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第千百五十一話 幻魔たち

 今年、戦団最高会議が開かれるのは、今回で何度目なのだろう、と、美由理みゆりは考えざるを得なかった。

 振り返ってみれば、今年、つまり魔暦まれき二百二十二年は、激動の年だった。

 年内に起きた大規模幻魔災害の数は、昨年や一昨年とは比べものにならず、それに伴う死者の数も、例年とは比較にならなかった。なにもかもが凄まじいとしか言いようがないほどだ。

 そして、大規模幻魔災害が起きるたびに、あるいは、大事件が起こるたびに、戦団最高会議が開かれ、戦団上層部の面々が集められる。毎回勢揃いできるわけではないにせよ、できる限り顔を出すのが最高幹部たる星将せいしょうの務めだ。

 もちろん、実際に戦団本部に集まって、会議を行うわけではない。

 戦団本部の会議場に集うのは、本部に滞在中の極一部の星将だけであって、大半が幻板越しに顔を覗かせているのだ。

 そして、会議場に大写しに表示された幻板を流れる膨大な情報をその目に焼き付けるのである。

 現在、幻板には、昨日起こったアヴァロン軍の南進に関する様々な情報が流れていた。それらが意味するところは、人類生存圏が無事であるという事実からも明らかだ。

「……かくして、アヴァロン軍の南進は食い止められたというわけだ」

 幻板を睨む神威かむいの表情は、ことさらに渋く、その結果を素直に受け入れるのも難しいといわんばかりだ。いかにも複雑な心中が表出しており、そんな総長の気持ちは、会議に顔を出した最高幹部のだれもが理解していた。

 魔界において鬼級幻魔たちが領土争いを繰り広げるのは、ありふれた出来事なのだが、しかし。

「結果だけを見れば、最良にして最高、ですね。が、経過を見れば、なんともいいようがありません」

「ああ、まったくだ。なんたってこんな……」

「ルシフェルは、まあ、わかるよ。天使たちは、どうやら人類の味方をしてくれているようだからね」

「おれはそれも否定したいがな」

「きみの感情はともかく、だ。現実問題として、ぼくたちは、直接的、間接的問わず、天使たちの援護を受けているんだよ。それは、否定できない」

「んなこたあ、わかってるさ」

 明日良あすらは、眉間みけんしわを寄せて、そっぽを向いた。九乃一くのいちがやれやれとかぶりを振った。九乃一にしても、別に天使の肩を持ちたいわけではないし、明日良の気持ちもわかるからだ。

 だれが幻魔を許容したいものか、と、九乃一は想う。

 幻魔は、人類の天敵である。その事実は、いくら天使が人間の守護者を名乗り、味方をしようとも変わりようがない。

 先の事態において、龍宮りゅうぐうのオトヒメたちと連携を取り、手を取り合ったのも、利害が一致したからにほかならないのだ。オトヒメたち幻魔を信用したわけでもなければ、今後も協力関係を維持し続けるつもりもない。

 相変わらず、戦団は、龍宮の動向も警戒しているのだ。

 いかに龍宮の殻主かくしゅが博愛精神の持ち主であり、平和主義者であろうとも、幻魔であるという事実の前にはすべてが霞む。

 天使たちの協力的な態度にも、人間は懐疑的にならざるを得ない。

 だが、それで、いい。

 幻魔相手には、警戒してしすぎることはないからだ。

 さて、天使たちがアヴァロン軍の南進を阻止するべく動くのは、彼らが人類の守護者などと名乗ったことと一致する。だが、サタンたちはなんなのか。なぜ、アーサーの進軍を止めようとしたのか。人類殲滅(せんめつ)を目標と掲げるのであれば、アヴァロン軍など放っておけばよかったのではないか。

 だが、サタンは、そうしなかった。まるで、アヴァロン軍が、アーサーが央都に到達し、人類を滅ぼすことを望んでいないかのように。

 そこにどのような意図があり、どのような意味があるのか、皆目検討もつかない。

 まさに混沌だ。

「サタンたちの目的は、わからない。が、サタンがアーサーを撃滅してくれたおかげで、今日という日を迎えられたのは事実だ」

 神威の苦々しい表情に心底同意しつつ、最高幹部たちは、幻板に流れる映像を見ていた。ヤタガラスが撮影し、記録した、サタンとアーサーの激闘の模様である。

 サタンとアーサー、二体の鬼級幻魔が星象現界せいしょうげんかいを発動したがために映像に乱れが生じただけでなく、戦場及びその周囲一帯が壊滅的な打撃を受けている様を見れば、圧倒されざるを得ない。

