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第千百三十五話 激動(三)

 しかし、差し迫った脅威きょういというには、あまりにも現実感が伴わない。というのも、戦団、いや人類は、内と外に脅威を抱えているからだ。

 〈七悪しちあく〉と、恐府きょうふ

 そのいずれもが、人類を滅ぼしかねないほどの存在だということは、だれもが知るところだ。

 〈七悪〉は、六体の鬼級幻魔集団。七体目の悪魔が誕生したとき、人類殲滅(せんめつ)のために動き出すと宣告してきている。それまでにどれほどの時間的猶予があるのかはわからないものの、勢揃いするまでには、人類を生かしてくれているらしい。

 理由は、わからない。

 六体もの鬼級なのだ。七体目を待つまでもなく、央都おうとを滅ぼし、ネノクニを滅ぼすくらい、児戯じぎに等しい。無論、神威かむいが出張ればその限りではないのだが、その結果、双界そうかい甚大じんだいな被害をもたらすことに変わりはない。戦場が双界に限定されるのであれば、神威の竜気りゅうきは、破滅をもたらすだけなのだ。

 故に、神威が出張ることなく、〈七悪〉を撃滅できるだけの戦力を整える必要があり、それが戦団の急務だった。そしてその戦力は、もっとも差し迫った脅威であるところのオトロシャ軍との決戦にも、必要不可欠だ。

 鬼級幻魔オトロシャが君臨する恐府は、央都近隣最大の〈クリファ〉だ。龍宮りゅうぐう戦役の末に滅亡したスルトのムスペルヘイムよりも大きく、戦力も膨大。戦団が全戦力を投じても、対等に戦えるとは思えないほどの大戦力なのだ。

 なにより、オトロシャによる宣戦布告があったばかりだ。人類を管理下に置き、保護する、などとあの化け物は宣ってきた。その言葉の意味するところがなんなのか、想像するまでもない。

 幻魔は、人類の天敵。

 この事実は揺るがない。

 なによりオトロシャは、問答無用で水穂みずほ市を制圧しようとしてきたのだ。そのようなものが、言葉通りに人類を保護してくれるなどと考えられるはずもない。よって、オトロシャは、一刻も早く討伐するべきであると議決された。

 そのためには、まず、戦力を整えることだが、それには時間稼ぎが必要だった。オトロシャが再び央都の地を踏むようなことがあれば、大問題だ。今度は、昨日のような結果にはなるまい。

 オトロシャは、凶悪無比きょうあくむひな催眠魔法の使い手だ。それも水穂市全土に作用するほどの広範囲かつ、超高精度の催眠魔法。星将せいしょうすらも抗うこともできず、悪夢の深淵しんえんに叩き落とされたのだという。

 オトロシャが再び央都の地を踏めば、今度こそ、奈落の底に叩き落とされるのではないかという恐れがあった。

 では、どうすればいいのか。

 答えは明快だ。

 オトロシャを、恐府に釘付けにしておくのだ。

 そのための戦力を編制し、既に恐府との境界付近で攻撃を開始している。

 いかに人間をあなどっているとはいえ、殻石クリファイトを破壊される可能性が万にひとつもある状態というのは、殻主かくしゅには看過かんかできるものではないはずだった。

 殻主たる鬼級幻魔の唯一にして最大の弱点こそ、〈殻〉の維持に必要不可欠な殻石だ。殻石は、殻主の心臓なのだ。魔晶核ましょうかくを変成させたもの。それは、魔晶核のよりは硬いものの、ある程度の威力の魔法ならば容易く傷つけ、破壊できる代物なのだ。

 故に、殻石の護りは厳重にしなければならないのだが、しかし、殻石の守護を配下の鬼級に任せるような真似はしないだろう。 

 オベロンの言を信じるまでもなく、そう断ずる。

 殻主と臣従を誓った鬼級幻魔は、殻主の命令を絶対的に遵守じゅんしゅする。その身に刻まれた殻印かきんが、形なき脳神経に、おそらく精神の深部にまで強烈に作用し、意識を支配しているからだ。

