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第千百九話 幕が下りて(四)

 水穂みずほ市を襲った大規模幻魔災害の詳細が戦団から公表されると、央都おうと四市は無論のこと、ネノクニにも衝撃と動揺どうようが走った。

 央都の一部が、鬼級幻魔の侵攻を受けただけでなく、存亡の危機にさらされたといっても過言ではない事態だったのだ。

 双界そうかい全土を震撼しんかんさせるほどの大事件なのは、だれの目にも明らかだ。

 戦団史上、央都史上、いや、双界史上最大最悪の幻魔災害と認識されるのも当然だったし、各種報道機関がこの話題で持ちきりになるのもまた、道理というべきだろう。

 鬼級幻魔オトロシャの覚醒と侵攻。

 オトロシャは、央都にもっとも近く、もっとも強大な〈クリファ恐府きょうふ殻主かくしゅであるということは、双界住民ならばだれもが知っていることだ。常識といっていい。

 オトロシャがひらいた〈殻〉恐府は、葦原あしはら市の倍近い面積を誇り、その領土内には数え切れない量の幻魔が棲息せいそくしている。央都の総人口とは比べるべくもない。

 しかも、オトロシャは、三魔将さんましょうと総称する三体の鬼級幻魔を従えているのだが、それら一体一体が凶悪無比であることもまた、いうまでもないだろう。鬼級幻魔なのだ。その一体が双界に致命的な一撃を叩き込む可能性は、十二分に考えられた。

 鬼級とは、それほどまでに恐ろしい存在なのだ。

 三魔将の内の一体、妖魔将ようましょうオベロンは、戦団と協力関係を結んでいる。オベロンが戦団に提供した情報によれば、オトロシャはこの数十年、まったく姿を見せていないという話だった。

 三魔将に指示だけを飛ばすだけでなく、その指示も領土の維持に関する消極的なものばかりであり、故にオベロンは、昨今、多数の鬼級幻魔を撃破してきた人間に接触を持ったというのである。

 人間を、戦団を利用することで恐府を破壊し、オトロシャを滅ぼし、己が自由を取り戻すため、鬼級幻魔の本来在るべき姿に返り咲くために。

 オトロシャが発し、幸多こうたに記憶された言葉は、そんなオベロンの情報が虚言などではないことを裏付ける一方、オトロシャによってその行動を誘導されていたことも明らかとなった。

 オベロンは、信用に足るものか、どうか。

 戦団は、考え直さなければならない。

 それは、それとして。

 長らく眠りについていたオトロシャが突如として目覚め、水穂市に侵攻してきたのは、人間を管理下に置き、保護するためだと言い放っている。

 このオトロシャ侵攻は、戦団にとっても直視し、即座に対応しなければならない重大事であり、護法院ごほういんの老人たちは、長時間に渡って顔を突き合わせていた。

『水穂市の被害が微々《びび》たるもので済んだのは、幸運だったな』

 上庄諱かみしょういみなが会議場に表示された被害状況を睨みながら、いった。

 オトロシャ侵攻の前後、水穂市各所で、様々な問題が生じていた。

 まず、最大の問題というべきは、ユグドラシル・システムの機能不全だ。水穂市の都市機能が一時的に麻痺したことは、オトロシャの急接近を許し、その催眠魔法の発動をも許してしまった。そして、それによっていくつかの事故が起きているのだが、その規模は極めて小さい。

