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第千百三十六話 騎士王アーサーと円卓の騎士(一)

 騎士王きしおうを名乗る鬼級幻魔アーサーは、現存する最古の鬼級幻魔の一体だ、と、マルファスは断言した。

「最古……」

「それは、どういう意味か?」

『言葉のままの意味だ。魔界全土を見渡せば、鬼級とされる幻魔は数多あまたといるが、第一次魔法大戦の最中に誕生し、いまも活動している鬼級というのは、そう多くはない。鬼級同士の闘争で滅びていったからな。いまもなお生きている最古の鬼級たち、そのうちの一体が、アーサーなのだ』

 マルファスの説明は、淡々としたものだった。余計な感情や意見はないといわんばかりの口調。

 神威たちは目線を交わす。原初の鬼級幻魔。そんなものがいまもなお生きていて、この旧兵庫地域における最大勢力を誇っているというのは、なんともいえない不快感がある。

『アーサーは、幻魔戦国時代に覇を唱えたものの中でも大勢力を誇っていた。その版図は、とある大陸の三分の一ほどだったというが……これについては、確証はない。わたしが見てきたわけではないからな。が、誇張でもなんでもないはずだ。幻魔が、そのような見栄を張る理由もない』

「ふむ……」

『だが、幻魔戦国時代に終止符を打ったのは、後に幻魔大帝を名乗る一体の若き鬼級……エベルだ。アーサーはなにをしていたかといえば、エベルとの決闘に敗れ、その傘下さんかに入っていたのだ。騎士軍を率い、エベルによる幻魔一統がため、数多の幻魔を討ち斃したという。そして、幻魔一統は成った』

「だが、長続きはしなかった。魔天創世まてんそうせいだな」

『うむ。魔天創世後のアーサーの動向については、詳しくはない。わかっているのは、このヒョウゴの地にいつからか〈クリファ〉を構え、勢力を拡大していたということくらいだ。そして、その際、アーサーが何体もの鬼級を円卓の騎士として迎え入れているという話も聞いている』

「円卓の騎士……な」

 先程から何度となくマルファスが発してきた言葉に、護法院ごほういんの長老たちは、眉根を寄せる。かつて、人類が歴史の中に見出してきた伝説であり、神話にも等しいそれは、いまや幻魔の一勢力として確かに存在しているのだ。人間としての尊厳そんげんを踏みにじられているような、人類の歴史をはずかいめらているような、そんな気さえする。

 だが、そんなものはいまさらだという感覚もあった。

 幻魔が神話や伝説に登場する神々や怪物、英雄からその名を取るのは、ある意味において当然といえるのではないか。

 妖級以下の幻魔の呼称は、人間がつけてきた。その姿形、生態や能力に近しい怪物や魔物の名をつけ、それによって幻魔を規定してきている。

 鬼級幻魔は、妖級以下の幻魔とは比較にならないほどの知性を誇り、個性を持つ。強すぎる自我は、己に相応しい名を知識の中に見出し、名乗るのだ。その知識とは、苗床なえどことなった、命の源となった人間の記憶の奥底にあったもの――神話や伝説、物語なのだ。だから、鬼級たちは、神々や怪物、英雄の名を語る。

 マルファスもそうだ。

 マルファスという名は、彼の独創によるものではない。魔術書ゴエティアに記載された悪魔の名前なのだ。マルファスはからすの姿で現れる悪魔だといい、黒ずくめで漆黒の翼を持つ彼に相応しい名前ではあるだろう。

『現在、円卓の騎士は、十一体いる。元々十二体いたのだが、最近、筆頭騎士であるクー・フーリンが死んだらしい。だから、十一体』

「クー・フーリン!」

『知っているのか?』

「……先日、空白地帯で発見したダンジョン内で、我が調査隊が遭遇した鬼級が、そのような名前だった。名乗ってはいないが……おそらく間違いあるまい」

 ベルゼブブと名を改めた悪魔がそう呼んでいたのだが、否定しなかったところを見れば、それが正しい名であるはずだ。そして、アヴァロンの、ともいっていたのだ。間違いなく、円卓の騎士の一体だったに違いない。それも筆頭騎士。

