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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
戦団の無能少年

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第百十話 訓練

 幸多こうたにとって、幻想空間への意識の転移は、もはや慣れたことといっても良かった。

 対抗戦部での日々の練習は、ほとんど全てが幻創機げんそうきを用い、幻想空間上で行われたからだ。毎日のように幻想空間に飛び込んでいたといっていい。そして、そのたびに精神的な疲労がとんでもないことになるくらいの猛練習を行ったことは、いまとなっては輝かしい青春の日々となり、その残光ざんこうが今もなお、幸多の脳裏に紅く焼き付いている。

 頭用装具による神経接続後、幻想空間に作られた仮初めの体、幻想体へと意識が投影されるまでの時間は、ほとんどなかった。

 瞬きくらいの暗転後、先程までの大部屋とは全く異なる景色が目の前に広がっている。

 葦原あしはら市の中心部戦団本部周辺の市街地を模しているということは、戦団本部がすぐ近くに聳えているということでわかった。

 近くには未来河みらいがわが流れていて、万世橋ばんせいばしも見えている。空は晴れ、風はない。太陽も見えないが、それは幻想空間であることを示すかのようだった。現実に似て非なる空間、それこそ幻想空間だ。

 建物が無数に建ち並んでいるが、いずれも、葦原市の建築法の高度制限に従ったものばかりである。戦団本部を含めて、だ。

 それら建物群は、この訓練において遮蔽物となり、障害物となるだろう。

 幸多は、自分の体を確認した。さっきまで見ていた自分自身の体そっくりだが、格好が違う。制服ではなく、漆黒の導衣どういを身につけていた。

 幻想空間で行う訓練は、大抵の場合、戦闘訓練なのだ。戦闘用の装備である導衣を身につけて行うのは当然だった。

 右前方には、導衣姿の伊佐那美由理いざなみゆりの姿がある。ただ立っているだけだというのに凜とした美しさ、気品を感じるのは、幸多が彼女の熱烈なファンだからだけではあるまい。美由理は、歴戦の猛者であり、英雄と呼ばれることもあるほどの人物だ。だれが見ても、その姿には、威風を感じずにはいられまい。

 実際、幸多と対峙するように居並ぶ総勢二十名の導士たちの大半が、美由理の威容に見惚れているかのようだったし、そんな星将せいしょうと訓練することのできる幸運に緊張と興奮に打ち震えているようでもあった。

 軍団長ともなれば多忙な身の上であり、部下たちの訓練に付き合ってやれる時間を捻出するのも難しいという。

 故にこそ、戦団は師弟制度を復活させた。

 軍団長ほどの実力者が、その魔法の技量を教え伝えないというのは、勿体ないことだからだ。

 魔法とは、受け継がれていくものだ。過去より現在へ、現在から未来へ。そうして連綿と受け継がれていくことによって、魔法は研ぎ澄まされ、磨き上げられていく。

 過去の魔法士よりも現在の魔法士のほうが遥かに優れているのは、そうした過去の蓄積が活かされているからであり、受け継ぎ、さらに鍛え上げていったからにほかならない。

 だからこそ、現在の最高峰の魔法士たちが、その優秀極まりない魔法の技術を伝授していくべきなのだが、しかし、軍団長たちは忙しく、部下を鍛えている暇というものがない。軍団長自身も鍛錬と研鑽けんさんを怠ってはいられないからだ。

 そんな多忙な軍団長のために設けられた師弟制度が、まさか魔法不能者たる幸多に用いられることになるとは、誰も想定していなかった事態だろうし、だからこそ、幸多は、導士たちの目線に複雑なものを感じずにはいられなかった。 

「全員、接続を終えたようだな」

 美由理が、一同を見回して、いった。その声は冷ややかで、凍てついているようですらあるのだが、しかし、それでこそ伊佐那美由理だと思わずにはいられないのが幸多だった。

 幸多と美由理以外の二十人の導士たちも、全員が全員、導衣に身を包んでいる。大抵は似たような形状の導衣だが、中には自分なりに変更を加えた導衣を身につけているものもいる。

 導衣は、導士自身の手で変更を加えることが出来るのだ。

 美由理の導衣も、幸多たちが身につけている第三世代導衣・流光りゅうこうを元にしているものの、大胆な変更が加えられていて、それが彼女によく似合っていた。

 導衣は、二層構造とよく言われる。体に密着しているような内衣ないいと、内衣の上から羽織るように身につける外衣がいいから成り立っているからだ。

 内衣は、柔軟性がありつつも極めて頑丈に出来ており、装着者の身体能力を補正する作りになっている、という。

 外衣は、人体の急所を護るための装甲部と魔法使いの長衣のような部分で成り立っており、特に胸の辺りや腰回りなどが頑強な装甲で護られている。装甲はいずれも魔法金属製である。

 導衣を身につけるだけで気が引き締まるような感覚がするのは、導士であるという自覚を持つからに違いない、と、幸多は考えていた。

 拳を握り締め、呼吸を整える。幻想体とはいえ、感覚としては現実の肉体となんら変わらない。幸多の肉体を完全に再現した幻想体には、一切の魔素が宿らず、故に魔力を練り上げ、魔法を使うことはできない。

