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第千百四十一話 騎士王アーサーと円卓の騎士(六)

「彼らが来てくれて本当に良かった」

「本当ですか?」

 サタンが不意にもらしたその言葉があまりにも嘘くさく、軽薄けいはくに聞こえたものだから、アザゼルは、口の端を歪ませた。

 右方、ゴモリー領目前の空白地帯で、激しい戦いが起きている。

 それこそ、天地を掻き混ぜるほどの魔法の爆発は、鬼級同士の激突が引き起こしたものであり、降り注ぐ光の雨がその激闘に彩りを添えるかのようだった。それに伴うのは、天軍の一斉攻撃だ。アヴァロン軍の雑兵を一掃するべく行われる一連の攻撃は、円卓の騎士への牽制すら期待されていない。

 円卓の騎士に対しては、大天使たちが対応するからだ。

「本音だよ。ぼくたちだけじゃ、さすにが数が多すぎるだろう?」

 サタンは、皮肉屋のアザゼルに向かってそのように告げると、視線をルシフェルたちの戦場、その向こう側へと移した。

 アヴァロン軍は、四方に戦力を展開している。

 アヴァロンの周囲には、当然のように多数の〈クリファ〉が存在しているのだが、アーサーは、南進のついでにそれら全ての〈殻〉を攻撃、制圧すると宣言していた。この旧兵庫地域全土をアヴァロン一色に塗り潰すつもりなのだ。そして、それをもって、魔界一統まかいいっとうへの足がかりとする――とさえ、のたまっているのだという。

 そのような宣言に反応したのは、近隣の殻主たちだ。アヴァロン軍の戦力は、圧倒的だ。〈殻〉の一つや二つが力を合わせたとて、対抗できるものではない。もっと多くの、それこそ、近隣に存在する全ての〈殻〉が合力しなければ、ひと揉みに揉み潰されるだけのことだ。

 故に、殻主かくしゅたちは同盟軍を結成したという話だったが、それも各個撃破されるような結果になれば意味はない。アヴァロン軍がただ戦力を増しながら、南進を加速させるだけだ。

 現に、ゴモリー領の真北に位置するガネーシャ領は、アヴァロン軍の大軍勢によって攻め立てられており、敗色すら漂い始めている。

 一方、アヴァロンの真南、ハルファス領もまた、アヴァロン軍の猛攻を受けている最中であり、イタス、ザッハークといった同盟者と力を合わせることで、どうにか持ち堪えているといった有り様だった。領土を手放したイタスはともかくとして、〈殻〉を維持しつつ、幻躰げんたいで参戦しているザッハークは、全力を発揮できまい。

 それが殻主の数少ない欠点だ。

 〈殻〉の維持に力を割かねばならず、殻石クリファイトに注意を払わなければならない殻主は、余程のことでも無い限り、死力を尽くすことなどありえない。無論、それでも、前線に出て、力を貸してくれるほうが、ハルファスとしては有り難いのだろうが。

「アザゼル。きみは、あちらを救援して上げて」

「はい。サタン様は?」

「ぼくは、ガネーシャのところにいくとするよ」

 いうが早いか、サタンの姿はガネーシャ領へと転移してしまったため、アザゼルはその場に取り残された。やれやれと肩を竦めるも、すぐさま動き出す。サタンの命令は絶対だ。

「主命には従うのみ」

 皮肉げに告げて、翼で大気を打つ。急浮上、急加速による超高速飛行でもってハルファス軍の主戦場の直上へと到達した。衝撃波が、雑兵を吹き飛ばす。

 ハルファス。

 反アヴァロン同盟軍結成の立役者と噂される鬼級幻魔は、どこかコウノトリを連想させた。鬼級の例に漏れず人間に極めて近い姿をしているのだが、背中から一対の翼を生やしており、その翼がコウノトリのそれに似ているのだ。つまり、翼は全体的に白いのだが、風切羽などは黒くなっている。頭髪も同じだ。全体として白く、毛先が黒かった。

 情報通として知られるハルファスは、アヴァロン軍の動きをいち早く察知すると、近隣のみならず、遠方の〈殻〉にまで呼びかけ、同盟軍の結成に漕ぎ着けた。同盟軍の盟主は、この地域でも大きな〈殻〉を持つ酒呑童子しゅてんどうじである。

 ハルファスが盟主に名乗りを上げなかったのは、〈殻〉の規模や戦力を考慮した結果だろう。殻主の格は、〈殻〉できまる。そして、〈殻〉の規模や戦力というのは、殻主の能力で決まるものだ。

