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第千百五十三話 幸多と女神たち(二)

「きみも知っての通り、ユグドラシル・システムは、戦団のみならず、央都おうと根幹こんかんそのものといっても過言ではない存在だ。統合情報管理機構とうごうじょうほうかんりきこうの名の通り、ありとあらゆる情報の集積しゅうせき精査せいさ、管理を一手に引き受けているだけでなく、レイライン・ネットワーク全般の処理や、ネットワークに繋がる様々な機器、機能を司っている」

 カイリは、幸多こうたを施設の奥へと導きながら、説明した。彼の声は明朗めいろうで、聞き取りやすい。すっと意識に入り込んできて、意識に溶け込んでいくようだった。幸多が多少困惑を覚えるほどだ。

「まさに神だよ」

「神……」

「そう、神だ。この世に顕現けんげんした神様。それがユグドラシル・システムなんだよ」

 長く複雑に入り組んだ通路を迷うことなく進んでいくカイリの歩調は、幸多には少し遅く感じられた。その事実が、カイリが戦闘者としての魔法士ではなく、技術者であり研究者であることを如実に現しているかのようだ。

 特殊合成樹脂製の壁や床、天井の表面に走る光線は、戦団本部の地下空間を連想させる。アスガルドと名付けられた地下領域。女神たちの住処すみかであり、神殿でもあったあの場所は、いまや主なき空白の地と化しているのだという。

 では、ここは。

 この施設は、技術創造センターはどうか。

 いままさに女神たちにとっての新たな神殿と化したこの領域は、どうなるのか。

「そして、人類は、神様の手に命を握られているといっても過言じゃない。それも、わかるね?」

「はい」

 幸多は、カイリの言に頷くことしかできない。彼がなにを説明しているのか、なにを幸多に言い聞かせようとしているのか、想像できないはずもなかった。

 これから、カイリたちがなにをしようとしているのかについて、噛み砕いて教えてくれようというのだろう。

「先日、システムが暴走し、機能不全に陥ったことはきみも知っているね。そしてそれによってどれほど深刻な事態に陥ったのか。人類がどれほどの窮地に追いやられたのか。きみは、その身を持って理解しているはずだ」

「はい」

「オトロシャ事変。水穂みずほ市全体が機能不全に陥った結果、オトロシャの急接近を許し、全市民、全導士がオトロシャの催眠魔法に落ちた。これがなにを意味するのか、わからないきみではあるまい」

「……はい」

 幸多は、カイリの言葉に異論や反論をぶつけようなどとは思わなかった。思えなかった。ノルン・ユニットの化身ともいうべき仮想人格たち――運命の三女神(ノルン・シスターズ)の暴走が引き起こしたシステム障害は、結果だけを見れば、大きな問題も起こさずに収束した。だが、結果良ければ全て良し、などといえるわけもない。

 水穂市全体のシステムダウンがもたらした危機は、戦団首脳陣を緊張させた。戦団が総力を上げて対応しなければならなかった。事態を認識した全ての導士が危機感を抱いたはずだ。幸多も、そうだ。水穂市にて、状況を把握したとき、幸多は、絶望感すら覚えたものだった。

 オトロシャは去り、窮地を脱することは出来た。が、それで終わりではない。終わるはずがない。

 このまま、捨て置くことはできない。

「ユグドラシル・システムは、央都の根幹。命の源なんだよ。機能不全に陥れば、それだけで致命的な事態を招きかねない。二度と、あのようなことが起きてはならないんだ」

「はい」

「そして、そのために、女神たちを完全に凍結することが決まった。運命の三女神と名付けられた仮想人格たち。彼女たちが、機能不全の原因だからだよ。これは戦団最高会議の決定。だれにも口を差し挟むことはできない。きみには辛いことだろうが……」

「……そうですね。本当に……ただただ辛いです」

 だが、と、幸多は、カイリの背中を見遣みやる。技術者らしく白衣を纏う男の後ろ姿は、凜然りんぜんとしていた。迷いもなければ、躊躇ちゅうちょもない。カイリには、理路整然とした道筋が見えているのだろう。そしてその道筋は、技術局として、戦団として正しいものに違いない。

 故に疑問が浮かぶ。

「でも、だとしたら、どうして今日、ぼくを呼んだんです?」

 カイリは、少しだけ考える素振りをして、幸多を振り返った。自然、足が止まる。

「凍結処置を施せば、もう二度と言葉を交わすことも、触れ合うこともできなくなるんだよ。彼女たちが、戦団、そして央都の発展に尽力し、貢献こうけんしてくれたことは否定しようのない事実。そんな彼女たちの働きに少しでも報いたいと思うのは、そんなに不思議なことかね」

