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第千百二十一話 胎動(十)

「呆気ない。呆気なさすぎるぞ、人間よ」

 それは、槍が貫き、絶命させた人間を見据みすえて、告げた。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまクー・フーリン。

 アヴァロンの騎士王アーサーが円卓えんたくの騎士にして、魔槍まそうゲイボルグの使い手である彼は、王命おうめいによってサナトスとともに各地の工場を巡っていた。その最中、人間たちと遭遇したのである。

 ここは、南部。

 アヴァロンから遥か南方の領域であり、アーサー王が近い将来、進軍し、制圧する予定の地域だ。その道程にはいくつもの〈クリファ〉があるものの、そんなものは、アヴァロンの騎士軍からすれば障害にすらならない。

 並み居る鬼級幻魔など、アーサー王に御出馬ごしゅつば願うまでもないのだ。

 そして、雑兵ぞうひょう相手に円卓の騎士が出張るのも馬鹿馬鹿しいので、兵隊を必要とした。

 そうした兵隊の手配はサナトスに一任しているのだが、今回は、主君直々の命令によって彼が出向く羽目になっていた。王命とあらば、どのような些事でも全力を尽くさなければならない。

 たとえ相手が人間であれ、サナトスに危害を加えかねないものであれば、力の限りと尽くして、滅ぼす。

 ただ、それだけのことだ。

 サナトスは、そんなクー・フーリンを見て、やれやれとかぶりを振ったが。

「統魔!?」

「隊長!?」

「隊長っ!?」

「皆代……!?」

 人間たちが慌てふためく様を見れば、クー・フーリンの判断は正しかったといわざるを得ないだろう。

 あの六人の人間の中で、もっとも莫大な魔素質量まそしつりょうを誇っていたのが、クー・フーリンがいま殺した人間である。その人間がこの集団の中核を為しているのは、火を見るより明らかだ。

 魔法世界だ。

 魔素質量こそがすべての規準であり、唯一の正義であり、絶対の法なのだ。

 人間たちの間には、凄まじい速度で混乱と動揺が広がっている。中核にして最高戦力を失ったのだから、当然だろう。

 クー・フーリンは、右手を頭上に掲げた。すると、人間の胸に刺さっていた魔槍が消失、彼の手の内に出現した。漆黒にして異形の槍。全長三メートルの純然たる魔力の結晶であるそれは、クー・フーリンの象徴しょうちょうでもある。

「つぎは――」

「させるか、ぼけ」

 吐き捨てるような声が聞こえたときには、クー・フーリンの視界が激しく揺らいでいた。衝撃は、槍から手に伝わる。無意識の反応が、敵の斬撃を受け止めたのだ。

 敵は、光の剣を手にしていた。刀身から発する光と熱が、その全体像を掴ませなかった。輪郭りんかくすらもぼやけている。

 朝彦あさひこだ。

 朝彦は、統魔とうまがその旨を幻魔の槍に貫かれた瞬間、頭の中が真っ白になった。当然だ、と、他人事のように想う。統魔は、朝彦にとってこの上なく大事な後輩であり、可愛い弟弟子であり、大切な部下だった。戦団に入る前から周囲に期待され、将来を嘱望されていたのが統魔だ。そして、魔導院を飛び級かつ首席で卒業した彼は、入団初年度から圧倒的な活躍を見せたものだ。

 だから、なのか、孤立気味ではあった。

 そんな彼を放っておくことができなくて、声をかけた。打算も計算もなく、ただ、声をかけただけだ。

 それが、本当の意味での最初だ。

 朝彦と統魔の関係の始まりであり、今日まで一年と八ヶ月以上、様々なやりとりをしてきたものだ。

 そうした想い出の数々が、まるで走馬灯そうまとうのように過った。

 その事実が、許せなかった。

(まるで死んだみたいやんけ!)

 怒りが、朝彦を駆り立てる。地を蹴り、一足飛びに幻魔に斬りかかれば、幻魔の反応は無造作むぞうさながらも完璧だった。漆黒の槍が旋回し、剣を受け止める。超密度の魔素質量がぶつかり合い、火花を散らすこと、数度。朝彦は、陽炎の能力を発動させた。

紅鏡こうきょう

 刀身が真紅の閃光を発し、幻魔をも圧倒した。

 

 統魔が、倒れた。

 槍に胸を貫かれて。

 それがなにを意味するのか、その場にいただれもが瞬時に理解しながらも、脳が認識を拒んだ。混乱が起きた。動揺と、混沌。あるいは、叫喚きょうかん

 皆が皆、だれがなにを叫んでいるのか、なにを言い合っているのか、理解できたものなどいなかったのではないか。

 予期せぬ事態に、だれもが冷静さを欠いていた。

 ただ、叫び、喚いた。

 導衣どういが、統魔の生命状態を確認し、衛星拠点や戦団本部に報告する。その報告は、瞬時に同行中の隊員たちに伝えられ、波紋は、幾重いくえにも連なっていった。

 あざなが、つるぎが、叫んだ。

 統魔の名を、統魔のことを。

 統魔は、死んだ。

 それが目の前で起きた事実であり、否定しようのない現実だ。

 だが、ルナには到底受け入れることなどできるわけもなく、統魔の体を抱き締め、揺さぶり、声を掛け続けた。

 そんなことに意味はない。

 なぜならば、統魔の心臓は動いておらず、まったく反応しなかったからだ。見開かれたままの目は虚ろで、なにも見ていなかったし、握りしめられた手が握り返してくることはなかった。

