第百十二話 無能者無双2
「おいおい、三位の連中が全滅しちゃったぞ」
「三位だもの」
「二位と三位にそこまでの差はないだろ」
「一位と二位にもね」
幻想空間上、未来河の土手に立ち並び、皆代幸多の試合の展開を見守っていた導士たちは、口々に言い合っていたが、誰もこの状況を予想していなかった。
誰もが皆代幸多の実力に疑問を持っていたし、彼が戦闘部に入ってきたことそのものを否定的な目で見ていた。
それはそうだろう。
戦闘部は戦団の花形部署だが、幻魔と戦うことが主任務である以上、もっとも戦死者の多い部署でもあるのだ。そんな部署に、幻魔との戦いにおいて足手纏いにしかならない魔法不能者を加えるなど、考えられないことだったし、信じられないことだ。言語道断だと公言するものもいる。
対抗戦優勝校の出場選手だったからという理由だけで、魔法不能者の戦闘部への加入は許すべきではない、と。
だが、そうした考えは、この八試合を経た結果、吹き飛んでいた。
少なくとも、一対一の戦闘において、皆代幸多は圧倒的に強いということは明白だった。
もしかしなくとも、自分も敵わないのではないか。
灯光級二位や一位の導士たちの脳裏にそのような考えが過ったとしても、不思議ではなかった。
「どいつもこいつも魔法不能者相手にだらしがねえ。おれが手本を見せてやろうじゃねえか」
そういって、次の相手に名乗りを上げたのは、千代田秀明だ。第七軍団に所属する灯光級一位の導士である彼は、瑠璃紺色の頭髪と撫子色の瞳が特徴的だった。均整の取れた肉体は、普段から鍛錬を怠っていないことを現している。
彼は河川敷に降り立つと、幸多と向かい合った。
「おれは第七軍団所属、灯光級一位の千代田秀明だ。言っておくが、いままでの連中のようにはいかねえぞ」
「よろしくお願いします!」
幸多は、千代田秀明と名乗った導士に対しても今まで通りお辞儀をして、構えを取った。千代田が舌打ちをする。
「始め!」
美由理の合図とともに、千代田秀明は、頭上に向かって大きく飛んだ。真っ直ぐに飛び込んできた幸多を眼下に捉え、ほくそ笑む。そして、彼の意識は霧散した。
幸多は、即座に空中に飛び上がるなり、拳を振り上げて千代田秀明の幻想体を貫き、崩壊させたのだが、あまりの呆気なさになんともいえない顔になりながら着地した。
飛んで躱されたところで、瞬時に追い着けばいいだけのことだ。
美由理は、九試合を終えてなおも余裕を見せ、まったくもって底を見せない幸多を見つめながら、肩を竦めた。
「……これでは埒が明かないな」
幸多の実力を測るための訓練が、幸多の圧倒的な力を披露するためだけのものになっている。そんなことにはなんの意味もなければ、価値もない。
必要なのは、幸多がどれほど戦えるのかということであり、そのためにはどうするべきか、と、美由理は考えた。
「次からは、二対一で戦ってもらいたいが、構わないか?」
美由理は、幸多にではなく、導士たちに尋ねた。幸多は河川敷で挑戦者の到来を待ち侘びており、退屈さえしているようだった。一方的な展開ばかりの試合そのものが退屈なのかもしれない。
「こっちは構いませんが、よろしいのですか?」
「ああ。もちろん、彼を倒したら、その二人の訓練に付き合ってやろう」
「よっしゃ!」
「言質、取りましたからね!」
美由理の提案に対し、導士たちが俄然やる気を出したのは、一対一に勝ち目を見いだせていなかったからだ。
ここまでの九試合、一度だって幸多が不利に陥った場面がなかった。
常に幸多が優勢であり、圧倒していた。
灯光級一位の導士ですら、手も足も出ないままに倒されてしまったのだ。
残された導士たちが尻込みするのも無理のない話だ。挑んだところで、倒される可能性は極めて高い。
そんな中、二対一で戦って勝っても褒美が貰えるとなれば、話は大きく変わってくるというものだ。
二対一ならば、一人が囮になっている間にもう一人が魔法を使うという戦法だって取れるだろう。
「どんな手を使ってもいい。彼を倒したまえ」
美由理は、むしろ、導士たちを鼓舞するように言った。
