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第千百三十四話 激動(二)

 アヴァロンが全軍でもって動き出したという驚くべき、そして恐るべきしらせを戦団に届けたのは、龍宮りゅうぐうの鬼級幻魔マルファスだった。

 アヴァロン。

 この地域における最大規模の〈クリファ〉である。その事実をも、戦団は、マルファスからの警告によって教わったのだが。

『アヴァロンの殻主かくしゅアーサーは、みずから騎士王きしおうなどと名乗る酔狂すいきょうな鬼級幻魔だ。その名から察する通り、おそらくはアーサー王伝説あるいはそれを元としたなんらかの創作物が由来に違いないだろう。鬼級の名は、苗床なえどことなった人間の知識から紡ぎ上げられるものだ。妖級以下の幻魔とは違って、な』

「……ふむ」

 大境界防壁第九拠点に降り立ったマルファスとの通信は、当然のことながら、拠点の導士たちによってり成されている。

 マルファスが大境界防壁を訪れたとき、境界拠点は大騒ぎになった。当たり前だろう。なんといっても、相手は鬼級幻魔だ。以前、共同戦線を張ったとはいえ、戦団が龍宮を完璧に信頼し、協力関係を結び続けているわけでもないのだ。

 幻魔を心の底から信頼することは、できない。

『それは、哀しいことですが、致し方のないことでもありますね』

 龍宮の殻主オトヒメのそんな発言は、彼女の真心まごころから出たものなのだろうが、だからといって彼女たちを受け入れることはできなかった。

 幻魔は、人間を、その死によって生じる莫大にして純然たる魔力を好物とする。

 オトヒメや腹心のマルファスが強力に自制しようとも、配下の幻魔たちがその命令に従おうとも、その奥底にうごめく原始的な本能を消し去ることなどできるはずもない。いつ何時、突如として本能を剥き出しにして襲いかかってくる可能性は、なにものにも否定できないのだ。

 龍宮がどれだけ安定していようとも、殻主オトヒメがどれほどまでに平和主義的であり、博愛精神の持ち主であろうとも、幻魔は幻魔、人間の天敵であり、常に細心の注意を払うべき存在に変わりはないのだ。

 故に、龍宮ともっとも近い第九拠点は、常に龍宮方面への警戒をしていたのだが、その最中、マルファスが黒い風を伴って現れた。

 第十軍団長・朱雀院火倶夜すざくいんかぐやが出向き、応対したところ、彼は、涼しい顔で星将せいしょうの前に舞い降りた。

『悪い報せを持ってきた』

 おもむろに、そして、淡々と告げてくるマルファスの顔には、人間に対する強い警戒心があった。マルファスは、オトヒメの腹心だからこそ人間に牙をかないだけだ。それをオトヒメが望まないから、オトヒメが幻魔という種を超越ちょうえつした慈愛の持ち主だからだ。

 故に、火倶夜も警戒しつつも、マルファスの持ってきたという悪い報せを聞いた。聞くだけならば、なんの問題もあるまい。その情報が必要かどうかを判断するのは、本部の、護法院ごほういんを含む上層部の仕事だ。

 もちろん、上層部には火倶夜も加わっているのだが。

『アヴァロンが動いた』

 端的な、しかし、それだけで十分だろうとでも言いたげなマルファスの言葉は、当然のように火倶夜には理解できなかった。意味は、わかる。アヴァロンという鬼級なりなんなりがその勢力を動かし始めたに違いない。だが、それだけでは、悪い報せとは思えなかったのだ。

 そこで、火倶夜は、本部とマルファスを繋いだ。

 本部にいる最高幹部たちがマルファスと通信機越しに対峙すると、さしもの歴戦の猛者たちもなんともいえない顔になった。鬼級幻魔と直接言葉を交わすことになるなど、護法院の老人たちには想像もつかない状況だったからだ。

 神威は、知っている。

 龍宮戦役の現地に赴き、マルファス、オトヒメと実際に言葉を交わしているのだ。そこでオトヒメの性格を知り、その精神性に触れた。オトヒメは、まだ信じられる。少なくとも、オトヒメ自身が人類を攻撃する未来は来なさそうだ。

