第千百四十四話 騎士王アーサーと円卓の騎士(九)
アーサーが、身の丈ほどもある特大剣を振り下ろせば、それだけで周囲一帯の地形が激変した。凄まじい太刀筋から巻き起こる猛烈な剣風が、天地を震撼させる衝撃波となって吹き荒び、大地を打ち砕き、大気を攪拌する。敵も味方も有象無象も関係なく巻き込む一撃。
普通ならば、その一撃で勝敗が決まったとしてもおかしくはなかった。
それほどの威力。
アーサーの魔剣コールブランドが引き起こす、大災害。
「幻魔災害って奴だなあ」
アザゼルは、彼方の戦場を見遣り、述べた。
アザゼルの相手は、二体の円卓の騎士だ。モルガン・ル・フェイ、スズカ。いずれ劣らぬ鬼級幻魔だが、アザゼルだけで相手にするわけではない。反アヴァロン同盟軍のハルファスとザッハーク、イタスが円卓の騎士を相手に大立ち回りを演じていて、アザゼルは彼らに助力することで、アヴァロン軍を押し返そうしている最中だった。
戦力だけでいえば、こちらが押している――そう思えた。
だが。
「大規模……いや、極大規模幻魔災害、かな」
アザゼルがスズカが投げつけてきた刀を軽々と躱すと、眼前の空気が凍てつき、吹雪が巻き起こった。スズカは、どうやら三本の刀を自在に操るらしい。そして、それら三本の刀は、妖刀だ。強大な魔力が秘められている。
一本は、雷光を宿し、一本は吹雪を宿し、イタスへと投げ放たれた三本目は、爆炎を撒き散らし、戦場を赤々と照らし出した。
「風塵波」
イタスは、真言とともに突風を起こして爆炎ごと刀を吹き飛ばすも、モルガン・ル・フェイの斬撃を避けきれなかったようだ。背後から斬りつけられている。モルガン・ル・フェイの剣は、湖面のような輝きを帯びている。刀身から迸るのは、強烈な魔力。イタスが苦悶の声を上げた。
さすがは鬼級といったところだが、この戦場にいるのは、鬼級ばかりだ。
ザッハークが吼え、ハルファスが羽撃く。地中から出現した無数の蛇がモルガン・ル・フェイとスズカに殺到することで、ハルファスがイタスを救援する時間を稼ごうとしたのだ。
しかし、そうはいかなかった。
斬撃が、虚空を奔る。
「な――」
断末魔を上げ切ることすらできなかったのは、イタス。そして、イタスを絶命させたのは、アーサーの斬撃だ。
彼方の戦場で無造作に放たれた一撃は、天地を真っ二つに切り裂くかの如くであり、既に致命傷を受けていたイタスを容易く両断したのだ。いや、両断よりも酷い。全身を粉々に打ち砕き、消滅させてしまった。そして、さらなる余波が、アザゼルの眼前の戦場を蹂躙し、雑兵たちを尽く消し飛ばしていく。
敵も味方も関係ない。巻き込まれるものが悪いとでもいわんばかり攻撃。実際、アーサーはそのように考えているに違いなかった。
殻主とは、そういうものだ。
〈殻〉の主催者にして支配者たる己だけが無事ならばそれでよく、勝利のためにすべてを犠牲にしてもなんら問題ないと考えている。
それが、幻魔だ。
「おいおいおいおい、いくらなんでもやりすぎじゃないか?」
アザゼルが苦笑すると、彼の眼前にスズカの刀が飛んできた。今度は、雷撃を伴う刀だ。稲妻が迸り、皮膚を焼く。
「そなたらが何者なのかは、問わぬ。陛下が御出馬なされ、その上で我らの前に立ちはだかるというのであれば、滅ぼすだけのこと。つまり、問答は無用ということじゃな。そして」
スズカは、三明の剣を正体不明の鬼級に集中させつつ、微笑した。
「見ての通りじゃ。陛下が御出馬なされた以上、勝利は我らのもの」
「さて、どうかな」
アザゼルは、三本の刀による同時攻撃を魔法の盾で受け止めて、目を細めた。
アーサーがコールブランドを振るうたび、風景は一変した。天が割れ、地が崩れ、その狭間に存在するありとあらゆるものが消滅していく。妖級以下の幻魔たちは、為す術もなく撃滅され、跡形もなく消え去ってしまうのだ。
鬼級すらも、対応しなければ巻き添えを食らいかねない。