 その点も、現実と何ら変わらない。

「知っているものも多いかもしれないが、彼は、皆代みなしろ幸多。昨日、入団式を終え、正式に第七軍団の一員となった。階級は当然、灯光とうこう級三位だ」

 美由理が幸多を示して、そのような説明を述べた。聞いている導士たちは、説明されるまでもないとでも言いたげな反応を見せている。

 幸多のことを知らない導士は、そうはいないだろう。

 衛星任務などについていて、情報を逐一確認できない状況ならともかく、戦団本部で訓練に勤しんでいられるような導士たちが、情報の更新を怠るとは考えにくい。たとえそういう導士がいたとしても、情報はちまたに溢れているし、なにより、導士仲間からも話を聞くに違いなかった。

 情報の共有は、とても大切なことだ。

 それに幸多は、対抗戦で優勝した結果、戦団に入ることになったのだ。

 それは、世間を騒がせる一大ニュースとして央都中を駆け巡ったものであり、そのことで天燎てんりょう高校が大騒ぎになったことは記憶に新しい。

 天燎校生が戦団に加入するというだけでも今までなかったことだというのに、魔法不能者が戦闘部に入るというのは、戦団の歴史上初めてのことだった。

 各種情報媒体がその話題を取り上げ、ネット中が騒然となっているという話は、幸多は、圭悟けいごたちから聞いたが、さもありなんと思うほかなかったし、気にしたところでどうなるものでもなかった。

 魔法不能者である以上、そのような反応が巻き起こるのは、わかりきっていたことだ。

 導士たちの怪訝けげんな目線や胡乱うろんげな表情も、理解のできるものだ。幸多が彼らの立場ならば、同じような反応をしたことだろう。

「そして、彼はわたしの弟子であり、今回、わたしは彼に訓練をつけようと思うのだが、そのためにも彼の実力を推し量りたいのだ」

 美由理がそのようにいえば、導士たちはざわついた。

「それで、わたしたちを利用しようと?」

「そういうことですか」

「皆代くんよりおれたちを鍛えたほうが有用だと思うんですけど……」

「だよね」

「うーん……」

 あからさまな落胆ぶりを隠さない導士たちだったが、そうした反応も幸多には想像がついていた。彼らは、美由理と訓練できると思ったからこそ、参加したのだ。それがどうやらそういうわけでもないらしい、となれば、肩を落とすのも無理からぬことだった。

 魔法不能者よりも魔法士を鍛えたほうがいい、という意見にも、一理ある。

(一理どころじゃないか)

 幸多は、内心、苦笑を禁じ得なかった。

「では、こういうのはどうだ。きみたちには、彼と一対一で戦ってもらう。そして、勝ったものには、わたしが直々に手解きしよう」

 美由理は、導士たちの反応を見てから、なのか、それとも元々考えていたことなのか、そんな風に提案した。すると、

「え!?」

「まじっすか!」

「それならやりますよ! やらせてください!」

「わたしは最初からやる気でしたけど」

「そうですよ、皆代くんを皆で鍛えてあげましょう!」

 導士たちは、俄然やる気を出した。目を輝かせ、拳を振り上げるものまでいる始末だった。その喜びっぷりたるや、誰もが幸多に打ち勝ち、美由理と訓練できることを前提にしたものに違いない。

「……わかりやすくて助かるよ」

 ぽつりと漏らした美由理の一言を幸多は聞き逃さなかった。 


「試合は、一対一で行ってもらう。戦い方は自由だ。なにを使っても、どんな魔法を用いてもいい。どちらかの幻想体が崩壊するまで続けてもらう。当然だが、幻想体が崩壊した側の負けだ」

 美由理は、高所に陣取ると、全員に聞こえるように説明した。彼女の立っている場所からは、戦場がよく見えた。

 場所を、未来河の河川敷に移している。

 幻想空間上に完璧に再現された河川敷に、幸多は、一人佇んでいた。美由理と二十人の導士たちは、土手に居並んでいる。

「では、一人目はだれか」

「はい!」

 美由理の問いかけに大声を上げた導士が、河川敷に飛び降りてくる。

「自分は、第七軍団灯光級三位、春日野隆重かすがのたかしげです。お手柔らかに」

 空色の髪の導士は、幸多と同年代の男だった。青鈍あおにび色の目が、幸多を見据みずえている。

 灯光級三位とは、戦団の階級における最下位である。つまり、今年入ったばかりの新人導士である可能性が高い。だとすれば幸多より三ヶ月ほど早く入団したということになるが、正確なことは何一つわからない。

「こちらこそ、お手柔らかに」

 幸多は、お辞儀をして、半身になって構えた。相手は、一人の魔法士だ。なにも気負う必要はない。普段通り、訓練通りにやればいい、と、幸多は考えていた。

 意識は、澄み渡っている。

 両者間の距離は、五メートルほど。白兵戦ならば遠すぎ、魔法戦ならば近すぎる、微妙な距離。

「始め!」

 美由理の号令とともに、幸多は、春日野隆重を間合いに捉えていた。

 一足飛びに飛び込んだのだ。



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