 ただし、オトヒメもまた、彼女が信奉しんぽうする竜級幻魔オロチが再び目覚め、人類を滅亡させようと動き出せば、喜んでその尖兵になるのではないか。そのような危うさが、博愛精神と共存しているようにも見受けられた。

 つまり、オロチさえ眠り続けていてくれるのであれば、龍宮への警戒は、そこまで厳密なものとする必要はないということだ。そして、オロチは、当分の間目覚めることはないだろう。

 元より、数十年もの長きに渡り、惰眠だみんを貪り続けていたのだ。それが突如目覚めたのは、オトヒメの幻躰が破壊されたことが原因のようだった。

 龍宮が侵略されたことではなく、だ。

 つまり、オトヒメが無事であれば、いつまでも眠り続けてくれるのではないか。

 それならば、戦団は、オトヒメが無事に生き続けてくれることを願うだけであり、そのための努力も惜しむべきではないという結論に至っている。

 オロチの目覚めは、近隣一帯の破滅に等しい。

 神威がいたからこそどうにかなっただけであり、もしあの場に神威が間に合わなければ、人類は、多くのものを失った可能性がある。

 そして、アヴァロンの進軍は、その可能性を大いに含んだもののようだった。

『アヴァロンは、この地域最大の〈殻〉だ。央都近隣における最大の〈殻〉恐府きょうふとは比べるべくもないほどに巨大であり、その戦力は数倍どころではないと考えてくれていい』

「地域……か」

『そう、地域だ。かつてこの小さな島に住んでいた人間たちは、ヒョウゴと名付けていたそうだな』

「ああ」

『アヴァロンは、このヒョウゴ最大の〈殻〉なのだよ。そして、戦力も、最大にして最強だ。比肩する勢力は皆無。動き出せば最後、ヒョウゴの地は、アヴァロンによって平らげられ、アーサーの支配下に落ちるだろうとだれもが噂している』

 マルファスは、そこまで言い切ってから、静かに息を吐いた。

『が、そうはならない。そうなるはずがない。この地には、我らが神がいるからな』

「オロチか」

『オロチ様だ。アヴァロンの南進は、ある程度までは上手く行く。それは疑いようがない。ダゴン、ガネーシャ、ハルファス――近隣の〈殻〉は、瞬く間に攻め滅ぼされるか、軍門に降るだろう。その余勢を駆って南進を続けるアヴァロンの騎士軍を止める手立てはない。ゴモリーも、ザッハークも、ハルヴァラも、オーディンも、同じだ。どれだけ手練手管の限りを尽くそうとも、死力を決しようとも、アヴァロンの騎士軍の、円卓の騎士たちの前では無力に等しい。敗れ、滅び、消え去るしかない。あるいは、降伏し、アーサーに臣従を誓うか。もっとも、アーサーがその降伏を受け入れるかどうかは、不明だがな』

「しかし、それも龍宮まで、か」

『そうだ。そうなる。龍宮が侵略され、オトヒメ様が危機に曝されれば、オロチ様が再び目覚め、敵を討ち滅ぼしてくれるだろう。そして、この地は終わる』

「終わる、か」

『ああ、終わるな』

 マルファスの表情は、冷ややかなものだった。

 彼にとっては、きっと、どうでもいいことなのだ。アヴァロンの進軍も、この兵庫地域における勢力争いも、どの〈殻〉が滅び、どの鬼級がアーサーに降伏するのかも、なにもかも。

 龍宮は、決して滅び去ることはない。

 なぜならば、守護神オロチが存在する限り、滅ぼすことなど不可能だからだ。

 アーサーとやらがどれだけ強力な鬼級であろうとも、竜級の足元にも及ばない。竜は、赤子の手を捻るよりも容易く、鬼を滅ぼす。

 オロチが目覚めれば、それだけで勝敗は決するのだ。

 そして、そのとき、人類生存圏は、どうなるか。

 致命的な損害を被り、滅びに瀕するに違いない。

『だから、警告に来たのだ』

 それこそ、オトヒメの博愛精神の表れといわんばかりに、マルファスは告げた。

 神威たち護法院の老人たちは、渋い顔をことさら渋くして、考え込んだ。アヴァロンの戦力は、恐府を遥かに上回るという。

 そんな極大戦力を相手に、戦団がなにをできるというのか。


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