ルシフェルは、ガブリエルの結界に護られることで難を逃れたものの、アーサーの圧倒的な力を目の当たりにして、驚きを隠さなかった。
「さすがは幻魔大帝の右腕といったところかな」
「エベルの武、でしたか」
「ああ……確かに、あれは武だね。武そのものだ」
アーサーの巨躯から溢れ出す膨大な量の魔力は、純然たる破壊の力へと変換されていた。そしてそれは、コールブランドの斬撃の威力を極限まで高めている。その魔剣が振り下ろされれば、破壊の魔力が解き放たれ、嵐の如き剣風が巻き起こるのだ。
まさに、エベルの武と呼ぶに相応しい力の持ち主。
幻魔大帝エベルには、二大巨頭とも呼ばれる二名の腹心がいた。武のアーサーと智のサナトスである。智のサナトスは、宰相として、統一国家の形成に辣腕を振るったといい、武のアーサーは、統一戦争においてその武勇を大いに発揮したという。
それは幻魔の間でも伝説と化した出来事であり、常識といっても過言ではない情報だ。が、アーサーが実際に戦っている様を見たものなど、そうはいまい。
ルシフェルたちも、そうだ。
アーサーが実際に戦場に立ち、その圧倒的な力を振るう様を見るのは、これが初めてだった。
「我はアーサー。騎士王にして、王覇を総べるものなり。我が前に立ちはだかるものは、すべて、コールブランドの錆びにしてくれようぞ」
アーサーの口上とともにその魔素質量が膨大化していく様は、ルシフェルとガブリエルすらも脅威と認めざるを得ないほどのものだった。円卓の騎士たちがアーサーの勇姿に興奮を隠さない一方、反アヴァロン同盟軍の鬼級たちは、絶大な力の差を肌で感じ取り、護りを固めていく。
鬼級たちの集団ですら、アーサーの前では手も足も出ないといわんばかりの反応だ。
鬼級は、鬼級。
されど、妖級以下の幻魔と同じく、鬼級という等級に括られこそすれ、等級内でも力の差は存在するのである。そして、その力の差は、妖級以下の上位下位とは比べものにならないほどに大きい場合がある。
たとえば、反アヴァロン同盟のゴモリーと、騎士王アーサーの力量差は、天と地ほどもあるのだ。
その上、アーサーは、十一体の鬼級集団・円卓の騎士を率いている。円卓の騎士一体でも苦戦を強いられるであろうゴモリーでは、アーサーに敵うわけがなかった。
故に同盟を組み、事態に備えたのだろうが。
アーサーの斬撃が、ゴモリーの〈殻〉ゲヘナをその複雑怪奇な地形ごと真っ二つに切り裂けば、断末魔が響き渡った。殻石が消し飛ばされ、殻主たるゴモリーが死んだのだ。
〈殻〉の結界が消え失せ、野に放たれた幻魔たちは、我先にと逃散していく。一瞬でも判断を見誤ったものは、アーサーの斬撃に巻き込まれ、滅び去る。
「さすがは、陛下!」
「うむ、我らも続くぞ!」
ジークフリートとベーオウルフは、アーサーの勇姿をその目に焼き付けるようにすると、すぐさま目の前の敵に意識を切り替えた。天使のような鬼級が、二体。妖級以下の天使たちも数多といるが、そんなものは、彼らの敵ではない。
鬼級の敵は、鬼級だけだ。
それがこの世の理であり、魔界の掟なのだ。
「陛下が御出馬されたのだ! 邪魔者は、滅び去れ!」
「天使を嘯く幻魔たちよ!」
「……まあ、否定はしないが」
ルシフェルは、ジークフリートとベーオウルフが同時に斬りかかってきたのに対し、両手を掲げ、光の剣を具現して受け止めて見せた。花弁が、両者の視界を埋め尽くす。ジークフリートとベーオウルフは、透かさず飛び離れた。
花弁は、ガブリエルの魔法だ。
ルシフェルは、瞬時に光の剣を手放すと、円卓の騎士を追わせた。自動追尾の魔剣が円卓の騎士たちと舞踏を繰り広げる中、意識を向けるのは、アーサーである。アーサーは、こちらを見ていない。全く別の方向へとコールブランドを振り下ろそうとして、その途中で動きを止めてしまった。
剣を受け止めているものがいる。
黒衣の少年。
サタンだ。