第千百四十六話 騎士王アーサーと円卓の騎士(十一)
「な……なんということ……!」
「これはいったい、どういうことなのじゃ!?」
「わからぬ。わからぬが……」
モルガン・ル・フェイ、スズカ、そして、ティターニア――円卓の騎士が三名、主君たるアーサーの有り様を目の当たりにして、愕然とするほかないといわんばかりの反応を見せていた。
それは、そうだろう。
アーサーは、鬼級幻魔の中でも上位も上位、最上位といっていいほどの力を持っている。全長十メートルの巨体は、歩くだけで天変地異を起こすだけの魔素質量の塊だ。アーサーの巨躯に漲る魔力が、魔界に強い影響を及ぼすのである。
竜がその存在だけで周囲に魔素異常をもたらすのと同じように。
しかし、竜ほどではない。
竜には、遠く及ばない。
「驚くようなことじゃないさ。当然の結果。道理そのものだよ」
アザゼルは、結界に捉えた鬼級たちを見回しながら、告げた。円卓の騎士三名と、ザッハーク、イタス、ハルファス――合計六体の鬼級が、彼の魔法に囚われている。
星神力による魔法は、魔力による魔法の数倍から数十倍にまでその性能を引き上げるという。よって、鬼級といえども、星神力に到達していないものにとっては抗いがたい力となるのだ。
「魔界の掟を知らないはずがないだろう? 鬼級幻魔諸君。力こそ全て。それがこの魔界の唯一無二の法だ。力有るものが勝利し、力無きものは敗れ去る。ただそれだけのこと。それだけのことなんだよ」
アザゼルは、鬼級たちが黒く蠢く星神力の柱に囚われたまま、どうにか脱出できないかと様々に試み、尽く失敗していく様を目に焼き付けるようにして、嗤う。
戦況は、一変した。
サタンが星象現界を発動したのに合わせるようにして、アザゼルもまた、星神力を解放したのだ。そして、彼が唯一無二の勝利者として、この戦場に君臨した。
「力……」
「そう、力だよ、力。おれの力がきみたちを圧倒的に上回っているように、サタン様の力がアーサーを絶望的なまでに上回っていた。ただそれだけのことだ。面白くもない、当然の帰結に過ぎないんだ」
実際、アザゼルは面白くもなさそうに告げると、鬼級たちの拘束を強めた。生き物のように蠢く異形の柱が、鬼級たちの魔晶体に食い込み、侵蝕していく。鬼級たちが呻き、アザゼルを睨んだ。
その怒りに満ちたまなざしを浴びても、アザゼルは涼しい顔だ。心底、どうでも良かった。
そして、サタンを見遣れば、アーサーの巨躯がいまにも崩れ落ちようとしていた。
サタンとアーサーの戦闘が一方的なものになるのは、想像通りだった。
ルシフェルは、サタンの力量を知っている。それこそ、知りすぎるくらいに。アーサーの実力は不明だったものの、戦場に現れたアーサーの魔素質量を見れば、力の差は歴然としていた。少なくとも、アーサーが星象現界に到達していなければ、勝ち目はない。そして、見る限りでは、その可能性は限りなく低い。
ルシフェルは、自分の戦場に意識を戻す。
円卓の騎士ジークフリート、ベーオウルフ、さらにスカンダが参戦してきている。ただし、優勢なのは、こちらだ。
ガブリエルが星象現界・白無垢を発動したからだ。まるで白百合の花弁を纏ったかのようなガブリエルの姿は、神聖にして荘厳であり、ただそこにあるだけで他を圧倒した。満ち溢れる星神力による洪水が、円卓の騎士たちの攻撃を周囲の地形ごと押し流し、飲み込んでいく。
ベーオウルフが吼え、ジークフリートが応じ、スカンダが槍を翳す。
それでも、ガブリエルの絶対的優位は揺るがない。戦場を飲み込んだ洪水から無数の水柱が立ち上ると、それらが意思を持っているかのように動き、円卓の騎士たちを攻撃していく。
無論、ルシフェルも攻撃に加わっている。彼もまた、星神力でもって、円卓の騎士を圧倒した。数多の光の矢を天から降らせることで、騎士たちの行動を制限し、ガブリエルの攻撃を援護する。
