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第千百七話 幕が下りて(二)

 決勝戦直後、突如として幸多こうたが消えたという話を統魔とうまが知ったのは、試合が終わってからのことだ。

 圧倒的としか言いようのない皆代みなしろ小隊の勝利で幕を閉じた決勝戦だったが、統魔は、少しばかり消化不良というか、不完全燃焼とでもいうような感覚の中にいた。

 当然だろう。

 統魔の世代最強の魔法士だ。魔法技量は一級品であり、規格外の星象現界せいしょうげんかいの使い手でもある。それらを駆使くしし、全力を尽くせば、このような結果になるのは目に見えていた。

 だからといって、手を抜くのは、違う。 

 それは、新星乱舞に出場する導士たちに失礼だし、試合を見ているひとたちにも悪い。

 全身全霊、持ちうる限りの力を叩きつけるのが、新星乱舞の大舞台なのだ。

 そして、それによって皆代小隊が完全無欠としかいいようのない勝利を飾れば、だれもが彼らを賞賛しょうさんしてくれた。

 表彰式のため、総合訓練所から地下通路を通り、会場へと向かっている最中のことだ。

「相変わらずすごいな、きみは」

 そういって統魔に話しかけてきたのは、宇佐崎うさざきレオンだ。宇佐崎小隊は、皆代小隊と直接やりあっていないものの、注目していないわけもない。

 皆代小隊は、今大会もっとも注目を集めていた小隊であり、もっとも対策が練られた小隊だった。予選で当たらなくとも決勝に進出できれば、皆代小隊と戦うことになるのだ。皆代小隊を、皆代統魔を出し抜くための方法、戦術を考えるのは、道理だった。

「でしょ!」

 統魔の腕に自分の腕を絡めながら、ルナが誇らしげにいう。

 そんなルナの子供じみた反応が面白くて、レオンは笑ってしまった。

「ああ、本当にすごいよ」

 なにがすごいのか、言葉にするのも馬鹿馬鹿しいくらいだ、と、レオンは思う。

 星象現界の有無が戦闘能力の差に直結しているのだが、それだけではない。星象現界を使わずとも、魔法技量に絶大な差を感じるのだ。

 統魔率いる皆代小隊は、全員が、世代最高峰の魔法士だ。

 六甲枝連ろっこうしれん防型ぼうけい魔法は金城鉄壁きんじょうてっぺきの如くであり、新野辺香織しのべかおり高御座剣たかみくらつるぎ攻型こうけい魔法は、威力、精度、範囲、いずれもが高水準だ。補手ほしゅとしての上庄字かみしょうあざなの能力は、図抜けている。

 そして、いわずもがなの星象現界の使い手たち。

 皆代統魔と本荘ほんじょうルナのふたりは、それだけで戦局を左右するに違いない。

 仮にふたりで出場したとしても、圧勝で終わったのではないか。

 そんなレオンの思索しさくは、隊員たちに引っ張られたことで打ち切られた。

「また、話をしよう」

「ええ、また」

 統魔は、レオンと約束すると、隊員たちに引き摺られていくように離れていく彼の姿に苦笑した。

 そして、そのとき、真星しんせい小隊の三人を視界に収めたのであり、統魔は、足を止めた。ルナがきょとんとし、その背に香織が鼻をぶつけた。

「どったの?」

「なに!? ルナっち!?」

「かおりんこそ、なに?」

「急に止まるから、鼻、潰れた!」

「それ、元からじゃない?」

「はい!?」

「冗談だって、そんな怖い顔しない」

「た・か・み・く・ら・つ・る・ぎいいいい!」

「怖すぎなんだけど-!」

「なにやってんだ、あいつら」

 香織と剣が地下通路内を爆走し始めたのを見て、枝連が首を傾げた。

「で、統魔はどうしたの?」

「いないな」

「うん?」

「幸多だよ」

 統魔にいわれて初めて、ルナは、真星小隊が三人しかいないことに気づいた。

 地下通路は、決して狭くはない。

 大の大人が五人、横に並んで歩けるほどの道幅であり、天井までの高さは四メートルほど。本部棟直下の深層区画とは異なり真っ暗ではなく、天井照明の青白い光が通路全体を照らし出していた。

 床も壁も天井も、全て魔法合金製だ。ほとんど利用されることがないからなのか、傷ひとつ、埃一つ見当たらなければ、磨き上げられているようにも見えた。

 そんな通路を新星乱舞に参加した十二小隊が、ばらばらに歩いている。

 先頭を行くのは、岩岡いわおか小隊と加納かのう小隊であり、互いに一歩も譲らぬといわんばかりに競い合っている。予選での因縁が、そのような事態に繋がったようだが。

 そして、白馬はくば隊、ラッキークローバー、銀星ぎんせい小隊、草薙くさなぎ小隊、フルカラーズ、竜胆りんどう小隊の順番に並んでおり、つぎに皆代小隊、式守しきもり小隊、宇佐崎小隊という感じだ。

