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第千百四十話 騎士王アーサーと円卓の騎士(五)

 音もなく地上に落ちてきた小さな太陽は、燦然さんぜんたる黄金の光でもって全周囲を圧した。強烈すぎる魔力波が大気中の魔素を灼き尽くすまで時間はかからなかったし、その光の中に天使の姿を見出すことができたのは、サタンくらいのものだろう。

 それほどまでの威厳と魔力を常に放ち続けるのが、天軍てんぐんの指揮官にして天使長、大天使ルシフェルなのだ。

 サタンは、眩しさの余り目を細め、天使長が輝きを収めるのを待った。魔素が灼き尽くされた空間は真空状態となり、外部から大量の魔素がなだれ込んできて、渦を巻く。それはまさに魔素の洪水であり、周辺の戦場にも多大な影響を与えたに違いない。

 もっとも、そんなことはどうでもいいことだ。

 この一帯がどのような惨状になろうとも、地が裂け、天が割れようとも、最悪の事態を食い止める方が余程重要であり、先決なのだ。

「きみが降りてきたのは、どういう風の吹き回しかな? 天使長」

「このような事態に直面すれば、我々も全力を尽くすしかないからだ、悪魔王」

 当然のようにルシフェルは告げ、サタンを睨んだ。サタンの姿は、相変わらず皆代幸多みなしろこうた模倣もほうしているのだが、異彩いさいを放つ赤黒い目が、悪魔であることを証明している。幻魔のそれよりも深く、底しれぬくらさを抱くそれは、蒼白の瞳を持つ天使と相反する存在であると主張しているのである。

 その主張は、魔晶体から放たれる莫大な魔力からも感じ取ることができた。

 ルシフェルとサタン、光と闇の魔力が空中で激突し、火花を散らしていた。大気が悲鳴を上げ、大地が激しく揺れている。対峙しているだけで起こる、局地的な天変地異。それもこれも互いに戦闘態勢に入っているからにほかならない。

「まさか、アヴァロンが動き出すとは」

「まさかのまさかだよ。アヴァロンの騎士王だっけ? 彼が動き出すのだとしても、もっと先のことかと思っていたんだけど」

「アーサーは、広い視野を持つ鬼級幻魔だ。かつて幻魔大帝エベルの右腕だった彼は、魔天創世まてんそうせい直後の混乱期にも動かなかった。まず、状況を見定め、戦力を整えることにした」

「その結果が、あの小さなアヴァロンなんだから、笑ってしまうけれど」

 などと、軽薄けいはくな声を差し込んできたのは、アザゼルである。

 彼は、サタンの影から這い出てくるようにしてこの戦場に姿を見せると、ルシフェルを一瞥いちべつし、丁重ていちょうにお辞儀をして見せた。すべてを嘲笑う彼らしい振る舞いには、ルシフェルはなにも感じない。

「魔天創世直後の混乱に乗じれば、最盛期のアヴァロンを再現することも不可能ではなかっただろうに……この魔界の辺境ともいうべき島国の、ほんのわずかばかりの地域の覇権を賭けて戦うほどに落ちぶれているのだから、なんともはやだよ」

「相変わらず口だけは回るな」

「まあ、それがおれだからさ」

 アザゼルは、ルシフェルの冷淡れいたんな声にも表情ひとつ変えなかった。もっとも、彼の表情は、口元の変化でしかわからないのだが。もっとも大きな変化を見せるであろう目元が、黒環こくかんに遮られているからだ。そして、黒環は廻り、魔力の循環じゅんかんを加速させ続ける。

「……なんにせよ、きみで良かった。メタトロンなんかを連れてきていたら、いまごろどうなっていたか。まあ、アーリマンを連れてこなかったこちらの采配さいはいも、褒められるべきかな」

「……さて」

 ルシフェルは、サタンの発言を黙殺すると、頭上に視線を巡らせた。蒼穹そうきゅうを埋め尽くす光の群れを確認する。大量の光点が、螺旋を描くようにして舞い降りてきているのがわかる。その先頭を進むのは、莫大な光を放つ大天使。白い流星となってルシフェルの元に降りてきたのは、ガブリエルだ。

 そして、ガブリエルに先導されて降りてくる大量の光点は、天使たちである。熾天使してんし以下、全階級の天使たちが隊伍たいごを組み、陣列を整え、戦線に至ろうとしているのだ。

