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第百十四話 注目度

「随分と賑やかだけど、なにか面白いことでもあるのかねー」

 新野辺香織しのべかおりは、戦団本部総合訓練所の玄関広間での賑わいを目の当たりにして、大きく興味を惹かれた。

 皆代みなしろ小隊は、つい先程、衛星任務先である第二衛星拠点から帰ってきたところだった。

 イワフネ型陸上輸送車両に揺られながら空白地帯を乗り越え、出雲いずも市に入り、そこから央都おうと大地下道を走って葦原市に辿り着いている。

 長旅というほどのものではないし、もはや慣れたものではあったが、だからといって数時間余りの移動時間ほど無駄に感じるものはなかった。 

 移動時間の長さ故に硬直した体を解きほぐすため、統魔とうま率いる皆代小隊の面々は、本部に到着するなり、すぐさま総合訓練所を訪れたのだ。

 それは、皆代小隊にとっていつものことだった。

 すると、どうだろう。

 普段から総合訓練所を使う導士どうしというのは、多い。訓練所は年中無休だ。定期的な機材の整備時間以外は、常に開放されていて、導士ならば誰でも使用することができた。

 任務に出ていない導士の中でも向上心の高い導士たちは、常日頃から訓練所に入り浸っている。鍛錬と研鑽けんさんこそ、魔法士としての実力を高める唯一の方法だ。それ以外に道筋はなく、近道などあろうはずもない。

 誰もがそれを理解しているからこそ、訓練所には常に利用者がいた。

 そして、時折、玄関広間の一角が賑わいを見せることがある。

 そこは、吹き抜けの空間になっていて、椅子やテーブルが設置されており、一種の交流場所としても機能している。

 そして、もっとも注目するべきは、空中に投影された幻板げんばんだろう。空中に無数の幻板が浮かんでいるのだが、それら幻板は、訓練室で行われている訓練の光景が映し出されている。

 故に、その場所は幻板広間とも呼ばれる。

 もちろん、全ての訓練が映像として流されているわけではなく、公開設定された訓練室の中から無作為に選出された映像が映し出されているのだ。

 そうした映像にどのような意味があるのかといえば、それもまた、導士たちにとっての訓練になるからだ。

 魔法士の実力を磨き上げるために必要なことは、ただ己を鍛え上げることだけではない。それももちろん必要なのだが、他の魔法士の戦い方や魔法を見て学ぶことも重要だった。

 魔法は、想像力の産物だ。

 いかに他の能力が高かろうとも、想像力がなければ、魔法士としての技量は一人前以下となるだろう。

 想像力。

 それを鍛えるためには、様々な情報を脳に刻み付けていくのが手っ取り早い。

 例えば、導士たちの訓練を見学して、その魔法の応酬を見ることによって、魔法の映像を脳に焼き付けるのだ。脳が記憶した情報は、想像力の源になる。そしてそれは、魔法士にとって大きな力、財産となるのだ。

 だからこそ、訓練室の公開設定が存在するのであり、優秀な導士ほど、訓練を公開し、導士たちに共有しようとするのだ。

 故に、玄関広間が賑わいを見せるときというのは、高位の導士たちの訓練が公開されているときであり、その映像が大型幻板に流されている場合が大半だ。

「確かに今日は多いな」

「いつになく、という感じです」

 六甲枝連ろっこうしれん上庄字かみしょうあざなが香織に続いて玄関広間の人の多さと熱気を気にした。

 統魔は、それよりも訓練室を確保することのほうが大事だったし、だから受付に向かったのだが。

「あー!」

「なんだ?」

 常ならざる香織の大声に、統魔もそちらに意識を向けざるを得なくなった。彼女が驚いて声を上げるほどだ。戦団有数の魔法士が公開訓練をしているのかもしれない。

 だとすれば、訓練所に籠もるよりも余程いい訓練になる可能性があり、統魔も受付から広間のほうに向かった。途中、高御座剣たかみくらつるぎがなんともいえない笑顔をこちらに向けてきたものだから、統魔はいぶかしんだ。が、すぐに理由は判明した。

 幻板広間に足を踏み入れたときには、もっとも空中に投影された大きな幻板が視界に飛び込んできたからであり、そこに映し出された人物を統魔が知らないわけもなかったからだ。

「幸多」

 統魔が思わずつぶやくと、公開訓練の観戦に熱中していたのだろう周囲の導士たちが彼を振り返った。そして何名かは反応した。

 何十人もの導士が、大型幻板の公開訓練に見入っているようであり、その訓練の注目度の高さが窺えるというものだが、その理由はいまいちわからない。

 幸多の行っている幻想訓練は、未来河の河川敷で行われているようだった。無論、幻想空間上に再現された未来河である。それは市街地戦を想定した幻想空間で、市街地・壱と呼称されている。

「弟くんだよ、たいちょ」

「見ればわかる」

「しかし、この人集りはなんだ?」

「なんでしょう?」

「幸多目当てってわけもないしな」

 統魔は、ごくごく当たり前のように告げた。幸多を注目する導士など、いるわけがなかった。

 幸多は、入団した経緯と彼自身の特性から、知らないものはいないのではないかというくらいの有名人だ。魔法不能者であり、対抗戦決勝大会で大活躍し、最優秀選手賞に選出され、その上で戦闘部に入ることを志願した、戦団史上初となる人物。