 そして、最後尾を歩いているのが真星小隊の三人、伊佐那義一いざなぎいち九十九真白つくもましろ、九十九黒乃(くろの)なのだ。

 どうにも所在しょざいなげな様子は、隊長不在だからなのだろうが、なぜ、不在なのか。

 統魔には、それが疑問でならなかった。

 だから立ち止まり、三人が近づいてくるのを待ったというわけだ。

「……表彰、されないよな?」

「されないと思うけど……」

「決勝戦には残ったけれど、結果も内容もそこまでよくはないからね。ぼくが審査員なら、なんの賞もあげないかな」

「それ、辛口審査だろ」

「当然の結論だよ」

 義一が、真白たちとの他愛のない会話を止めたのは、進行方向で立ち止まり、こちらを見ている人物に気づいたからだ。

 皆代統魔だ。

 ついでに本荘ルナも、義一たちを見て、小首を傾げている。

「幸多は、どうした?」

「いきなりそれかよ」

「ほかになんて声をかけるんだ?」

「決勝戦の健闘をたたえるとかさ」

「そんなの、おれからされて嬉しいのか?」

「いーや、全っ然、嬉しくないね!」

「だろ」

「なんなの?」

 質問を投げかけた統魔に対し、即座に噛みついてきたのもそうだが、徹底して敵愾心てきがいしんを隠そうとしない真白の様子には、ルナは困惑しかなかった。

 真白自身、なぜ、このような反応をしてしまったのか、わからずにいる。しかし、無意識に口を突いて出てしまう言葉は、止めようがない。思わず黒乃が真白を後ろに引っ張ったのは、このままだとさらなる暴言を吐きそうだという認識があったからだ。

「で、幸多は?」

 九十九兄弟がなにやら言い合いを始めるのを横目に見つつ、統魔は、義一に質問を投げかけた。

 すると、義一は、想定外のことをいってきた。

「隊長は、消えました」


 義一からの説明は、端的だった。

 決勝戦で、幸多は統魔に撃破され、現実世界に回帰するはずだった。

 しかし、幸多はむしろ姿を消してしまったのだという。

 現実世界に帰ってくるのではなく、幻想空間に入り込んでしまったのだろう、と、義一たちは結論づけた。

 幸多の持つ特異な力が発現したのだ。

 そしてそれは、義一たちではどうすることもできないし、上層部に報告し、判断を仰ぐしかない。

 故に、真星小隊は隊長不在のまま表彰式を終えたのであり、統魔は、そのことをずっと考えていた。

 幸多は、どこへ消えたのか。

 幸多は、なぜ、そのような異能を持つのか。

 その能力の正体は、なんなのか。

 情報子じょうほうしとやらが関係しているのは間違いなさそうだが、それがいったいなんなのか、皆目見当もつかない。

 想像を巡らせながら本部棟を出ると、人混みの中から物凄い勢いで駆け寄ってくる人影があった。思わず身構えたが、すぐに解く。

「統魔くうううん!」

 大声を上げながら統魔を抱き寄せたのは、珠恵たまえである。

 見れば、奏恵かなえ望実のぞみの姿もあった。

 母とその姉妹が観客席にいるということは、知っていた。特別招待券を手配したのだ。それも、統魔と幸多の二人ほぼ同時に、だ。

 もちろん、特別招待券は一人に二枚もいらないため、統魔の分だけで三人とも招待することとなった。

 幸多は、余った分の招待券で学友たちを招待することにしたようだ。

 それは、いい。

「たま姉、相変わらずだね」

「このひとが、珠恵さん?」

「あー……そういや、ルナはまだ逢ったことがなかったよな。そうだよ、このぶっとんでるのが長沢ながさわ珠恵、通称たま姉」

「どこがぶっとんでるのー?」

 統魔を力強く抱き締めたまま、信じられないといわんばかりの表情をする珠恵を軽く小突こづいたのは、奏恵だ。

「全部でしょ」

「ええええええ!?」

「あなたが、本荘ルナさん、いえ、ルナ様と呼んだほうがいいかしらね。わたしは長沢望実。統魔くんと幸多くんからは、のー姉と呼んで貰っているけれど、好きに呼んで貰って構わないわ」

「わたしも、好きに呼んでください! のー姉様!」

「むむむむむ……」

 さらりと自己紹介を済ませた上、自分だけ良い感じに持っていく姉の姿を目の当たりにして、珠恵は、多少なりとも危機感を覚えずにはいられなかった。

 もっとも、そんなことは、統魔たち皆代小隊の優勝を祝福するという気分の前には、どうでもいいことではあったのだが。


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