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第千百五十八話 師弟(三)

 月黄泉つくよみの、唯一無二といっても過言ではない欠点。

 それは、魔素まそにしか影響を及ぼさないということだ。

 月黄泉による時間静止は、一定の範囲内だけでなく、地球全体、いや、宇宙全体にまでその力を及ぼすと考えられている。でなければ、影響範囲の内外で時間の流れに差異が生じるはずだからだ。現状、月黄泉の発動による異常は観測されていない。よって、月黄泉がこの宇宙そのものの時間を止めているのだと考えられている。

 そして、それはこの宇宙全体が魔素で構成されていることの証明でもあった。

 もっとも、それが欠点に繋がるかといえば、だれもが首を横に振るだろう。この世の中には、魔素を内包しないものは存在しない。存在し得ないのだ。魔素宇宙とも呼ばれるこの宇宙のすべてのものには、魔素が内包されている。人体だけではない。動物にも植物にも鉱物にも、大気中にも、水中にも、さらには真空中にも、魔素は確かに存在するのだ。

 故に、エーテル宇宙。

 この世のあらゆるものが、魔素を根本として、根源として存在している。

 では、自分は、何者なのか――と、幸多こうたは、考えざるを得ない。

 魔素を持たざる完全無能者。魔素宇宙には存在し得ない、稀有けうな存在、唯一の例外。ありえないもの。あってはならないもの。特異点とくいてん

(特異点……)

 悪魔が発した言葉がなにを意味するのか、幸多には想像もつかない。言葉通りの意味だとは、とても思えないが、しかし。

(ほかにどんな意味があるんだよ)

 マモンやサタンの顔が脳裏のうりに浮かんだのは、一瞬。つぎの瞬間には、幸多の意識は戦闘一色に染まっている。

 地を蹴り、一足飛びに美由理みゆり殺到さっとうするも、師は、軽々と後方に飛び退いていた。距離が、瞬く間に大きく離れた。銀月ぎんげつの光が消える。時間静止の解除と同時に起こるのは、氷魔法の同時発動。

 普通、複数の魔法を同時に発動することは難しい。連鎖術式などと呼ばれる方法を用いれば、擬似的に同時発動も可能だが、時間差は生じるものだ。だが、時間静止中に複数の魔法を仕込み、静止解除と同時に発動するという美由理のやり方ならば、一切の時間差なく、複数の魔法を同時に発動できるのである。

 陸百壱式改ろっぴゃくいちしきかい飛冷槍ひれいそう陸百弐式改ろっぴゃくにしきかい轟氷礫ごうひょうれき陸百参式改ろっぴゃくさんしきかい雪月花せつげつか陸百漆式改ろっぴゃくしちしきかい封凍獄ふうとうごく、そして、陸百捌式改ろっぴゃくはちしきかい真絶零しんぜつれい――伊佐那流魔導戦技いざなりゅうまどうせんぎを独自に改良した攻型こうけい魔法の数々を同時に発動させたことによって、美由理は、幸多を圧倒した。

 無数の氷槍ひょうそう数多あまた氷礫ひょうれきによる全周囲からの制圧、さらに猛吹雪と凄まじい冷気の渦で押し包み、最終的には特大の氷の檻に閉じ込めたのだ。そのときには、幸多の全身がずたぼろになっており、勝敗は明らかだった。

 星象現界せいしょうげんかいを使ったのだ。

 このような結果に終わるのは、目に見えていた。こうならなければならない。こうなるべきだ。なんといっても、美由理は幸多の師匠だ。師たるもの、弟子におくれを取るようなことがあってはならない。

(少なくとも、いまはまだ……)

 美由理の目は、巨大な氷牢の中で身動きひとつ取れずにいる幸多を捉えて放さなかった。脳裏にいくつもの声が響いている。

『事態の深刻さは、諸君も理解していることと思うが――』


 戦団最高会議は、昨年まではこのように頻繁ひんぱんに開かれるようなものではなかった。

 戦団の最高幹部が一堂に会するのだ。多忙な日々を送っている星将せいしょうたちが、である。それほどの会議となると、余程の議題でなければ、開かれようがない。実際、昨年などは、指で数えるほどしか開かれていないのだ。

 だが、今年はどうだ。

 指で数えきれないほど、開かれている。

 それもこれも、戦団にとって、央都にとって、人類生存圏にとっての重大事が頻発ひんぱつしているからにほかならない。

 いまも、そうだ。

「事態の深刻さは、諸君も理解していることと思うが」

 総長にして議長たる神木神威こうぎかむいの表情は、声音の重々しさ同様、事態の深刻さを投影しているかのようだった。いつも通りの渋面だが、いつも以上に深いしわが刻まれていて、まなざしも厳しい。