 死者は出ておらず、負傷者も数えるほどだ。

 そして、オトロシャの水穂基地への攻撃も、兵舎が破壊された程度で済んでいる。負傷者は、多数。だが、それも皆代みなしと幸多の判断が功を奏し、事なきを得た。

 負傷者は、全部で百人に満たない。

 水穂市全体に作用するほどの大規模魔法の発動を許しながらこの程度の被害で済んだのは、諱の言うとおり幸運以外のなにものでもあるまい。

『システムが万全であれば、オトロシャの水穂市到達すら許さなかった――とも言い切れませんからね』

「うむ」

 神威かむいは、眉間に皺を刻みながら、暗黒空間に浮かぶ仮面たちを見た。

 護法院の老人たちがこうして顔を突き合わせている間にも、双界全土に混乱と動揺が広がり続けていることだろう。

 ただでさえ、双界は、〈七悪しちあく〉という鬼級幻魔集団を内に抱えているのだ。

 〈七悪〉の不安を払拭するべく、戦団が直近の目標として掲げたのが恐府制圧であり、人類生存圏の拡大だった。

 その目標である恐府の王が、みずから、央都に乗り込んできた。そして、都市全体を一時的に制圧したのだから、市民が戦団の対応に不安を抱くのも無理からぬことだろう。

「オトロシャが長きに渡る眠りから目覚め、その真意が明らかとなった。我々は、決断に迫られている」

 神威は、告げた。

 オトロシャの真意、そして目的とは、人類を管理下に置くことである。

 それはオトロシャの発言内容をに受けるということだが、しかし、その行動を見ても、発言との乖離かいりは見受けられなかった。

 幻魔は、人類を敵視てきしするものだ。

 人間の持つ魔素まそを、人間の死によって生じる高純度の魔力を取り込むため、積極的に襲い、傷つけ、殺そうとするものなのだ。

 それなのに、オトロシャは、むしろ傷つけることを恐れるかのように街全体を催眠魔法で包み込んだ。悪夢を見せることで精神的に弱らせ、支配下に置こうとしたのである。

 それはつまり、オトロシャの言行が一致しているということにほかならない。

 無論、催眠魔法で支配した人間を完璧に管理するかは、わからない。

 幻魔なりのやり方で管理するとなれば、人間にとっては地獄のような世界が待ち受けているのではないか。それこそ、人間を家畜同然に扱う可能性も考えられたし、もっと苛烈で凄惨な管理方法も想像させた。

 なんといっても幻魔なのだ。

 人類の天敵たる幻魔が、人間の側に立ってくれるはずもない。

 当然、そんなものを受け入れられるはずもなければ、幻魔によって管理される未来など、拒絶する以外にはない。

「オトロシャみずからが乗り出してきたのだ。これから先、我々は、オトロシャ軍との、オトロシャとの戦いに備え、集中しなければならない。全力を賭し、オトロシャを滅ぼさなければ、人類に未来はないのだからな」

『では、恐府攻略がため、戦力を集中させてよいのだな?』

「うむ。ほかに道はない。恐府が攻撃に曝されれば、当然、オトロシャも対応せざるを得なくなる。もっとも恐れるべきは、オトロシャ単独による央都四市の制圧だ。故に、オトロシャを恐府内に釘付けにしておくべきだろう」

 神威の提案に、長老たちも大いに同意した。

 オトロシャが単独で水穂市に攻め込んでこられたのは、〈殻〉が盤石ばんじゃくだったからだ。

 恐府は、三魔将と大量の兵隊が鉄壁の護りを構築しており、近隣の〈殻〉の攻撃にもびくともしない。敵勢力が同時かつ一斉に攻撃してきたのであればまだしも、そうではないのであれば、脅威にすらなり得ない。

 恐府の戦力は、それほどまでに強大だ。

 故に、オトロシャが単独で動き回ることも可能だったというわけだ。

 では、どうすればオトロシャを恐府に釘付けすることができるのかといえば、〈殻〉の性質を考えれば自ずと答えは出てくる。〈殻〉とは、殻石クリファイトを核とする結界だ。そして、殻石とは、殻主たる鬼級幻魔の魔晶核しんぞうが変質したものなのだ。

 つまり、殻石が攻撃を受ける可能性が少しでもあれば、殻主は〈殻〉から離れることはできなくなるはずだ。

 ムスペルヘイムのスルトが、そうだった。

 殻石が窮地に曝された瞬間、眼の前の敵よりも殻石の守護を最優先したのだ。そして、殻石を守るため、配下の鬼級幻魔を配置するということもしていなかった。

 いくら殻印によって支配しているとはいえ、万が一の可能性を考えれば、他の鬼級幻魔に心臓を明け渡すことなど出来ないのだろう。

 そしてそれは、オトロシャほど強大な鬼級幻魔であっても、変わるまい。

 故に、オトロシャを恐府に釘付けすることそのものは、決して困難ではないはずだ。

 常に、鬼級幻魔を打倒しうる戦力を恐府内に留まらせるだけで、オトロシャが自由に飛び回ることはできなくなる――護法院は、そのように結論付けた。

 今後の方針が定まると、そのための戦力配分に関しても纏まった。

 つぎの議題は、鶴林つるばやしテラの口からもたらされた。

『彼のほうはどうしましょう?』

「彼?」

伊佐那一二三いざなひふみ導士のことですよ』

「ふむ……」

 神威は、殊更ことさら渋い顔になった。

 伊佐那一二三は、神威の体細胞たいさいぼうから生み出された神木神威複製体、その百二十三号である。様々な事情によって、魔法士として生まれながら、魔法の基礎すら学び始めたばかりの一二三がなぜ議題に上がったかといえば、彼が星象現界せいしょうげんかいに目覚めたからにほかならない。

 初歩的な魔法すらままならない見習い魔法士が星象現界の領域に到達するなど、あり得ることなのだろうか。

 あり得るのだろう。

 神威は直接その目で見ていないが、新野辺九乃一しのべくのいちと神木神流(かみる)が確認しているのだ。

 あのふたりが間違えることなど、ありえない。


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