 それが皆代幸多だ。

 しかも、幸多は、第七軍団に配属されただけでなく、あの伊佐那美由理いざなみゆりの弟子に選ばれたのだから、それだけで戦闘部全体が激しく動揺するほどの騒ぎとなった。

 これまでただの一人として弟子を取ってこなかったあの伊佐那美由理が弟子に取ったのが、よりにもよって魔法不能者なのだから、当然だろう。

 しかし、注目度としては、その程度のものだ。魔法不能者は魔法不能者に過ぎない。対抗戦でどれだけ活躍しようとも、戦団の導士たちにしてみれば、たいしたことではないのだ。そして、魔法不能者が幻魔との戦いで活躍できるとは、到底思えるわけもなかった。

 戦闘部初の魔法不能者と、伊佐那美由理の弟子、その二点だけが、幸多の注目点なのだ。

(あと、おれもか)

 皆代幸多が皆代統魔の兄弟だということは、とっくに知れ渡った話であり、その点でも多少なりとも注目を浴びているかもしれない。

 が、だからといって、これだけの人集りが出来て、全員が幸多の映されている大型幻板に見入っているというのは、少々考えにくいことだった。

「皆、幸多くん目当てだよ」

 不意に統魔の発言を否定してきたのは、先程統魔に反応を見せた導士の一人だった。統魔の知らない顔だが、総勢一万四千名はいるという戦闘部所属導士全員の顔を覚えているわけもなく、見知らぬ顔だったとしてもおかしいことではない――のだが。

(どこかで……)

 見覚えがあるような気がして、統魔は、話しかけてきた導士の顔を見つめた。銀鼠ぎんねず色の頭髪と群青の瞳を持つ男。制服の胸元に輝く星印せいいんは灯光級三位を示しているところから見て、今年入ってきたばかりの新人導士だろう。

 もっとも、入団から一年立っても昇級できない導士もいないわけではないが。

「きみさあ、草薙くさなぎくんだよね-? 対抗戦最優秀選手の!」

 香織が話しかけたものだから、統魔も彼のことを思い出した。対抗戦最優秀選手といえば、二人しかいない。皆代幸多と草薙(まこと)だ。そして、草薙真という名前を思い出せば、彼に関する様々な情報が統魔の脳裏に浮かび上がった。

「はい。第十軍団灯光級三位の草薙真です。何卒、お見知りおきを。皆代小隊の皆さん」 

 丁重に自己紹介をしてきた草薙真に対し、皆代小隊の面々は虚を突かれたような顔をした。先程の統魔への対応とは大きく異なるからだ。すぐに気を取り直し、香織が反応する。

「はいはーい」

「おう、よろしく頼むぜ、草薙」

「こちらこそ、お見知りおきを」

「い、一応、ぼくも皆代小隊の一員なんで」

 皆代小隊の面々が挨拶を返すのを待ってから、統魔は口を開いた。

「そうか、きみが草薙真か」

 統魔は、草薙真が幸多と同時に入団したことを思い出すとともに、幸多が彼に関して話していたことも脳裏に過らせた。決して悪いひとではない、というのが幸多の彼に対する評価だ。

「こうして直接会うのは今日が初めてですが、なんだかそんな気がしませんよ、皆代統魔先輩」

「……統魔でいいよ。先輩だの後輩だの、そんなことに拘ってる組織じゃないしな」

「では、統魔と呼ばせてもらうが、きみは、彼の兄弟なんだろう?」

 統魔の提案を素直に受け取ったのか、真の統魔に対する口調は一気にぞんざいなものになった。そして、大型幻板を一瞥する。そこには幸多の姿が映っている。幻想体で再現された幸多は、導衣どういを身につけているが、着せられている感が強い。

「ああ。おれが兄で、あいつが弟だ」

「……そんなことはどうでもいいが、彼の兄弟ならば、この大観衆の理由もわかると思ったのだがな」

 真は、落胆と失望を隠せないとでも言いたげな様子だった。

「なんだが棘があるね」

 そう囁くようにいってきたのは、剣だ。

「もしかして、嫌われてる?」

「かもな」

「まあ、人気者だもんね-、たいちょ。疎まれても仕方ない仕方ない、慰めてあげるよー」

「いらねえ」

 統魔は、ただ騒ぎたいだけの香織を押し退けつつ、真の視線に気づき、そちらを見た。

「すまないな、おれは、少し前まであなたが嫌いだった」

「正直すぎるだろ」

「少し前までって、いまはどうなん?」

「いまは、そうだな。あなたも尊敬する導士の一人として、見ている」

「言葉の端々からはそう感じられないけどな」

「尊敬とは、態度で表すものではないだろう。心の中に在るものだ。とはいえ……」

 彼は、大型幻板を見遣った。そのまなざしの先には、幸多の姿がある。幸多は、いままさに伊佐那美由理と対峙したところだった。

 それまでどのような訓練をしていたのか、統魔には想像もつかないが、これだけの人集りが出来ている以上、幸多が彼らの想像を絶するような戦いぶりを見せたことは間違いない。

 そして、そんな幸多を見る草薙真のまなざしには、並々ならぬ関心があり、尊敬とも憧憬ともつかない輝きが宿っているように見えた。

(草薙真が……幸多に……?)

 統魔は、自分の顔が怪訝に歪んでいくのを認めた。

 草薙真といえば、対抗戦決勝大会において圧倒的な魔法技量を見せつけたことで知られている。それ故、例年一人だけだった最優秀選手賞が二人になり、そのうちの一人に彼が選ばれたほどだ。それほどの魔法士が、魔法不能者に対して見せる表情とは思えなかった。

 確かに幸多は、真を倒した。幻闘で、ほぼ一方的な試合展開となって、だ。だが、それだけのことで、そうまでなるものだろうか。

 統魔にはまったく想像のつかないなにかが、幸多と真、その二人の間にあるということだけがわかった。

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