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第千百五十二話 幸多と女神たち(一)

 冬の空。

 空気がいつになく透明で、だから青く輝いているように見えるのだろうか。どこまでも遠く、どこまでも広く、どこまでも深い、青。無限に近い広大さを見せつけながらも、実際には有限な、空。

 流れる雲の早さは目まぐるしいほどで、風の強さが地上とは比べものにならないことを想像させた。想像。想像力。魔法士に必要不可欠なものだが、魔法士でなくとも、多少なりとも必要に違いない。

 自分には明らかに足りないものだ、と、幸多こうたは想うのだ。最近、よく考えてしまう。魔法士のように想像力を鍛えていないから、鍛える必要がないから――。

 不意に、視界が真っ暗になった。

「うん?」

「なにぼんやり突っ立ってんだよ」

 声と感触で、真白ましろに目隠しされたのだと理解するも、なぜ、そんなことをするのかと戸惑い、茫然とした。それも数秒間に過ぎなかったが。真白の両手を掴み、目隠しを解く。

「なに?」

「それはこっちの台詞だろ」

 幸多の質問に対し、真白は釈然しゃくぜんとしないとでもいうような表情を見せた。幸多の質問の意図が、まるで理解できない。

「任務中だぞ、隊長」

「……それは、わかってる」

「だったらなんなんだよ」

「そうだよ、隊長。今日、変だよ」

「昨夜からね」

 真白に続いて、黒乃くろの義一ぎいちまでもが、幸多の反応の鈍さを気にしていた。明らかにいつもの隊長ではないのだ。

 昨夜、幸多が水穂みずほ基地の兵舎に戻ってきたのは、夜中も夜中だった。明日――つまり今日――の任務は、早番だというのに、真夜中に帰ってくるだなんて隊長としての自覚がないんじゃないか、などと真白が笑いかけたものの、幸多の反応はあまりにも薄く、そのことが隊員たちの気がかりになっていた。

 幸多は、隊長だ。いや、隊長だからどうこうという話ではなく、真星しんせい小隊のみんなにとって、幸多はとても大事な人物だった。自分たちの心のどころとしているといっても過言ではない。

 義一こそ、伊佐那いざな家という拠り所があるものの、しかし、いまとなっては、幸多の存在に大いに助けられているという自覚があった。幸多と出逢えたからこそ、いまの自分がいるのだと確信している。

 九十九つくも兄弟など、その最たるものだろう。幸多と出逢い、彼の部下になったことで、未来が開けたのはだれの目にも明らかだった。真星小隊の一員になったからこそ、己が能力を存分に発揮できているのだし、日常的に感じていた鬱憤うっぷんから解放されていた。

 だから、幸多の精神状態には、敏感なのだ。そして、だれよりも幸多のことを見ているという自負が、隊員たちにはあった。

 そんな彼らが昨夜から幸多の様子を心配していたのだが、幸多に対しては、おくびにも出さなかった。心配していると伝えることは、余計な不安を煽るだけではないのか。

 そのように考え、一夜を明かし、いまに至っている。

 早朝。

 太陽がようやく空に昇り、澄みきった青空を絢爛けんらんたる輝きで満たし始めると、川面が美しく彩られていく。

 今朝の巡回任務は、河川敷巡りと名付けられた順路である。

 巡回任務は、通常任務とも日常任務とも呼ばれる、基本的な任務だ。その名の通り、担当する市内を時間の許す限り巡回し、魔法犯罪等の抑止および幻魔災害の制圧することを目的とする。が、大半の場合は、何事も起きず、ただ、市民との交流の時間になることが多い。

 そして、それでいい。

 導士が戦わずして一日を終えるということは、それだけ平和だということだ。市民が脅かされず、すこやかに安穏あんのんたる日々を過ごせているという証であり、そのことで不満を持つような導士はいない。