そうして一方的な戦闘をしている最中、サタンによってアーサーの巨躯が穿たれたのである。
勝敗が決しようとしている。
アーサーは、殻主だ。
円卓の騎士たちがどれだけアーサーに忠を尽くしていようとも、それは、殻主との契約に過ぎず、殻主が死んだ瞬間、消えてなくなるような儚いものに過ぎない。中には、アーサーの敵を討とうとするものもいるかもしれない。だが、結局のところ、鬼級幻魔というものは、極めて強烈な自我の塊であり、領土的野心を生まれ持っているものなのだ。
殻主からの解放を喜びこそすれ、嘆き悲しむことなどありえないのではないか。
そういう意味では、アーサーは珍しい鬼級幻魔だ。
かつての主君、幻魔大帝エベルへの忠誠をいまもなお忘れていないのだから。
「陛下が……馬鹿な!?」
「そんなこと……!?」
「あり得ない!」
騎士たちが口々に叫ぶが、彼らの嘆きに聞く耳を持つガブリエルではない。特大の水塊が、騎士たちに降り注ぎ、爆散した。星神力の大爆発だ。超広範囲に及ぶ天地を破壊し尽くしかねないほどの力の奔流。
ルシフェルは、サタンとアーサーを見ていた。サタンがアーサーに止めを刺すべく動こうとして、辞めたのを目の当たりにしたのだ。
それがなにを意味するのか、彼にもわからない。
いや、わかった。
つぎの瞬間、アーサーの兜の奥で双眸が煌めいたのだ。
星のように。
サタンは、アーサーの崩壊寸前の巨躯を見つめていた。巨大にして絢爛たる白金の甲冑。その右半分が消し飛び、もはや片足だけで立っているのだが、決して倒れることはなく、滅びることもない。
なぜならば、心臓が動いているからだ。
幻魔の心臓――魔晶核。
「ああ、そうか」
サタンは、ひとり静かに納得した。アーサーがなぜここまでの状態になっても引き下がらず、それどころか食らいついてくるのか。答えは単純だ。甲冑の中に魔晶核がないからだ。
アーサーの魔晶核は、いま、アヴァロンの殻石となって、その広大な領土のどこかに隠されているはずだ。つまり、いま、サタンの目の前にいるのは、アーサーの幻躰に過ぎないということだ。
幻躰でありながらこれだけの力を持っているのは驚異的に思えるかもしれないが、なにも不思議なことではない。幻躰の力は、魔晶核の出力そのものなのだ。魔晶核の出力が大きければ大きいほど、幻躰もまた、強力になる。
もっとも、魔晶核を殻石化した状態では、本来の力を発揮することは難しい。
だから、だろう。
アーサーが、咆哮した。
「おおおおおおおおおおおっ」
兜の奥、赤黒い双眸が強烈な光を発した。それはさながら星の煌めきのようであり、サタンは、思わず目を見開いた。アーサーの遥か後方で異変が生じ、それとともにアーサーそのものの魔素質量が倍増したからだ。
アーサーの魔晶体が一瞬にして復元し、甲冑の胸元に宝石が宿った。そして、その全身から星神力が満ち溢れたかと思えば、閃光がサタンの視界をも塗り潰した。
星象現界の発動。
「ぼくの星象現界を見て、到達するとはね。なかなかどうして、やるじゃないか」
サタンが素直に賞賛する中で、アーサーが特大剣コールブランドを構え直した。その背後に具現した十二本の剣が、輪を描くように旋回している。その十二本の剣こそが、アーサーの星象現界なのだろう。
サタンは、値踏みするように見つめる。
「武装顕現型か、化身具象型か。どっちかな?」
「我をここまで追い詰めたのは、エベル様と汝だけだ。ならば我も、全力を尽くし、汝に当たろう。汝を滅ぼし、クー・フーリンの敵を討ち、その余勢を駆ってこの地を征し、新たなるアヴァロンを作り上げようではないか」
アーサーがコールブランドの切っ先をサタンに向けると、十二本の剣が周囲に展開し、それぞれに凄まじいまでの光を放った。