 統魔が、死んだ。

「おおおおおっ!」

 獰猛な獣のようにえたのは、枝連しれんだ。激情が、魔素を通常の何倍にも増幅させ、魔力を膨張ぼうちょうさせる。巨大な炎の結界が急激に膨れ上がっていく様は、統魔の亡骸なきがらをなんとしても護ろうとするかのようだった。

 枝連の頬を伝う涙が、火影を跳ね返す。

 香織かおりは、無言だった。なにもいわず、飛んでいた。まさに電光そのものとなって製造工場を駆け巡り、卵形の機械を破壊していく。

 ここが幻魔製造工場で、鬼級幻魔たちの目的が工場の点検ならば、もっとも効果的な反撃は、工場の破壊だ。香織は、怒りに駆られながらも、だからこそ冷静に状況を分析し、破壊の限りを尽くしてく。

 頭の中では、統魔との思い出が無数に咲き乱れていた。親友の字が担当した、星央魔導院の後輩。どこか超然としていて、生意気だったことを覚えている。そこから統魔と仲良くなっていったのは、奇跡のような、必然のような、不思議な感覚だった。

 そして、彼を隊長と仰ぐ立場になるとは、想いもしていなかったものだが。

(たいちょ――)

 香織は、全身から電撃を発散し続ける。

「統魔、統魔、統魔、統魔……」

 ルナは、譫言うわごとのようにその名を呼び続けるだけだ。統魔の亡骸を抱きしめ、その手を握りしめても、反応などあろうはずもない。心臓は止まり、生命活動は停止した。もはや魔法でどうなるものでもないのだ。

 魔法は、死の前では無力だ。

 そして、ルナは、その無力さに打ちのめされていた。

 統魔が、死んだ。

 死んでしまった。

 失ってしまった。

 彼女の拠り所が。永遠に。

 しかし、星象現界せいしょうげんかい月女神ルナアルテミスは発動していた。彼女の意思とは関係なしにその全身が白銀の衣に包まれ、三日月状の光背こうはいが具現したのだ。そして三日月が勝手に動き出す。巨大化し、旋風を巻き起こしたのだ。

 星神力の暴風が、なにもかもを吹き飛ばしていく。


「ふむ」

 サナトスは、破壊の嵐が巻き起こっている有り様を見て、なんともいえない表情をした。

 せっかく手を入れたばかりの水魔製造工場すいませいぞうこうじょうが、これで跡形もなく吹き飛ばされるようなことがあれば、大問題も大問題だ。

 また一から作り直す必要がある。

 そして、そうした事態へと発展させたのは、クー・フーリンの判断に原因があるのだが、そんなことをアヴァロンのアーサーにいえるはずもない。いったところで、アーサーは聞くまい。

 故に、サナトスは、ただ、状況を見ていることしかできない。

 どうでもいい戦いの、どうでもいい結末を待つだけのことだ。

 すると、光刃こうじんが眼前に迫ってきた。

 それは巨大な三日月であり、超極大の魔素質量だった。。

「これは、これは……」

 サナトスは、軽く左手を掲げ、三日月を掴み取って見せた。手のひらに走る衝撃は、それが生半可な魔法などではないことを示している。魔晶体に亀裂が走るほどの威力。

 とても、人間業ではない。

(いや、そもそも)

 サナトスは、黙考する。

 魔天創世まてんそうせいによって滅び去ったはずの人類が、どういうわけか生き残っており、バビロンのリリスを撃滅、その地を我が物として掌握しょうあくしていた。

 リリスだけではない。

 アルゴス、タロス、イブリースといった鬼級幻魔が人間たちによって滅ぼされたことは、その支配域からも明らかだ。

 魔素質量も圧倒的に不足しているはずの人間如きが、鬼級幻魔を打倒しうるという時点で異常だ。

 ありえない。

 あってはならないことが、起きている。

 いままさに、目の前で。

 サナトスは、三日月を握り締めると、投げ返した。

 クー・フーリンと人間の激突は、まだ、続いている。

 本来ならば、人間など一秒とも持たないはずなのだが、クー・フーリンほどの鬼級を相手にこうまで食い下がっているところを見れば、考え直さざるを得まい。

 この時代に現れた人類は、滅び去った旧人類とは、根本からして作りが違うのではないか。


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