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第千百三十九話 騎士王アーサーと円卓の騎士(四)

 造魔ぞうま

 アーサーの要望に聞いたサナトスは、サナトス機関の全力を駆使くしし、彼の望み通りの幻魔を創造した。

 アヴァロン騎士軍に属する幻魔は全て、霊級も、獣級も、妖級すらも、サナトス機関によって根本から作り替えられた改造幻魔――造魔であり、その姿形は、完璧なまでに統一されているのだ。

 先触れたる霊級は、槍頭スピアヘッド斧手アックスハンド盾体シールドボディと呼ばれるものたち。

 槍の穂先そのもののような形態をしているのが槍頭である。いままさに先陣を切り、ガネーシャ軍の陣営へと押し寄せる津波の如き霊級幻魔の群れが、それだ。

 つぎに、斧手。やはり、巨大な斧そのものの姿をした霊体であり、槍頭に続いて敵陣に殺到さっとうしていた。

 そして、盾体。これも、大きな盾の形をした幽霊とでもいうべき幻魔であり、敵陣から飛来する攻撃魔法から槍頭や斧手を護るために身を挺していた。まさに盾なのだ。槍頭や斧手が攻撃に専念できるのは、盾体のおかげである。

 霊級造魔の群れが、ガネーシャ軍の霊級幻魔と衝突、激戦を繰り広げれば、蓮華山脈れんげさんみゃくが猛火に包まれていく。蓮華の如き花を咲かせる結晶樹けっしょうじゅが群生していることからそのように呼ばれるようになった山々には、ガネーシャ領が南部に横たわっているだけでなく、シナツヒコの〈殻〉が北部にあり、西側の大半がアヴァロンに飲まれていた。そして東端には酒呑童子しゅてんどうじの〈殻〉が乗っかっている。

 つまり、山脈が戦火に飲まれるのは、道理だということだ。

 そして、アヴァロン軍に対する北東方向からの攻撃は、ガネーシャ軍によるものではなかった。

「ふむ。さすがに独力では勝てぬと踏んだか」

 マルドゥークは、ガネーシャ軍を援護するシナツヒコ軍の幻魔の群れが山間部を埋め尽くす光景を眺めながら、いった。アヴァロン騎士軍が動けば、アヴァロンに隣接した〈殻〉であるガネーシャ領ヴィナーヤカが最初の戦場となるのは、だれの目にも明らかだ。

 全戦力の動員による大規模侵攻である。

 同時にイタス領やハルファス領に攻め込む可能性は極めて高いものの、一足飛び別の〈殻〉に侵攻するとは考えにくい。いかにアヴァロン軍といえども、進路上の〈殻〉を無視することは出来ないのだ。

 よって、シナツヒコがヴィナーヤカに戦力を寄越よこしたというわけだが、しかし、それはアヴァロン側にとって悪いことではなかった。むしろ、望ましいとさえいっていい。アヴァロン騎士軍の動きを察知した近隣の殻主かくしゅたちは、反アヴァロン同盟を結成したというのだ。

 鬼級幻魔の、殻主の誇りなど知ったことかといわんばかりの動きには、円卓の騎士たちも一笑に付したものである。

「どれだけ戦力を集めようと、敵じゃないよ」

「ええ、その通り。一網打尽と致しましょう」

「うむ。悪くない」

 ナタ、セクメトが傲然ごうぜんと言い放つのを聞き、マルドゥークも大きく頷いた。

 最前線では、霊級造魔の隊列が崩れようとしている。シナツヒコ軍とガネーシャ軍が妖級幻魔を差し向けてきたからだ。いくら改造された幻魔とはいえ、霊級程度では、妖級に太刀打ちできるわけもない。

 銀甲冑を纏った兵士たち――剣士フェンサー射手アーチャーといった獣級造魔たちも、軽々と吹き飛ばされていく。

 獣級造魔。やはり、造魔にも等級があり、それは元となった幻魔の等級に基づいている。しかし、その姿形は、獣級幻魔のそれとは大きく異なっていた。本来の獣じみ、怪物めいた姿とはかけ離れた、人間に近い姿形。幻魔の肉体たる魔晶体をどろどろに溶かし、銀甲冑の中に封じ込めて作られた、生物兵器。それが造魔なのだ。自我はなく、意思もない。

 造魔たちは、ただ命令に従い、突き進むのみである。

 そして、敵妖級幻魔の攻撃に吹き飛ばされ、戦列が崩壊していくのを食い止められないというわけだ。

 が、それも一瞬の出来事に過ぎない。

 ナタが最前線に到達するとともに火尖槍かせんそうを振り回せば、それだけでカラステングの群れは消し飛び、シナツヒコ軍の陣形は大いに乱れた。さらに、マルドゥークがその巨躯でもって山間部に降り立ち、大穴を穿つ。さすれば、ガネーシャ軍の前線が崩壊した。

