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第千百五十六話 師弟(一)

「……なんつーか」

 真白ましろがいつになく難しい顔をして言葉を探した。兄の心境は、黒乃くろのには手に取るようにわかる。

 巡回任務を終え、水穂みずほ基地へと帰投した真星しんせい小隊は、その足で訓練所に駆け込んでいた。そして、真白、黒乃、義一ぎいちの三人が、同室に入り、幻想空間へと飛び込んだのだ。

 幸多こうたは、軍団長直々に呼び出されたため、別室である。

 本来、軍団長から直接指導を受けることというのは極めて稀なことであり、光栄なことだ。が、幸多の場合、美由理みゆりとは師弟の間柄だ。なにも珍しいことではない。とはいえ、相手は多忙な軍団長。時間が合わないことも少なくないため、こういう機会を逃すわけにはいかない、と、幸多はいつだって息巻くのだ。

 しかし、今日の幸多の表情は、いつもよりも沈んでいるように見えた。

 理由は、わかっている。

 また、黒乃たちも、幸多のいない状態での訓練は手慣れたものだ。そもそも、幸多は魔法士ではない。魔法戦の訓練相手には向かないのだ。よって、幸多を交えた訓練は、小隊連携に重点を置くことになる。

 幸多がいない場合は、全員が己の魔法技量を磨くことに集中できた。

 無論、小隊連携を重視した訓練は必要不可欠だったし、これまで幾度となく死線をくぐり抜けてこられたのは、そうした訓練のおかげだということはいうまでもないが。

「隊長も大変だったんだな」

「そんなことはわかりきってたんだけど……想定外のところでね」

 義一は、真白に同意しつつ、虚空を蹴るようにして飛び上がり、高層建造物の屋上へと移動した。魔力体が飛来して、壁面に大穴を開ける。黒乃の攻型魔法、翠雷撃エメラルドボルト。それだけではとどまらない。

「まさか、女神様の暇潰しに毎日のように付き合ってただなんてさ」

「そんなこと、なにも話してくれなかったものな」

 黒乃の立て続けの魔法攻撃をどうにかかわしきった義一は、視界の端に魔法壁を展開中の真白を見つけた。だが、意識するべきは、黒乃だ。黒乃の攻型魔法は、この三人の中で最も破壊力がある。真眼しんがんを用い、魔素を追う。魔素が持つ固有の波形。黒乃のそれは、だれよりもはっきりとした輪郭を帯びている。

 会話は、通信機越しに成り立っている。故に真眼を駆使するのだ。

 水穂市の都心部、その入り組んだ町並みに乱立する高層建築物群の地下へと固有波形の残滓ざんしが続いているのを確認するも、そのときには、義一は、上空へと移動しなければならなかった。

 巨大な光芒が、義一が立っていた建物を飲み込む。

 真白だ。

 真白が不得手とする攻型魔法が炸裂したのだ。

 さらに特大の魔力体が義一に向かってくるものだから、彼は、九十九つくも兄弟が手を組んでいるのではないかと考えてしまった。まさか、そんなことをするわけもないのだが。

 遥か地上に向かって滑空かっくうしつつ、真紅の魔力体から逃げ続ける。半径五メートルほどか。とてつもなく巨大な魔力体は、熱を帯びていた。火球。それも極めて暴力的な。大気中の魔素を燃焼しながら肉迫してくると、高層建造物群を飲み込み、破壊していった。

「まあ、女神様の相手なんて、隊長にしかできないだろうけれど」

 義一は、その言葉を真言しんごんとした。頭上に雷光の網を張り巡らせて火球を迎え撃ちつつ、自身は地上へと降り立っている。そのまま飛行し続け、黒乃に迫った。都市部の真っ只中に穿たれた小さな穴。そこに黒乃の固有波形が輝いている。強く、鮮やかに。

 頭上では、灼熱の火球と電光の網が衝突し、凄まじい音を立てていた。だが、それもすぐに終わる。網が破られ、火球が落ちてきたのだ。さらに建物群を灼き尽くしながら、この世の終わりのような景色を作り上げていく。

 さすがは黒乃だ、と、義一は感心するほかない。

 黒乃の攻型魔法は、真星小隊のみならず、戦団の中でも最高峰といっても過言ではないのではないか。

 だからこそ、訓練になる。

 真白の防型魔法も、そうだ。

 導士の中でも頭抜けた防型魔法の使い手である真白と、攻型魔法の使い手である黒乃。ふたりとの訓練は、幻魔の再現体との訓練よりも遥かに緊迫感があり、実戦的だった。神経がひりつくような感覚。黒乃の攻型魔法は、破壊の具体化といっても言い過ぎではなく、直面すれば、死を覚悟しなければならない。

