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第百九話 師弟

 午後は、新人導士(どうし)各人が所属する軍団に別れて、新人研修を行うこととなっていた。

 幸多こうたは、第七軍団の氷の城のような兵舎に向かい、その道中でまことたちと別れた。

「またな」

 真は、そういって第十軍団の兵舎に向かっていった。

 炎の如く聳え立つ兵舎は、遠目にもはっきりと見えたし、目立っていた。

 第七軍団兵舎も目立ちすぎといっていいくらいには目立っているのだが。

 兵舎に入り、真っ直ぐ軍団長執務室に向かう。道順は覚えている。というより、複雑な作りをしていないこともあって、迷うことがなかった。

 ただ直進すればいい。

 突き当たりの部屋が、軍団長執務室である。

 扉の前に立ち、呼吸を整える。大きく深く息を吸い込んで、肺の中の空気を入れ換えるような意識を持つ。さっきまでより緊張しているのが、わかる。この扉の先には伊佐那美由理いざなみゆりがいて、幸多を待っているのだ。

 その事実を考えるだけで、緊張感は最高潮に至る。

 この間の入団式の際にも逢ったばかりだが、だからといってすぐさま慣れるわけもない。

 緊張を解きほぐす方法もなく、ただただ強張っていく体に抗うようにして、扉をノックしようとした。が、幸多の拳は空振りして、その勢いのまま、室内に足を踏み入れてしまう。

「どうした?」

 部屋の奥から声が聞こえてきて、幸多は、顔を上げた。崩れた姿勢のまま、目だけで美由理を見遣る。彼女は執務机に座っていて、端末が出力したのだろう幻板げんばんと睨み合っていた。その姿だけでも凍てつくように美しいといえる。

「あ、いや、勝手に入ってしまって、すみません」

「扉を開けたのはわたしだよ」

「へ?」

「きみが中々入ってくる気配がないものだから、開けたのだ」

 美由理は、事も無げに言い放つ。

 それはつまり、魔法による遠隔操作でもって扉を開いたということだ。自動扉ではない以上、そういうことになる。

 幸多は、姿勢を正し、後ろ手に扉を閉めた。余計な手間を掛けさせてしまった、という感覚があった。

「随分と緊張しているようだが、気楽にしたまえ。なにもきみをこれから地獄に突き落とそうというわけじゃない」

 美由理が幻板を霧散させると、端末を終了させ、席から立ち上がった。長い髪が揺れる様すら、絵になった。

 美由理の青い瞳がこちらを見た。

「ただ、これから地獄を見ることにはなるかもしれないが」

 氷のような瞳が、幸多の意識を貫くようだった。


「新人導士の扱いは、軍団によって様々だ。戦闘部には十二の軍団があり、それら十二軍団は、長たる星将せいしょうの考え方や性格によって、大きく異なる気風、性質を持つ。やり方も違えば、教え方、考え方も違う。兵舎もだ」

 美由理が、幸多を先導しながら説明してくれたのは、場所を移動する必要があったからだ。

 戦団本部敷地内、中央に聳える本部棟の周囲を大きく囲むようにして並び立つ十二兵舎。そのひとつひとつ大きく異なる外観は、それこそ、十二軍団の異なる性格を色濃く反映しているようにも見える。

「新人導士をいきなり実戦に投入する軍団もあれば、慎重に扱う軍団もある。第七軍団の場合は、そうだな。おそらく前者だ」

「おそらく……ですか」

「例外もあるということだよ」

 そして、その例外とは、まず間違いなく自分のことだ、と、幸多は想った。

 美由理に連れられて幸多が向かっているのは、戦団本部内にある総合訓練所だった。

 総合訓練所は、その名の通り、総合的な訓練を行うことのできる施設であり、設備だ。戦団技術局がその技術の粋を結集して作り上げられたものであるといい、常に最新の設備が揃えられていることでも知られている。

 敷地内の南東部に位置する白亜の建物、それが総合訓練所だが、外観からは訓練施設とは思えなかった。病院とか研究施設の風情がある。

 地上三階、地下三階という戦団本部でも指折りの大型施設だが、それは数多くの導士が同時に利用する可能性を考慮してのことだろう。

「今日はまず、きみの実力を見せてもらおうと思っている。それから、きみの今後について、考えさせて欲しい」

「はい」

 幸多には、美由理の考えに従うだけだった。

 総合訓練所の硝子張りの玄関を通り抜け、受付に向かえば、そこら中にいた導士たちの視線が一気に集まった。

 もちろん、伊佐那美由理に、だ。

 戦団最高峰の魔法士まほうしである伊佐那美由理が訓練所を訪れること、それ自体は別段珍しいことではない。ほかの星将も同じだ。誰であれ、魔法の技を磨こうというのであれば、訓練所を利用するしかないのだ。

 星将ほどの魔法士ならばなおさらだ。

 現実世界で魔法の訓練をしようものなら、多大な被害をもたらしかねない。どれだけ注意していようとも、魔法の余波だけで周囲に害が及ぶ。故に、誰であれ、総合訓練所を利用するしかない。

