠実に再現された幻想体にもまた、魔素が存在していないはずだ。

 先の魔法で彼の全身が凍り付いたように見えたが、実際には氷の塊の中に閉じ込められたのと同じだったのだ。だから、彼は氷の檻から脱出するようにして、全身を包み込む魔法の氷を破壊し、突破して見せた。

 彼が魔法士ならば、魔素を宿す魔法不能者ならば、先程の氷魔法で完全に凍り付き、手も足も出ないまま粉砕されただろうが。

 美由理は、土手から河川敷に飛び降りながら、技術士に連絡し、幸多の幻想体を最善の状態に戻させた。氷漬けから突破したとはいえ、その名残が体中の各所に見られていた幸多の幻想体は、次の瞬間には最初の状態に戻っている。

「二十人抜きだ。灯光とうこう級では相手にならないということがはっきりとわかったよ」

 美由理に告げられて、幸多は、なんというべきか迷い、言葉を探した。冷え切っていた体に熱が戻り、体力も回復しているのは、幻想体への調整が入ったからだ。

「結構まずかった場面もありますけど」

「だが、きみは余裕さえあった」

「えーと……」

謙遜けんそんする必要も、配慮する必要もない。事実をいいたまえ」

「まあ、はい。確かにその通りです」

 幸多は、諦めて、肯定した。美由理の指摘したとおり、導士どうしたちとの戦いの最中、精神的な面で大きな余裕があった。連戦に次ぐ連戦だったが、息一つ切らさなかった。全力で挑んだが、余力はあった。

 それはつまり、余裕があったということだ。

 美由理の鋭い目を見つめ返しながら、実感として認める。

 魔法士相手ならば、食らいつける。

 ただしそれは、試合ならば、だ。開始の合図によって同時に動き始める試合だからこそ、幸多が魔法士を相手に上回ることができただけの話だ。

 これが実戦ならば、結果は全く違ったものになっていたことだろう。

 実践は、よーいどんで始まるわけではない。

「きみは、強い。それは事実として認識しよう。対抗戦を通して見てわかっていたことだが、戦団の導士たちにも通用することもわかったのは、大きな収穫だ」

 しかも、一対一だけではなく、二対一、三対一の戦いでも、幸多は勝って見せた。強引な打開策だったが、勝ちは勝ちだ。そして、あらゆるものを利用する戦い方も、決して悪いものではない。

 一方の幸多は、美由理に褒められているという事実が嬉しくて、どう反応していいものか、わからなかった。素直に受け取って喜ぶべきか、どうか。

「だが、最下級である灯光級の導士たちを倒した程度では、きみの実力を測りきることはできない。そうだろう。きみが対抗戦で戦った草薙真くさなぎまことは、きみが今日戦った誰よりも強かったはずだ」

「それは……はい」

 静かに、認める。

 美由理の言うとおりだった。今回、幸多と戦った二十人の導士たちは、誰一人として草薙真に遠く及ばなかった。少なくとも、幸多はそう実感したのだ。草薙真ならば、彼ならば、もっと上手く立ち回ったのではないか。少なくとも、幸多を追い詰めるくらいはできたのではないか。

 幸多の中で草薙真の評価は極めて高い。

「さて、だからといって草薙真以上の使い手を今すぐ用意できるわけではないのでな。わたしが相手をしよう」

 美由理は、幸多と対峙した。これまで幸多と戦ってきた導士たちと同じように、五メートルほどの距離を取り、向かい合う。

 幸多は、思わず驚いた。

「み、し、師匠が、ですか?」

「そうだ。不満か?」

「不満だなんて、そんなわけないじゃないですか!」

「ならばなんだ? まさか、わたしを倒してしまうかもしれない、とでも思ったのか?」

「そうではなくて!」

 幸多は強く否定した。そんな傲慢ごうまんな考えが彼の脳裏を過ることはなかった。美由理の魔法士としての技量は、彼がこれまで戦ったことのあるどんな魔法士よりも圧倒的に上だということは、考えるまでもない。その戦いぶりは、記録映像で何度も見た。氷の女帝の異名の如く、幻魔げんまもろとも周囲一帯を氷漬けにするその姿は、まさに絶対的とすらいっていいのではないか。