 そして、セクメトが降り注がせた熱光線の雨霰あめあられが、アヴァロン騎士軍の圧倒的優位を確定させていくかのようだった。

 その光景を目の当たりにしたガネーシャは、ほぞを噛んだ。

 ガネーシャの〈殻〉ヴィナーヤカは、アヴァロン南東部に聳える蓮華山脈の中心付近から南部を覆うように広がっているのだが、シナツヒコも、酒呑童子もこの山脈の領有を主張していて、この結晶の蓮華咲き誇る山々は、都合四つの〈殻〉が勢力争いを繰り広げていたのである。

 中でも蓮華山脈の大部分を支配していたのが、アヴァロンだ。

 ガネーシャが領土を広げる上で最大にして最強の障害が、アヴァロンであり、アーサーだったというわけだ。

 いや、そもそも、領土を維持することだけに専念するのだとしても、アヴァロンを無視することはできない。

 なんといってもアヴァロンは、この地域最大規模の〈殻〉であり、殻主アーサーの野心の火は、まったく衰えていないのだ。遅かれ早かれ南進してくるに違いなかったし、その際、ヴィナーヤカが真っ先に戦場となるのはわかりきっていたことだ。

 ガネーシャ軍だけではどうにもならないことも。

 故に、反アヴァロン同盟結成の呼びかけに応じたのだ。

 殻主としての、鬼級幻魔としての自尊心を踏みにじられる気分だったが、そんなものと〈殻〉の存続を天秤にかける必要はない。アヴァロン騎士軍という具体的な滅びを回避するためならば、どのような策も講じよう。

 ガネーシャは、長い鼻を天高く掲げて、唸った。象の頭を持つ彼の目は、円卓の騎士たちが戦場を蹂躙じゅうりんする様を見据みすえている。円卓の騎士が出てきたというのであれば、ガネーシャもまた、配下の鬼級を出撃させるしかない。

くぞ、グシオン!」

「御意」

 紫の衣を纏った鬼級が、ガネーシャに続いた。

 ガネーシャの巨体が、数多の妖級とともに前線へと進み出れば、さしもの円卓の騎士たちも、態度を改めた。余裕に満ちたものから、相手を見定めるものへ。

 敵の鬼級は、ガネーシャとグシオンの二体だけではない。シナツヒコが、配下の鬼級幻魔アドニスを引き連れ、前線に出てきたのだ。都合、鬼級が四体、突出してきたというわけだ。

 鬼級の数だけならば、こちらが下回っている。だが、実力ではどうか。

「数だけじゃあね」

 ナタがけたたましい笑い声を上げながら、猛火を撒き散らし、シナツヒコに襲いかかる。シナツヒコの膨大な白髪が渦を巻き、破壊的な暴風を起こしてナタに対抗した。雑兵たちが巻き添えになった。断末魔の合唱。マルドゥークが傲岸ごうがんに笑った。ガネーシャが打ち下ろした巨岩を拳で叩き割ったのだ。

 鬼級同士の激突は、天変地異てんぺんちいくの如しといわんばかりの凄まじさだ。


「……やれやれだね」

 彼は、小さくかぶりを振った。

 状況が、大きく動いている。

 このうねりは、いまはこの地域だけで収まっているものの、やがてはこの小さな島国全体を巻き込みかねないほどのものとなるだろう。が、心配はそこにはない。

 その前に、すべてが終わりかねないのだから。

 鬼級幻魔アーサー率いるアヴァロンが、突如として軍勢を動かした。

 原因がどこにあるのか、と、彼は考える。考えるのだが、思いつかない。アーサーの逆鱗げきりんに触れるようなことをしたのだろうか。

 だれが、いつ、どこで。

 眼前に広がるのは、旧兵庫地域北部のかつてとは変わり果てた大地だ。魔天創世まてんそうせいによる地殻変動ちかくへんどうは、地球規模で地形を変貌させた。山々が崩れ去り、海底に沈んでいた大地が隆起りゅうきした。様変わりした地形から、かつての姿を思い起こすことはできない。

 もちろん、彼の記憶にあるのは、人間が記録した映像情報に基づくものに過ぎないのだが。

 それは、それとして。

 アヴァロンは、極めて広大な〈殻〉だ。央都四市を丸ごと飲み込んでも余り有るほどなのだから、その広さがわかるというものだろう。そして、アヴァロン軍はその領土の広さに相応しいだけの戦力を有している。

「アヴァロン騎士軍、だったかな」

 彼――サタンは、そのように言い直すと、視線を巡らせ、甲冑を纏う兵隊がイタス領を飲み込んでいく光景を見遣った。

 イタスの領土は、アヴァロン近隣の〈殻〉の中でもっとも小さく、故に、捨てられたのだ。

 見ている間に、〈殻〉が、消滅した。

 だが、イタスは滅びていない。名の由来もわからない鬼級幻魔は、殻主であることを捨て、同盟者ハルファスの元へと向かったらしい。

 やがて、天に光が差したかと思うと、地上の幻魔たちを薙ぎ払っていった。黄金の光。太陽と見紛うほどに眩く、しかしながらいかにも空々しい輝き。

 大天使ルシフェルの降臨である。


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