 全身全霊の力を込めて対峙しなければ、義一に勝ち目はない。

(ぼくは……そうだな)

 器用貧乏、とでもいうべきか。

 元より伊佐那いざな家の人間として、伊佐那流の魔法を学んできた身の上だ。攻防補こうぼうほ、あらゆる型式の魔法を修得し、特別に得意とする型式はなかった。

 全型式の魔法を同等に使いこなせるということを万能とはいわない。

 確かに、いずれの型式の魔法も、ある程度以上の威力、精度、範囲を望めるものの、最高峰と呼ぶにはなにもかもが足りていない。

 半端なのだ。

 それなのに、真星小隊の一員でいられるのは、真眼があればこそなのだろう、と、確信している。

真眼という異能があるからこそ、役割を持つことができ、期待されもする。そうでなければ、大躍進中の真星小隊においては、足手纏あしでまといとして切り捨てられてもおかしくはないのではないか。

 無論、真星小隊の躍進が真眼のもたらした結果だということも理解しているのだが。

 それは、それとして。

(足手纏いにはなりたくないな)

 義一が考えるのは、いつだって、それだ。

 そしてそれは、隊長である幸多が一番考えていることに違いなく、故にこそ、義一は彼に親近感を覚えるのかもしれない。

 そのとき、前方の穴の中から黒い奔流ほんりゅうが噴き上がってきたかと思えば、その中に黒乃の姿を見て、義一は舌打ちした。黒乃は、義一の接近に気づき、狙撃地点から脱出したのだ。

 黒乃は、みずから生み出した火球を打ち破り、あっという間に上空へ至った――かと思いきや、その全身を光の帯に絡め取られてしまった。黒乃が唖然とする間もなく、ぐるぐると振り回され、地上に向かって投げつけられる。物凄まじい勢いだった。

 轟音とともに地面に大穴が開き、周囲の建物が倒壊とうかいした。

 義一は、驚きつつも、頭上と前方を警戒した。

 頭上には、真白が無数の光の帯を展開しながら浮かんでいて、前方では、爆煙が充ち満ちていた。その狭間に黒乃の固有波形が確かに存在している。

「隊長がなにも打ち明けてくれなかったのは、つまるところ、おれたちが不甲斐ふがいないからじゃないか?」

 真白は、黒乃が光の帯による拘束から脱出するのを見つめながら、告げた。

「そうだね。きっと、そうだよ」

 黒乃の声が真言となり、魔法を渦巻かせる。


陸百玖式改ろっぴゃくきゅうしきかい大氷壁だいひょうへき

 美由理は、爆煙ばくえんの中から飛来した無数の弾丸に対し、前面に氷壁を張り巡らせることで対処した。極めて分厚く巨大な氷の壁は、幸多が乱射する弾丸のことごとくを受け止めただえでなく、弾丸とその周囲の魔素ごと凍てつかせることによって、氷壁の強度を上げていく。

 銃撃が止んだ。

 無駄だと悟り、戦法を変えるのかと思ったのもつかの間、砲弾が飛んできて、氷壁に直撃するなり凄まじい爆発が起きた。それも間断なく、連続的に、だ。爆発に次ぐ爆発。大氷壁の特性などお構いなしといわんばかりの爆撃の連続には、さすがの美由理も苦笑した。

「砲弾は、超高級品だろう」

 告げて、その場から飛び離れる。立て続けに飛来する砲弾が連鎖的な爆砕を引き起こし、ついには大氷壁を破壊し尽くしたものの、そのときには美由理は、地上に降り立っていた。幸多の姿を隠していた爆煙も、既に消え失せている。

 幸多。

 鎧套がいとう銃王弐式じゅうおうにしきを身に纏い、背には多目的機巧腕たもくてききこうわん千手せんじゅを負う彼は、二十二式機関砲にじゅうにしききかんほう轟雷ごうらいを両腕と千手で合計四門、構えていた。見るからにいかつく、暴力的な形状をした大砲である轟雷は、鎧套の中でも銃王でのみ扱うことのできる撃式武器であり、轟雷と銃王を接続しすることで使用する大型兵装である。その大きさや重量は、同じ撃式武器の飛電改ひでんかい閃電改せんでんかいとは比較にならない。

 そして、威力も、だ。

 砲口から射出された超周波振動砲弾――超砲弾ちょうほうだんは、直撃と同時に大爆発を起こすのだが、その際に発生するのは超周波振動を帯びた爆発であり、幻魔の肉体たる魔晶体をその魔晶核ごと吹き飛ばすだけの破壊力を持っていた。


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