第千百四十八話 騎士王アーサーと円卓の騎士(十三)
「あーあ」
アザゼルは、超極大爆発の余波をどうにかやり過ごしながら、いった。肩を竦め、やれやれと首を横に振る。
「余裕を見せるから」
しかし、それも無理からぬことなのだろう、と、アザゼルは考える。
サタンは、アーサーに対し、負けることなど断じてないと確信していたのだ。
アーサーは、鬼級幻魔の中でも特に強大な力を持った存在だ。そのことは、サタンも熟知していたし、アーサー以上の鬼級など、世界を巡ってもそうはいないこともまた、理解していた。故にこそ、アーサーが直々に動き出したというのであれば、サタンみずからが出向く必要があると判断したというわけだ。
円卓の騎士だけならばともかく、アーサーの進撃を食い止めることは、おそらくほかの鬼級にはできまい。
たとえ円卓の騎士を全滅させることができたのだとしても、立ち向かった鬼級たちの中から新たに円卓の騎士が見繕われ、補充されるだけのことだ。そして、この旧兵庫地域が制圧されるころには、新生円卓の騎士が結成されているかもしれない。
アーサーは、そのようにして、アヴァロンを拡大してきた。そして、これからもそうするつもりだったはずだ。筆頭騎士を失ったことで動き出したものの、アーサーにとって円卓の騎士など、消耗品に過ぎないのだ。
幻魔とは、そういうものだ。
力こそ全て。
それが魔界の掟であり、幻魔の命に刻まれた理。
そして、それはサタンも変わらない。
「さすがはアーサー様ですね」
「あれがそなたらの殻主ならば、そなたらの負けのようじゃな!」
「そして、我らの勝利、間違いない!」
歓喜踊躍とでもいうべきか――アザゼルが捕らえた円卓の騎士三名が口々に言い、その言葉を真言として魔法を発動した。アザゼルが思わず目を細めたのは、円卓の騎士たちに並々ならぬ力を発揮し、星神力による魔法の拘束を打ち破ってみせたからだ。
見れば、鬼級たちの目が煌めいていた。
爆発的な勢いで荒れ狂う魔力の渦の中、律像が幾重にも展開していく。その様、その迫力には、さしものアザゼルも驚かざるを得なかった。
「なるほどねえ。騎士王と円卓の騎士とやらは、それなりに深い結びつきがあったというわけだ」
アザゼルは、感心しつつも飛び退いたのだが、その瞬間には左腕が切り飛ばされていた。スズカが遠隔操作する三本の刀、そのうちの一本が彼の左腕を切断、断面を灼いたのである。星神力に満ちた悪魔の肉体を、だ。
ただの鬼級の力ではない。
「我らは、陛下に絶対の忠誠を誓いし、円卓の騎士!」
「その結びつきは、魂の深度に及ぶ!」
「よって、わらわたちの前に頭を垂れるがよいぞ、痴れ者め」
円卓の騎士たちは、自身に漲る力がなんであるか、その意味を理解していなかった。アーサーの加護であり、アーサーとの絆であると受け止めている。アザゼルは、そんな騎士たちを皮肉げに見ていたが、そうしている間にも状況は動いていた。
「これはいったい」
「わからぬが、好機よ」
「ええ。奴を討つには、これ以上の機会はなさそうです」
などと、アザゼルに敵意を迸らせたのは、イタス、ザッハーク、ハルファスたちだ。彼らもまた、アザゼルの魔法に囚われていたのだが、アザゼルが意識を円卓の騎士に集中したがために魔法の拘束が緩み、脱出することができたのである。
ハルファスたち反アヴァロン同盟軍が倒すべきは、円卓の騎士。だが、しかし、乱入者であり、両軍の敵であるアザゼルを捨て置くことなど出来るはずもない。
ハルファスたちは、アザゼルに攻撃を集中させた。
サタンとアーサーの激突は、その余波だけで周囲の戦場にも強い影響を及ぼしていた。
周囲とはいうが、遠く離れている。
それこそ、数里から十数里、いやもっとか。とにかく、今回の戦いは、戦場が超広範囲に及んでおり、その全ての領域に二体の鬼級の衝突が影響していたとしてもおかしくはなかった。
北はダゴン領、南はハルヴァラ領に至るまでの広大な戦場全域が、余波だけで騒然としているのだ。