 だから、なにも起きない状況ならば、いくらでもぼんやりしてくれていいのだが。

「昨夜から?」

 幸多は、隊員たちの真っ直ぐすぎるきらいのあるまなざしを受け止めながら、小首を傾げた。真白にせよ、黒乃にせよ、義一にせよ、真星小隊の隊員たちは、いつだって真っ直ぐだ。その視線の正直さがときに鋭く突き刺さることがあるが、今回は、そうではなかった。むしろ、幸多のことを心配しているかのような、そんな柔らかさがある。

「なんだよ、自分で気づいてなかったのか?」

「らしくないな」

「そうだよ、らしくないよ、隊長」

「なにかあったのか? ああ、話せないことなら、いいぜ」

 真白は、慌てて訂正すると、幸多の顔色をうかがった。昨日、幸多がどこにいっていたのかは、知っている。幸多に教えてもらったからだ。

 出雲いずも市にある技術創造センターに行っていたのだという。

 技術創造センターといえば、戦団の技術局が擁する研究施設のひとつだが、ユグドラシル・ユニットの回収以来、最重要施設として名を知られていた。

 ユグドラシル・ユニットとノルン・シリーズの再統合により、ユグドラシル・システムを再構築することこそ、戦団の長年の悲願だったのだから、当然だろう。そして、ユグドラシル・システムが完成したことによって、戦団は大いなる力を得た――らしい。

 末端の導士たちには、それがどれほどのものなのか、まるで見当もつかないが。

 幸多は、視線を真白たちから川面へと移し、乱反射する陽光に目を細めた。冬の日差しは穏やかで、跳ね返る光も強くはない。

「話せないことなんてないよ」

 幸多は、そのように切り出すと、歩き始めた。すると、真白が隊列の先頭に立った。小隊の先頭は、防手ぼうしゅの定位置だ。

 黒乃、義一がそれに続き、幸多が最後尾に位置する。いつものように。

「技術創造センターに行っていたことは教えたよね」

「うん」

「おう」

「そうだね」

王塚おうつか室長が呼んでくれたんだよ。時間もないし、必要もないのに、特別にさ」

 幸多の脳裏のうりには、王塚カイリからの通信が届いたときの情景がありありと浮かんでいた。

 昨日のことだ。

 市内での待機任務を終え、水穂基地に帰投した真星小隊は、普段通り訓練所に向かった。通常任務は、ただ見回りをしたり、ただ待ち続けることが主な仕事であって、体を動かすことがない。そのため、任務を終えたからといって、すぐさま体を休めるということは、ほとんどなかった。

 それでは、体が鈍ってしまう。

 肉体も精神も鍛え続けなければ、維持することも難しい。

 だからと訓練所に直行した幸多たちだったが、準備中、幸多の携帯端末に連絡があった。それが、王塚カイリからのものだったこともあり、幸多は、少なからず緊張した。

 幸多にとって技術局は極めて近しい存在だ。幸多の導士活動になくてはならない存在だったし、イリア率いる第四開発室の人々には、大変世話になっていた。だから、第四開発室の技師たちとは仲良くなれている自信はあったのだが、王塚カイリは、第一開発室の室長である。

 何度か言葉を交わしたことこそあるものの、顔見知りといえるほどの間柄ではない。

 そして、緊張の面持ちで携帯端末を開き、文面を確認すると、今夜中に技術創造センターに来れるか、というものだった。

 その文言がなにを意味するのか、幸多にはすぐに想像がついた。

 カイリは、現在、ユグドラシル・システムの管理責任者である。そして、ユグドラシル・システムは、つい先日、人類存亡の危機に関わるような大事件を起こしたばかりだ。

 カイリが技術創造センターでなにをしているのかといえば、ユグドラシル・システムの調整や管理にほかならない。

 では、カイリが幸多になぜそのようなことを訪ねてきたのかと言えば、考えられることはひとつしかなかった。

 女神たちのことだろう。

 だから、幸多は即座に時間表を見た。そして、すぐさまカイリに連絡をすると、技術創造センターに向かったというわけだが。

 幸多は、そのことを説明しなければならないと思うと、少しばかり憂鬱ゆううつな気分になった。


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