「……ぼくが逢って話すことが、ですか」

「そうだとも。彼女たちが、逢いたがっていたんだ」

 だから、せめて、その願いを叶えてあげたい――カイリの結論に疑問は生じなかった。

 

 技術創造センターの最奥部には、ユグドラシル・ユニットを設置するための空間があり、ウテナの間と命名されていた。

 ウテナの間は、ユグドラシル・ユニットの回収後に作られたという話だが、それはつまり、技術創造センターがユグドラシル・ユニットの設置場所に決まったのも回収後だということを意味している。

 そもそも、ユグドラシル・ユニットの所在地は、長らく不明だった。いや、現存しているかどうかすら不明だったのだ。それでも、戦団は探し続けていた。ユグドラシル・システムの完成が、人類復興にとって欠かせないものであると見ていたからだ。ユグドラシル・ユニットが見つからない、あるいは存在しない可能性も大いにあったが、そのために代替品の研究にも注力していたのが技術局だ。

 それがユグドラシル・エミュレーション・デバイス――通称、YEDイェッドと呼ばれるものだということは、幸多は知らないが。

 ともかく、いつ見つかるかもわからないもののために設置場所を用意しておくはずもない。

 そして、戦団が長らく探し求めていたユグドラシル・ユニットは、あろうことか、竜級幻魔オロチの体内に取り込まれていたことは、いまや戦団内で知らないものはいないだろう。巡り巡って戦団の手に渡ったそれは、膨大にして超高密度の魔素に包まれていた。それら魔素を分解し、除去しなければ、まともに扱うこともかなわない。よって、技術創造センターに運び込み、竜気の分解、除去作業を行うこととしたのである。

 除去作業が終われば、ユグドラシル・ユニットが生きているかどうかを確認するべく、技術局総出となって点検作業を行ったという。

 ウテナの座に聳え立つ、魔法合金製の大樹。

 それは、技術局による様々な作業が進むにつれて枝を増やし、葉を生やし、ウテナの座そのものを侵蝕しかねないほどの勢いで巨大化していったのだという。そのため、技師たちは、ウテナの座の増改築にも奔走しなければならなかったらしい。

「いわれてみれば……」

 幸多は、ウテナの座に足を踏み入れるなり、白銀の大樹が以前直接見たときよりも数段大きくなっていることに気づかされた。オトヒメからの贈り物である玉手箱から出てきたばかりのときは、大樹というほどのものではなかったのだ。

 だが、いまやユグドラシル・ユニットは、幸多の頭上を覆い隠すほどにその枝葉を伸ばし、複雑に絡みつかせるようにしながら、天井を支えていた。

「ユグドラシル・ユニットは、百年以上昔の魔法合金で作られている。ナノ・メタルと名付けられたそれは、その名の通り、分子機械でもあるんだよ」

「分子機械……」

「……ユグドラシル・ユニットがオロチに飲み込まれながらもどうにか存在し続けることができたのは、ナノ・メタルが増殖し、再生し続けていたからなんだ。そしてそれは、ノルン・ユニットも同じだ」

「それってつまり……ぼくと同じということですか?」

「そうなるね」

 カイリは、幸多の驚きに満ちた顔を見て、目を細めた。その表情が、孤独から解放されたような、同胞を見つけたようなものに見えたからだ。

 実際、幸多は、カイリによって明かされた新事実に驚きを禁じ得なかった。ノルン・ユニットやユグドラシル・ユニットがナノメタルと呼ばれる魔法合金の塊だということも知らなければ、ナノメタルに分子機械ナノマシンが含まれていることも知らなかったのだ。

 魔法合金も分子機械も、遥か過去に生み出された技術の結晶だ。それらが組み合わさったものが存在していたとしても、なんら不思議ではない。不思議ではないのだが、幸多には、不思議な縁を感じずにはいられなかった。

 幸多が、ウテナの座の奥へと進んでいく。

 ウテナとは、うてな。言葉通り、台座のことだ。そして、ウテナの座とは、ユグドラシル・ユニットの台座としての空間であることを示す名前なのだ。

 ユグドラシルの大樹、その金属製の表面に無数の青白い光線が走ったかと思うと、枝々へと至り、葉を輝かせた。枝葉から降り注ぐ光が幸多を包み込んだのも束の間、その前方と左右に分かれ、収束、人の形を成していく。

 女神たちの降臨だ。

 ここは、幻想空間ではない、現実世界だ。だが、ユグドラシル・システムは、現実世界に幻想体を具現する機能をいつの間にか獲得していて、それによって己が化身ともいうべき女神たちを具象して見せたのである。

「幸多ちゃん!」

「幸多様!」

「幸多!」

 運命の三女神は、神々しくも美しいその姿を現すと、異口同音に彼の名を叫んだ。


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