 つまり、星将が受付にいることなど、戦団の導士たちにとって見慣れた光景であるはずなのだ。

 とはいえ、星将であり、人気も高い伊佐那美由理と訓練所で居合わせたならば、俄然注目し、興奮するのもわからなくはなかった。

 場合によっては、手合わせして貰えるかもしれない。そのように考える導士がいたとしてもおかしくはなかったし、実際、何人かはそう考えたようだった。しかし、すぐに美由理の後ろにいる新人導士の存在に気づき、諦めた。

 美由理が弟子を取ったという話は、既に戦団中に知れ渡っている。

 それも魔法不能者の皆代みなしろ幸多だということも、だ。

 師匠を持たない導士たちの中には、美由理に弟子入りしたいと想っていたものも少なくなく、実際に志願し、断られたものも多い。だというのに、対抗戦に優勝したというだけで美由理の弟子になれた幸多に対するまなざしは厳しく、冷たいものが多かった。

 幸多は、妙な居心地の悪さを感じずにはいられなかったし、それが魔法士たちの魔法不能者に対する一般的な反応なのか、と想ったりもした。

 玄関広間には、導士が十数名、それぞれ様々な場所から美由理と幸多の様子を窺っている。そうするうちに玄関広間にぞろぞろと人が集まってきて、その数が倍以上に膨れ上がったものだから、幸多は呆然とした。

 訓練中だった導士たちが、美由理が受付に現れたと知り、急いで駆けつけたのだろうが、それにしても集まりすぎではないか、と、考えそうになって、思い直す。

(まあ、ぼくでもそうするか……)

 幸多は、伊佐那美由理の後ろ姿の美しさに目を奪われながら、そう結論する。

 美由理は、受付前で足を止めていた。

 彼女は、自分たちを注目している傍観者たちを見回しているようであり、その意図は、幸多にはわからなかった。

 美由理が、突如、口を開いた。

「だれか、手が空いているものはいるか? 訓練に付き合って欲しいのだが」

 そうした美由理の呼びかけは、傍観者たちに向けてのものであったが、それが伝わるまで数秒の間を要した。だれもが自分たちに向けられた言葉とは考えられなかったのだ。

「はいはいはーい!」

「おれ、がら空きです!」

「わたしも!」

「おれならいくらでもお使いください!」

 美由理の呼びかけに応じたのは、若い導士たちだった。胸元の星印を見れば、階級の低さがわかる。いずれも灯光級であり、高くても灯光級一位だ。

 だからこそ訓練に明け暮れているのだろう、と、幸多は考える。

 少しでも強くなって、戦団に貢献したい、あるいはみずからの階級を上げたい、と考えるのは、導士として当然の欲求なのだろう。

「ありがとう、諸君。では、いま名乗りを上げたものたちは、ここに必要事項を記入したまえ」

 美由理は、そういって、受付の端末を示した。端末上に浮かぶ幻板には、訓練室の利用者の名前を記入する空欄があり、そのうち二つが既に埋まっている。

 伊佐那美由理、皆代幸多と記されているのだ。

 美由理が指し示すと、導士たちは我先にと受付に駆け寄り、受付員が困惑するほどの勢いでもって空欄が埋まっていった。

 結果、総勢二十二名が、美由理との訓練への参加表明を行った。

 その参加者表を見るなり、複数種の訓練室の中から大部屋を選択する美由理の顔は満足げだった。

 

 総合訓練所には、大小無数の訓練室がある。

 戦団技術局が開発した最新式の幻想空間創造機構・神影しんえいは、一機で最大百人の幻想体を同時に出力可能であり、それらを同一の幻想空間上に存在させることができるという点で革新的といえた。

 レイラインネットワークを利用せず、他の機器による補助を必要としないという点において、神影の性能は他の追随を許さない。

 とはいえ、総合訓練所内には百人用の部屋などはない。いくらなんでも場所を取り過ぎるからだ。

 百人同時に訓練を行いたいのであれば、同じ幻想空間に転送されればいいのだから、部屋はどこでもよかった。

 大部屋が有るのは、ある程度の人数ならば、同じ部屋で転送措置を行ったほうがなにかと都合が良かったし、便利だからだ。

 というわけで、美由理は大部屋を取った。

 地下一階の大部屋には、三十台の寝台が並べられており、中心に幻創機げんそうき・神影の親機が設置されていた。各寝台には神影の子機が備え付けられ、頭用装具が置かれている。

 そして、幻創機の操作は、技術局から派遣されている技師が行うことになっており、この大部屋には女性技士がついていた。

「各人、好きな場所を選ぶといい。皆代幸多、きみはここに」

 美由理は、幸多の寝台を自分の寝台の右隣に指定した。

「は、はい」

 幸多は、言われるまま寝台に向かい、寝転がった。

 美由理が技師とともに幻創機の設定を変更していく様を見遣りながら、頭用装具を装着する。神経接続を行い、幻想空間に飛ぶために。

 二十人の参加者たちも次々と寝台を選び、それぞれに頭用装具をつけていった。

 最後に、美由理が幸多の隣の寝台に辿り着く。

「では、きみの実力を見せてくれたまえ」

 美由理は、幸多を一瞥して、そういった。

 ああ、と、幸多は確信を持った。

 この二十人と戦うのは、美由理ではなく、幸多なのだ、と。



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