 アヴァロンの崩壊と、それに伴う旧兵庫地域全体の激動。

 それは、アヴァロン崩壊の余波だ。

 アヴァロンというこの地域最大の〈クリファ〉が消滅したことによって、長年、この地域全体を包みこんでいたある種の均衡きんこうが音を立てて崩れ去ってしまった。これを止めることはなにものにもできず、再び均衡を築き上げられるわけもない。幻魔たちの問題なのだ。人間の干渉によってどうなるものでもない。

「アヴァロンの跡地は、いい。元円卓の騎士たちが領土を巡って相争っているだけならば、勝手にすればいい。問題は、それ以外の〈殻〉の動向だ。見ての通り、この地域にはこれだけの数の〈殻〉がある」

 神威の視線の先、戦団本部棟大会議場の中心に、特大の幻板げんばんが浮かんでいた。そこには旧兵庫地域の全体図が表示されている。

 旧兵庫地域。

 日本という島国が確かに存在していた時代に名付けられた地名は、いまや、過去のものと成り果ててしまった。

 地球全土を巻き込んだ未曽有みぞうの大戦争――第一次、第二次魔法大戦によって、世界中の数多の国々が滅び去ったことは、だれもが歴史の授業で習うことだ。日本とて例外ではない。二度に渡る魔法大戦の最中、日本は中立を宣言したが、魔法生誕の地にして魔法士たちの聖地である日本は、諸勢力にとっても重要な存在だった。日本を手に入れれば、戦争において優位に立てると考えたのである。

 そうして繰り広げられた日本争奪戦は、日本全土を数多の魔法で飲み込んでいった。

 例外は、ネノクニだ。

 ネノクニは、日本国内にありながら、遥か地下に隠れ、地上と交渉を断っていたがために滅びを免れることができたのだ。

 そして、その後に起きた幻魔の大量発生と魔天創世まてんそうせいは、第二次魔法大戦を生き延び、どうにか命を繋いでいた生物をも根絶してしまった。

 そこから先は、幻魔の時代だった。

 となれば、兵庫という地名も忘れ去られ、過去の遺物と成り果てるのも道理というものだろう。

 いまや名もなき魔界の一地方と化した旧兵庫地域には、数十個もの〈殻〉が所狭しとその領土を主張しあっている。空白地帯を挟まずに隣接している〈殻〉も少なくなく、故に、争いが絶えることはないの。

 それら〈殻〉の数および領土を戦団が把握できるようになったのは、ここ最近のことだ。

 ユグドラシル・システムの完成とレイライン・ネットワークの拡充かくじゅう、ヤタガラス弐型にがたの開発により、戦団の情報収集能力が格段に向上したからだ。レイライン・ネットワークによる各地の警戒や監視に加え、ヤタガラス弐型による超長距離飛行が、それを為した。

 それら数十の〈殻〉が旧兵庫内に密集している現実を目の当たりにすれば、だれもが息を呑まざるを得ないし、頭を抱えたくもなったものだ。

 それはつまり、数十体どころではない数の鬼級幻魔が、この地に確かに存在しているということを示しているのだから。

 そして、それら鬼級たちが、各々の領土を広げることに熱心であるという事実にも、気分が悪くなる。

「特に注意するべきは、酒呑童子しゅてんどうじとシヴァ、オトロシャにルーグか」

「アーサーが滅びたいま、最大の〈殻〉はシヴァだ。だが、シヴァの本拠は、旧兵庫地域ではなく、旧京都地域にある」

「まあ、そんなの関係ないけどね」

「そりゃそうだ。そもそも、旧兵庫地域なんていう言い方もどうかと思うぜ」

「便宜上の言い方でしかないでしょう」

 星将せいしょうたちが口々に言い合うのを聞きながら、美由理は、地図上の〈殻〉を睨んでいた。確かに、アヴァロンが滅びたいま、もっとも大きな領土を誇るのは、シヴァの〈殻〉である。続いて、酒呑童子。これは、アヴァロン大戦後のどさくさに紛れて領土を拡大したからだという。

 つぎに、オトロシャ。央都にもっとも近く、故にもっとも警戒するべき〈殻〉である。

 最後にルーグの〈殻〉だが、これも恐府きょうふと大差なく、しかも、水穂市とはアガレスの〈殻〉を挟んでいるだけの距離感しかないため、警戒の必要性があった。ルーグがアガレスと手を組み、央都に攻め寄せてくる可能性だってありうるのだ。

 そんなことをいえば、すべての〈殻〉を警戒しなければならなくなるし、実際、そうしているのだが。

「……シヴァ、酒呑童子があの戦い以降、〈殻〉の拡大に積極的なのは先もいったとおりだ。だが、我々がもっとも警戒するべきは、オトロシャの動向と、悪魔たちだ」

 神威が言及すると、複数の幻板が表示された。

 幻板の一枚は、オトロシャ領恐府を大写しにし、別の幻板は、アヴァロン大戦におけるサタンとアザゼルの様子を映し出していた。


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