「超鬼級というべきかな」
「鬼級を超えると、竜級ではありませんか?」
「それは人間が考えた尺度だよ」
「それは……そうですね」
ガブリエルは、ルシフェルの言に頷きつつ、力を集中させた。結界の強度を高めるためだ。彼女の星象現界・白無垢の生み出す白百合の結界は、外からの攻撃をやんわりと受け流すことによって、魔法壁に伝わる力を軽減し、魔法壁を強度以上に堅牢なものとするという特性を持つ。当然、超鬼級同士の激突の余波も、だ。
余波の直撃を受けたのは、ジークフリートとベーオウルフ、スカンダの三体だが、彼らは、むしろ、力を与えられたかのように活気づいていた。
サタンの星象現界を目の当たりにしたからだろう――アーサーが星象現界を体得、発動したことによって、円卓の騎士たちもが星神力を迸らせ始めていた。その双眸に〈星〉の煌めきが宿り、全身から莫大にして濃密な魔素が満ち溢れている。
爆風に等しい余波の中で、吹き飛ばされるどころか力を増す鬼級たちの様子には、ガブリエルも考えを改めなければならない。
「人間は、幻魔を研究する過程で、その形態や実力、即ち魔素質量に応じて、等級を定め、分類した。霊級、獣級、妖級、鬼級、そして、竜級。竜級は、例外。例外中の例外といっても過言じゃない。それはわたしも同じ意見だ。竜級は、わたしたちと同じ次元で語っていい存在ではないからね」
ルシフェルが講釈を垂れ流しながらも律像を急速に構築していく様は、いつもとは打って変わって鬼気迫っていた。間近にサタンの気配を感じているということもあるだろうし、アーサーの影響を受け、活発化しただけでなく、星神力さえ発揮し始めた円卓の騎士たちを目の当たりにすれば、余裕などあろうはずもない。
ガブリエルも、同じだ。ルシフェル同様、全身全霊の力を込めて、状況に当たっている。
「つまり、そう。鬼級と竜級の間には、天と地ほどの――いや、もっと、隔絶的な差があるということだよ。そして、サタンやアーサーは、鬼級よりは竜級に近いんだ。もっとも」
ルシフェルは、円卓の騎士たちが白百合の結界をぶち抜き、殺到してくる様子を見た。スカンダの槍が唸りを上げ、ジークフリートとベーオウルフの剣が交差する。閃光のような連撃。それらを受け止めたのは、ルシフェルの黄金の翼。太陽の如き光を放つ翼が、騎士たちの一斉攻撃によってずたずたに切り裂かれ、打ち砕かれたものの、それだけだ。
ルシフェル自体は、無傷だった。
「近いとはいっても、やはり、天と地ほどの差を埋めることは敵わないわけだが」
ルシフェルは、翼を広げ、視界を確保すると同時に掲げていた右手の先から極大の光芒を放った。三騎士が散開し、光芒は、地平の彼方へと飛んでいく。
「この程度か!」
「陛下のご加護を得たいま、我らは無敵!」
「最強!」
ジークフリート、ベーオウルフ、スカンダの三騎士は、それぞれに星神力を漲らせ、吼え猛る。星象現界の発動にこそ至っていないものの、星神力は星神力だ。そしてその星神力は、鬼級幻魔の莫大な魔素質量に基づくものであり、人間のそれとは比較にならないのだ。
圧倒的にして、超絶的とでもいうべき星神力の奔流。
「それでも、まあ、彼らは鬼級と竜級の間に位置すると見ていいかな」
ちらり、と、ルシフェルは、サタンとアーサーを見遣った。遥か彼方の戦場で激突する二大巨頭は、もはや戦場のみならず、この旧兵庫地域全体を震撼させているに違いなく、ルシフェル自身もその圧力の中にいた。
震えるほどの力の衝動。
突き動かされるようにして、地を蹴り、飛び退く。スカンダの槍が大地を抉り、ジークフリートの斬撃が大気を切り裂く。ベーオウルフの剣が、ルシフェルを捉えた。その切っ先を見据えるルシフェルの双眸に、〈星〉が瞬く。
「天津甕星」
真言を発した瞬間、ルシフェルの全身から発散した昏い金色の波動がベーオウルフを弾き飛ばしただけでなく、スカンダ、ジークフリートまでも吹き飛ばした。
ルシフェルは、その姿を変じた。
黄金の太陽から、黒き金色の星へ。