 同盟軍に参加した〈殻〉の中で最大規模を誇る酒呑童子が盟主になるのは、自然の成り行きといっていい。

 そして、そうしたハルファスの配慮が功を奏したのは疑うまでもないだろう。酒呑童子が機嫌よく盟主をやっているのがその証左だ。

「まあ、なんとも原始的で、野蛮なことで」

 アザゼルは、冷ややかにわらうと、アヴァロン軍の雑兵が連合軍の兵隊と激突する様を見た。既にハルファス領の半ばまで戦場と化しており、どこもかしこも戦闘状態の幻魔ばかりだ。銀甲冑の群れと、多種多様な幻魔の軍勢。妖級以下の幻魔の実力は拮抗しているが、数の上ではアヴァロン軍のほうが圧倒的だ。そして、拮抗している以上、数が力になる。数的優位が、勝敗を分かつのだ。

 だが、この戦いの勝敗を決めるのは、妖級以下の幻魔ではない。

 鬼級こそが、趨勢すうせいを決める。

 そして、アヴァロン軍の先陣を切るのは、やはり、円卓の騎士である。

「抵抗など、無駄ですわ。さっさと降伏し、アーサー様の覇道に付き従うが上策、そうは思いませんこと?」

 などと、ハルファスに話しかけたのは、モルガン・ル・フェイ。逆巻く暴風を衣のように纏う女魔じょまは、妖艶そのものの肢体を見せつけていた。長い髪も、手にした剣も、湖面のような青さを誇る。

 ハルファスは、一笑いっしょうした。

「アーサーの軍門に降るつもりならば、同盟を組もうともしないさ」

「うむ、ハルファスのいう通りよ!」

 大音声は、ザッハークのものだ。雄々《おお》しく、そして荒々しい声は、真言しんごんであり、山間部を激しく隆起させ、モルガン・ル・フェイを岩石の牢に閉じ込めた。

 ザッハーク。大蛇を思わせる鎧を纏う、巨躯の男だ。手には、複数の蛇が絡み合った杖を持ち、その周囲には莫大な魔力が満ちていた。

 岩盤が、爆ぜる。

 モルガン・ル・フェイの斬撃とともに巻き起こった竜巻が、ザッハークの魔法を吹き飛ばしたのだ。

 そこへ雷撃が殺到し、モルガン・ル・フェイは、大きく飛び退いた。イタスの魔法だ。イタス。由来不明の名前を持つ鬼級は、やはり人間に酷似した姿をしている。いうなれば、十代後半の少女だ。幾重にも展開する魔法の帯を纏った少女。帯の上に無数の律像を走らせ、それによって間断なく魔法を連発することを可能としていた。

 稲妻が無数に降り注ぎ、モルガン・ル・フェイの攻撃を阻害する。

「やはり、そなただけではどうにもならぬか。あれだけ大見得を切ったのじゃ。捻り潰すくらいは期待したのじゃがな」

「っ」

 モルガン・ル・フェイが舌打ちをしたのは、後方から飛来した一本の剣が、稲妻の尽くを吸い寄せていく様を見たからであり、声を聞いたからだ。円卓の騎士スズカが、モルガン・ル・フェイの不甲斐ない戦いぶりに業を煮やし、参戦してきたのである。

 スズカは、鬼女きじょと表現にする相応しい姿をしていた。額から二本の角を生やし、長い長い白髪を衣のように纏う様は、伝説に登場する鬼そのものだろう。軽装ながらも甲冑を纏っているように見えるが、その実、全てが魔晶体である。その背後に二本の剣が浮かんでおり、モルガン・ル・フェイを救助するべく投げ放った一本を含めると、三本の剣を自在に操る能力を持つようだった。

「ここはわたくしの戦場でしてよ」

「そうはいうがのう。陛下は、進路上の〈殻〉などすり潰せとのお達しじゃぞ。陛下が御出馬なされるまでにあれらを滅ぼせるのかえ?」

「……仕方がありませんわね。あなたの参戦、認めて差し上げましてよ」

「まったく……厄介な性格じゃのう」

 スズカは、モルガン・ル・フェイの反応に苦笑すると、小通連しょうつうれんを手元に引き寄せた。雷を吸った魔剣は、いつにも増して眩い輝きを帯びている。

 二対三。

 いくら円卓の騎士が相手とはいえ、数の上では、同盟軍のほうが多い。そして、数は、力だ。数的優位は、そのまま、戦力差になる。

 ハルファスは、ザッハーク、イタスに目配せした。

 超火力による同時攻撃。

 想像を絶する大爆砕が、アザゼルの視界を飲み込んだ。


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