 央都すらもその余波で激震し、幻魔災害警報が鳴り響いたほどだ。そして、そのために央都四市が一時的に大混乱に陥ったのはいうまでもない。央都四市を大量の幻魔が襲っているのではないかという怪情報が流れれば、そうした情報を信じた市民が避難所に逃げ込んだという話が大量にあった。そして、事態が収束し、戦団によって詳細が公表されたことによって、ようやく央都は落ち着きを取り戻している。

 アーサーの力も強大無比だったが、それ以上に絶大な力を誇り、終始、アーサーの上を行くサタンは、鬼級幻魔の中でも極めて高位に位置することは、だれの目にも明らかだ。

 鬼級とは、人間が定めた幻魔の等級に過ぎない。そしてその規準というのは、妖級と明確に異なる姿形をしていて、妖級とは比較にならない魔素質量を持っていることであって、その基準さえ満たしていれば鬼級なのである。

 鬼級の中には、それこそ、霊級と妖級の差以上の格差が存在していたとしてもなんら不思議ではないのだ。

 かつて幻魔戦国時代を終わらせた幻魔大帝エベルは、等級でいえば鬼級である。だが、その力は、他の鬼級を圧倒したといい、鬼級の中でも凄まじい力を誇っていたことは想像に難くない。

 サタンも、そうなのだろう。

 鬼級に分類される幻魔の中でも絶大な力を持つ、鬼級の中の鬼級。

 だからこそ、アーサーを一蹴した。

「悪魔に感謝する必要など一切ないがな」

 とはいえ、サタンが動き、アヴァロン軍の南進を食い止めたという事実は、認めるべきだろう。それによって北の情勢は大きく変わった。

「……ともかく、結果として、アヴァロンやいくつかの〈殻〉が滅び、北の情勢は様変わりしました。アヴァロンは、巨大な空白地帯となり、円卓の騎士たちがアーサーの後継者争いをするかのように相争い始めています」

「直前まで味方だった連中と即刻領土争いを始めるなんざ、所詮幻魔は幻魔というこったな」

「鬼級は、本能的に領土的野心を持つみたいだし、まあ、当然の結果よね」

 幻板に表示されるのは、十一体の鬼級幻魔。元・円卓の騎士たち。ジークフリート、ベーオウルフ、セクメト、マルドゥーク、ナタ、モルガン・ル・フェイ、コウガサブロウ、スズカ、ティターニア、スカンダ、テュール。いずれ劣らぬ鬼級幻魔だが、だからこそ、アヴァロンの大空白地帯を巡る闘争は、熾烈しれつを極めるはずだ。

「鬼級が遠方で領土争いをする分には、勝手にしてくれればいい。人類生存圏には、央都には、なんの関係もない話だからな。第二のアヴァロンが誕生するというのであれば、話は別だが」

「そういう意味で警戒するべきは、シヴァ、ですか」

「うむ」

 神威が、おごそかに頷く。

 シヴァは、旧兵庫、旧京都地域に跨がる大規模な〈殻〉の殻主である。アヴァロン軍の南進に際し、マルファスの呼びかけで成立した連合軍の盟主となり、連合軍を天嵐連と名付けた。そして、アヴァロン軍崩壊後のどさくさに紛れるようにして、近隣の〈殻〉を攻め立て、制圧、己が〈殻〉の拡大に成功したというのだ。

 これにはマルファスも大いに怒ったが、とはいえ、どうすることもできなかった。それはそうだろう。龍宮は、シヴァのそれに比べて極めて小さな〈殻〉だ。連合軍の結成こそ、マルファスの活躍によるところが大きいが、そんなもので他の鬼級の野心を止めることはできまい。

『最悪だが、まあ……致し方のないことだ。鬼級とはそういう生き物だからな。だから、オロチ様のような心の支えが必要なのだ』

 とは、マルファスの言葉だ。オトヒメが領土的野心に走らないのは、オロチを信仰し、身も心も捧げているからだと暗に言ったのだろう。そして、オトヒメのような信仰心を持たない大半の鬼級たちは、己が本能のままに、領土拡大に全力を尽くすに違いない、とも。

 事実、シヴァは、〈殻〉を拡大し続けることに意欲を燃やしているようであり、天嵐連に名を連ねていた殻主たちは、シヴァに対抗するべく、新たに協力関係を結んだとのことだった。

 そして、その盟主には、オトヒメが指名されたという。

 この旧兵庫地域北部の状況は、混沌としていて、明日も見えなかった。

 だが、人類は、この不透明な明日をこそ、掴み取らなければならない。

 そのための情報収集に全力を尽くしているのが戦団であり、数多のヤタガラスが地域一帯を飛び回っていた。

 旧兵庫地域。

 かつて兵庫県と呼ばれていた地域は、いままさに戦国時代の様相を呈している。


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