 しかし、その支配も、幻魔の生まれついての本能までも制御できるわけではないらしい。

 殻主が、殻石の守護者を手配しないのは、そのためのようだ。

『万が一にも飼い犬に手を噛まれないようにするというのは、殻主たるものの常識であり、定石じょうせきです』

 とは、かつて殻主として小さな〈殻〉を支配していたオベロンの言葉だ。彼もまた、殻石を護るために配下の妖級を配置するようなことはしなかった。そして、配下のだれにもその安置所を伝えなかったという。

 〈殻〉は、殻石の発する魔力場であるが、その形状は、殻石を中心とはしていない。なぜならば、そのような形状ならば、殻石の位置が簡単に割り出されるからだ。そして、それ故、殻石の位置を割り出すためには、真眼しんがんのような異能が必要だというわけだ。

 さて、オトロシャもまた、比類無き強大な力を持つ殻主だが、その弱点は、他の殻主と変わらないだろう。恐府のどこかに安置した殻石さえ破壊すれば、オトロシャは滅び去る。

 そしてその場所は、腹心たるオベロンも知らないし、仮に知っていたとしても、教えてはくれないだろう。オベロンは、オトロシャに支配されている。戦団との共闘も、オトロシャの意図するところなのだ。

 そんなオベロンを信用するのではなく、利用しつつ、戦団は、恐府への攻撃を続けていた。散発的な攻撃。本格的な侵攻の気配すらないものの、とはいえ、捨て置けるものではなく、オトロシャ軍も対応しなければならなかった。

 オトロシャは、沈黙しているという。

「ふむ。オトロシャがついに目覚めたということは聞いていたが……」

 マルファスは、人間たちの話を聞いて、ここのところの人界の大騒動の原因を悟った。龍宮から人界、人類生存圏は、決して遠くはない。しかし、龍宮は地の底だ。そして、外界との交渉は途絶えているだけでなく、央都方面の様子を探る理由がなかった。

 オトヒメの政策である。

 オトヒメは、オロチを再び眠りにつかせてくれた神威に心底感謝しており、央都の行動に干渉することのないよう、配下の幻魔たちに徹底させていた。もし万が一にも央都のひとびとが協力を求めてくるようであれば、協力は惜しまない、とも。

「まさか、央都が然様さよう窮地きゅうちに陥っていたとはな。しかし、今度の窮地は、オトロシャとは比較にならんぞ」

『……理解している。だが、我々にどうしろというのだ? アヴァロンによってその近隣の〈殻〉という〈殻〉が平らげられたとして、央都にまで進軍してくるのは確実なのか?』

「アーサーは、そう宣言したそうだ」

『確かな情報なのか?』

「信じられないか」

 疑問に満ちた神威たちのまなざしを受けて、マルファスは、涼しい顔をした。人間たちが幻魔に対し、疑念と不安、恐怖を持つのは当然のことだ。自分は彼らの上位者であり、圧倒的な力の差を誇っているのだ。

 だが、と、マルファスは思うのだ。

(我らの命を握っているのは、あなたなのだがな)

 神木こうぎ神威。

 竜級幻魔を殴りつけ、眠りにつかせることのできるものなど、この魔界全土を見渡してもそうはいまい。数少ない竜級だけが、同格のオロチを伸すことができる。つまるところ、神威は竜級に等しい力を持つ、幻魔の天敵なのだ。

「北に、わたしの知己ちきがいる。ハルファスという鬼級でな。わたしがオトヒメと出逢うまで、彼に世話になっていた時期がある。彼は、わたしに手紙を寄越すのが趣味という、風変わりな奴なのだ」

 そして、その手紙にアヴァロンの動向が詳細に記されていたのである。

 先日、アヴァロンの殻主にして騎士王アーサーが、突如として円卓の騎士を招集、円卓会議を開いた。円卓会議は、アヴァロンが軍事行動を起こす前に開かれる最高会議なのだが、会議が開かれるということは、既に軍事行動を起こすことが決まっていて、会議に参加する騎士たちは、覚悟を決めているのだという。

『円卓の騎士か』

 まるで神話の、伝説の中にいるかのような感覚で、神威はつぶやいていた。


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