 それほどの魔法士である彼女に対し、幸多が勝利を確信できるわけもない。ただ。

「ただ、いいのかな、って思っただけです」

「良いも悪いも、きみはわたしの弟子で、わたしはきみの師匠だぞ。こうしてぶつかり合うのは、師弟ならば当然のことだ。全力でかかってきたまえ」

「はい!」

 幸多は、力強く頷くと、そのときには躊躇ちゅうちょはなくなっていた。

 美由理の蒼い瞳が鈍く輝き、口が動いた。

「始め!」

 声が響いた瞬間、幸多は、美由理に向かって飛びかかっていた。美由理は、左後方に跳躍して距離を取る。

はやい!)

 幸多は、美由理の身のこなしの軽やかさと素早さに目を奪われそうになりながら、透かさず、追った。美由理の身体能力は、灯光級導士たちとは比較にならない。力量差は圧倒的にもほどがあり、だからこそ星将せいしょうなのだろうと実感する。

 美由理は、さらに距離を取り、時間を稼ぐ。

 それは魔法士としての戦い方だ。

 魔法を発動するためには、多少なりとも時間が必要であり、そのための時間を確保することが魔法士に求められる最低限の能力だった。そして、それができないからこそ、灯光級導士たちは、幸多に敗れ去っていったのだ。

六百弐式改ろっぴゃくにしきかい轟氷礫ごうひょうれき

 幸多の眼前で、美由理が右手を翳し、魔法を発動させた。一瞬にして無数の氷のつぶてが生じると、美由理に追い縋ろうとしていた幸多に殺到した。避けようがない。

 幸多は、地を蹴って右に飛ぶことで氷の礫の大半をかわしたが、いくつかは左半身の各所に当たり、幻想体をえぐった。激痛が生じるが、それだけだ。再起不能には陥っていない。

(さすがだな)

 幸多は、美由理の身体能力と魔法技量を目の当たりにして、素直に感動した。これが星将伊佐那美由理の実力の全て、などとは思ってもいないが、その一端に触れることができたのだ。これを感動せずにどうするのか、と、幸多は思う。

 一方で、このままではなぶり殺しにされるだろうという実感もあった。

 魔法が使えない幸多は、美由理に接近しなければ攻撃すらできない。そして、美由理の身体能力を考えれば、攻撃可能距離まで接近するのは、簡単なことではなかった。

 それは紛れもなく、灯光級導士と星将の差だろう。

 灯光級導士への接近は、難なく可能だった。彼らが距離を取ろうとも関係がなかった。

 しかし、美由理はどうだ。

 幸多との距離の取り方が上手い上、魔法の使い方も巧みだ。

 もちろん、それも全力などではないということは疑いようがなかった。

 全力ならば、先程の魔法で幸多の幻想体を破壊したことだろう。

 これは、幸多の実力を測るための試験。

(だったら)

 幸多は、むしろ、美由理との距離を取った。美由理が即座に魔法を放つ。

六百壱式改ろっぴゃくいちしきかい飛冷槍ひれいそう

 美由理の周囲に出現した三本の氷の槍が、幸多に向かって発射された。虚空に冷気の帯を残しながら目標へと殺到する氷の槍。しかし、幸多がその場を飛び離れれば、氷の槍は目標地点に着弾し、爆散する。

 美由理は、川縁を移動する幸多を見遣りながら、さらなる魔法を構築していく。

 追尾誘導式の魔法は、彼には効果的ではない、ということは、幻闘げんとうを見ていればわかることだ。しかし、実際のところどうなのか、美由理は、自分の目と技で確かめたかったのだ。

 そして、確信する。

 魔素密度を対象とした場合の追尾誘導式魔法は、彼には全くの無駄だということだ。

 不意に、幸多がその場に屈み込んだのを見て、美由理は左に飛んだ。なにかが頬を掠める。

 石だ。

 幸多は、接近戦を挑むのが難しいと悟るや否や、河川敷に転がっている石を投擲とうてきすることによって攻撃するという戦法に切り替えたのだ。

(それで幻想体を破壊できる、と?)

 美由理は、多少の怒りとともに魔法を練り直した。

 




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