 その様子を見て、アザゼルがわざとらしk肩をすくめてみせた。

「相変わらずの大軍勢だことで。雑兵の相手は、きみたちに任せようかな」

「勝手にするがいい。我々は、人類の守護者。人類を存亡の危機より救うことこそ、我らが使命。我らが宿願。我らが存在意義なり」

「幻魔らしからぬお題目だ」

 だが、と、アザゼルは、頭上から前方に視線を戻した。

 まるで銀の津波が地上を飲み込み、こちらに向かってきているのがわかる。イタスの〈クリファ〉に攻め込んでいたアヴァロン軍の兵隊たち。〈殻〉の消滅に伴い、二手に分かれたのだが、やはり、濁流は濁流だ。なにもかも打ち砕くかのようにして、ゴモリー領とザッハーク領へと向かっていく。

 その勢いは、留まることを知らない。

 先陣を切るのは、円卓の騎士を名乗る鬼級幻魔たち。

「では、ルシフェル」

「ああ。くとしようか」

 ガブリエルに促されるまま、ルシフェルは、翼を開いた。三対六枚の翼がひるがえり、黄金の輝きを散乱させた。飛翔は、一瞬。超高速飛行は、衝撃波を伴い、並み居る雑兵を吹き飛ばした。

 そして、眼前に騎士然とした幻魔を捕捉ほそくする。

 幻魔が、ルシフェルを睨んだ。双眸そうぼうが赤黒く輝き、魔力が爆発的に膨張する。

 ルシフェルによって吹き飛ばされた大量の幻魔は、天使たちの歌声に包まれたかと思えば、光の槍に貫かれていく。天使たちの唱和しょうわ。それはいわゆる合性ごうせい魔法である。天使たちの歌声が真言しんごんとなって魔法を発動し、無数の光の槍が雨の如く降り注ぎ、アヴァロン軍の隊列をあっという間に崩壊させていくのだ。

 その真っ只中で、ルシフェルは、円卓の騎士と対峙した。

「我が名は、ジークフリート! アーサー王が円卓の騎士なり! 貴様は、何者ぞ!」

「わたしは、ルシフェル。天軍の指揮官にして、天使長……とでも、名乗っておきましょうか」

「天使長だと? 貴様が、あの悪名高き天使たちの長か!」

「悪名ですか」

 ルシフェルが先手を取るべき放った光弾は、ジークフリートと名乗った鬼級の大剣に打ち払われた。

 ジークフリートは、身の丈三メートルを越す巨体だが、そんなものは幻魔ならばありふれていて、特徴というほどのものでもない。どこか竜を思わせる甲冑を纏ったような形態をしていて、手にした剣は身の丈を超えるほどに巨大だ。剣にも竜を思わせる装飾があった。

 ジークフリートといえば、竜殺しの英雄だからだろう。

 そうした伝説、神話が、幻魔を象り、規定する。

 しかし、そうした姿形も、鬼級ならば当然至極というべきか。重要なのは、姿形などではなく、魔素質量だ。そして、魔素質量でいえば、彼は、鬼級の中でもかなりのものがあるように見えた。

「そうとも、悪名よ!」

 ジークフリートは、え、魔剣バルムンクを振りかざした。剣風けんぷうが巻き上がり、虚空に斬撃がはしる。無数の剣閃けんせんが、アヴァロン軍の兵隊をも斬り裂きながらルシフェルへと殺到した。が、届かない。純白の花弁はなびらがルシフェルを護ったのだ。

「わたくしも、お忘れ無きよう」

 ガブリエルが、ルシフェルの背後から顔を覗かせた。白百合を想起させる衣を纏う、純白の大天使。翼が広がり、舞い散る羽はまるで花弁のようだった。渦を巻き、嵐を起こす。

 花弁の嵐。

「二対一か! だが、卑怯とはいうまい!」

 ジークフリートは、皮肉げに告げると、その場から大きく飛び退いた。花弁と光線が集中し、大爆発が起きる。

 多勢に無勢――数で圧倒するのは、アヴァロン軍の戦法だ。それを否定するということは、自分たちを否定することにほかならない。

 故に、ジークフリートは、わらうのだ。

 地を蹴り、爆砕とともに距離を詰める。天使たちの歌声が破壊の乱舞を引き起こすその真っ只中へと踏み込めば、ルシフェルとガブリエルが左右に分かれた。光芒がきらめき、激流が視界を埋め尽くす。

 ジークフリートの斬撃は、虚空ではなく、光を切った。では、激流は。

窮地きゅうちか?」

 地を揺らすように野太い声とともにあったのは、暴風のような斬撃。ガブリエルの激流が失せ、ジークフリートは事なきを得る。

「ああ、窮地だな!」

「よくも認めるものだ!」

 ジークフリートの返事を笑い飛ばしたのは、円卓の騎士ベーオウルフである。

 二対二。

 その瞬間、数の上では対等になったということだ。


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