 それが、滅び去った。

 護法院に波紋が広がった。

『では、戦団の導士がたおした、と?』

「違う』

 神威は、そのときなにが起きたのか、端的に説明した。マルファスは、理知的な容貌をわずかにしかめ、考え込むような素振りを見せた。

『……おそらく、そのとき現れた悪魔、あるいは天使のいずれかが、クー・フーリンを斃したのだろうな。そしてその出来事が、アーサーの逆鱗げきりんに触れた』

『だとすれば、とんだとばっちりじゃない』

 マルファスの結論に、火倶夜かぐや憮然ぶぜんとした。

 天使、悪魔のどちらかが逸ってクー・フーリンを撃破した結果、この地が混沌に飲まれようとしている。

 神威の脳裏のうりには、この数ヶ月間の出来事が無数に過っていた。〈七悪〉の暗躍による幻魔災害の数々が双界そうかいを揺るがし、人類生存圏を脅かしたこと。龍宮防衛戦のこと。オロバス・エロス連合軍との戦いのこと。オトロシャ領恐府(きょうふ)のこと。オトロシャのこと。

 央都は、何度存亡の危機に立たされればいいのか。

 それもこの短期間で、だ。

 神威が苛立たしげに幻板を睨み付けるのも無理からぬことだっただろうが、受け取るマルファスは、困った顔をするほかなかった。

『……アーサーがクー・フーリンを失った怒りで動き出したのは、間違いない。そしてその矛先が、ヒョウゴの南部、つまりこの地であることもだ。そのために戦力を整え、円卓の騎士を総動員すると宣言しているからな』

「つまり、アーサーの目的は、クー・フーリンの敵討ちか、弔い合戦か」

「どちらにせよ、その矛先が我々に向けられるのだとすれば、お門違いも甚だしいが……説明してどうなるものでもあるまいな」

「相手は幻魔だ。しかも怒り狂っているのならば、人間との交渉に応じるわけもない」

『その通りだ。アーサーは、人間の都市を滅ぼすと断言しているそうだ』

 マルファスの言葉に、長老たちは顔を見合わせ、沈黙した。

 アーサーの、アヴァロン軍の目的が央都への攻撃であり、央都の破壊だというのであれば、とばっちりは、その進路上に存在する〈殻〉なのではないか。

 無論、央都が攻撃目標にされるのも、アーサーの勘違いの結果に過ぎないのだが、それを証明する手立てはない。いや、そもそも、証明したところで、アーサーが人間の言を受け入れるわけもない。

 アーサーは、元々、魔界に覇を唱えていた鬼級幻魔だった。この機会に勢力を拡大しようという意図があるのであれば、聞く耳など持っているはずがなかった。

『……もはや、アヴァロン軍は動き出した。既に戦端は開かれ、各地の〈殻〉との間で激しい戦いが起こっている。だが、そんなものは焼け石に水であり、風前の灯火なのだ。アヴァロン軍の大戦力の前には、勝ち目はない』

 マルファスの声には、しかし、諦めの色はなかった。むしろ力強く、状況を如何にして打開しようかという考えがあるように見えた。

『アヴァロン近隣においては、ダゴン、シナツヒコ、ガネーシャが有力な〈殻〉だ。当然だが、それらは互いに反目し合い、常に領土争いを続けていた。我が知己ハルファスは、そんな彼らに力を合わせ、アヴァロンに立ち向かおうと呼びかけた。シナツヒコ、ガネーシャがハルファスの呼びかけに応じ、酒呑童子しゅてんどうじ茨木童子いばらぎどうじといった鬼級たちとともに同盟軍を結成することに成功した。ダゴンは応じず、単独でアヴァロンに挑んだが、おかげで同盟軍結成の時間を稼げたとハルファスはいっていたよ』

「幻魔の同盟軍……か」

 マルファスの言葉通り、常日頃から領土争いがため反目し、剣呑けんのんな間柄であるはずの鬼級幻魔たちだが、共通の敵が現れ、それが看過かんかできないとあれば、協力することもやぶさかではないというのだろう。人類の歴史上にも往々として見られる光景だ。

 アヴァロン軍は、アーサーを含め、総勢十二体の鬼級幻魔を主戦力とする大戦力なのだ。立ち向かうにしても、頭数を揃えなければ、戦いにすらならない。そんなことは、幻魔たちだって理解している。

 だからこそ、ハルファスの呼びかけに応じたのであり、同盟軍を結成したのだろうが。

『それすらも時間稼ぎにしかならんだろうが』

 マルファスは、冷ややかに告げた。


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