幸多の実力を測るには、彼らにこそ本気を出して戦ってもらうのが一番だ。
「次からは二対一だ。いいな」
「はい! 師匠!」
幸多は、一も二もなく頷くと、次の試合の相手が飛び降りてくるのを待った。土手の上での会話の内容は、幸多の耳にも届いていたのだ。
すぐさま、二人の導士が幸多の前方に降りてきた。
「第七軍団灯光級二位、猟師弦空だ。勝たせてもらう」
一人は、男。褐色の髪に薄紅色の目を持つ、幸多と同年代の導士だ。
「同じく灯光級二位、氷室雪奈よ。二対一だけど、手加減しないので、そのつもりで」
もう一人は、女。こちらも幸多と同年代に見える。菫色の頭髪と、際立った長身が特徴的な導士。
二人は、距離を取って、幸多と対峙していた。
「よろしくお願いします!」
幸多は、今まで通りにお辞儀をした。
二対一。
当然、さっきまでの一対一の戦いとは勝手が違うはずだ。
幸多は、相手がどちらか一人を犠牲にする戦い方をしてくるのではないかと予想した。幸多には二人同時に攻撃する手段がなく、どちらか一人が囮になって突っ込んでくれば、そちらに対応せざるを得なくなる。そして、幸多が対応している間に魔法を発動させ、攻撃すればいい。そうすれば、少なくとも一撃を叩き込むことくらいはできるはずだ。
(それが定石、かな)
二人が作戦を練っている暇はなかったが、目配せをしているところを見れば、なにかしら考えがあるのは間違いなかった。
二対一。
数の上では、幸多が不利だ。
「始め!」
美由理の合図を聞きながら、幸多は、相手の出方を見た。猟師弦空が幸多に向かってきた一方、氷室雪奈が大きく後ろに下がる素振りを見せる。
幸多は、瞬時に猟師弦空に飛びかかると、時間稼ぎのために向かってきた彼の頭を踏みつけにして、さらに跳躍した。その勢いのまま氷室雪奈へと殺到し、愕然とする彼女の胸を蹴りつけて転倒させ、喉を潰す。そして、猟師弦空に向き直って強襲した。
後は、今まで通りだった。
一人ずつ現実に回帰させていったのだ。
一人の魔法を封じ、透かさずもう一人を倒してしまえば、一対一の状況に持ち込むことができる。
これは、魔法士との多対一の状況に置ける基本戦術だ。ただでさえ魔法士のほうが有利なのに、数の上でも有利を取られると、ますます勝ち目がなくなるというものだ。であれば、速攻で数を減らすに限る。
魔法を使えない魔法士は、魔法不能者よりも役に立たない。
二対一の勝負は、その後も続いた。
灯光級二位、松波良一と南畝美帆という二人組は、幸多に同時に襲いかかることによって自分たちに有利な状況を作ろうとしたようだった。しかし、幸多の的確かつ強烈な反撃によって各個撃破と相成り、あえなく作戦は失敗に終わった。
続いて、灯光級二位、苫編大翔と鷹匠愛依の二人が幸多の相手となった。二人は、試合開始と同時に魔法の行使を試みたが、これも幸多の高速攻撃によって各個撃破され、終わってしまった。
幸多の速度に魔法の発動が追い着かないのだ。
幸多は、全身全霊でもってこの訓練に当たっている。伊佐那美由理という憧れの人の弟子になったのだ。師匠に認めてもらい、実力を知ってもらうためには、全ての力を出し切る決意と覚悟でなければならなかった。
そして、灯光級二位の藍屋聡士、農人心の組み合わせは、先程までの試合を経て、幸多対策を考案したようだった。
試合開始と同時に二人ともが幸多と距離を取ることにより、幸多が片方の相手をしている間にさらに距離を稼ぎ、魔法を発動するための時間をも稼ぐことにしたようだった。。
幸多は、まず、藍屋聡士を倒した。すぐさま農人心を探すと、そのときには彼女は遠く離れた場所、未来河の上空に浮かんでいた。
そして、農人心は、そこから幸多に向かって炎の矢を連射してきたのだが、幸多は、火矢の射線を見切り、大きく弧を描くようにして躱しながら農人心に迫った。農人心は、さらに高く飛ぶ。高度を上げれば、攻撃魔法を一方的に浴びせることが出来ると踏んだのだ。
しかし、幸多は、自慢の脚力で以て跳躍すると、一瞬にして農人心の懐に飛び込み、握り締めた拳でその胸を貫いた。




