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第千九十八話 夢の根源、悪夢の基点

 息を、く。

 爆煙ばくえんもろともに凍り付いた視界に動くものは見当たらず、多少の余裕をもって律像りつぞうを練り上げることができている。

 だが、安心はできない。

 これは、現実世界ではない。

 なんといっても、月黄泉つくよみが全く効力を発揮していないのだ。

 妖級以下の幻魔は無論のこと、鬼級幻魔すらもその支配から逃れる術はなく、凍りついた時の牢獄に囚えることができたというのにだ。

 現実的にありえない状況。

 起こりえない事象じしょう

 夢。

 それも悪い夢だ。

 美由理にとって都合の悪い出来事ばかりが起こっている。

 そんな夢を、何度も、数え切れないほど何度も見せられている。

(何十回、何百回、何千回、いや、もっとか)

 なにものかが夢を見せている。

 いわゆる一種の精神魔法なのだろうが、とてつもない精度であり、威力なのはいうまでもない。

 美由理みゆりたちが新星乱舞しんせいらんぶに熱中している最中に仕組まれ、仕掛けられた罠であり、精神攻撃。

 だが、美由理は、星将せいしょうだ。

 戦団最高峰の魔法士にして、導士の中の導士。卓越たくえつした魔法技量の持ち主であり、精神制御技術もまたずば抜けている。

 そういう自負がある。

 故に、この悪夢を悪夢と認識し、打開策を考えることができるのだ。

 まともに精神制御ができていなければ、す術もなく悪夢に飲まれ、心に痛撃を受けたことだろう。そしてそれは、肉体にも強い影響を及ぼすものであり、まさに致命的な結果に終わったに違いなかった。

 氷壁の向こう側で、マモンが動き始めた。

 星神力せいしんりょくによる氷結も、悪夢の中ではわずかばかりの時間稼ぎにしかならない。

(わかりきっていたこと)

 これは、悪夢。

 美由理が想像する最悪の事態ばかりが襲いかかってくる世界。

 だが、精神魔法ならば、催眠魔法ならば、どこかに突破口があるはずだ。

 魔法なのだ。

 魔法は、想像力の産物。

 想像力には、根源となるものが必要だ。そして、精神魔法の場合は、その根源となるものこそが弱点となり、突破口になり得る。

 それは、精神魔法の基点と呼ばれるものであり、美由理は、基点探しに意識を割いた。意識の外を破壊音が迫ってくる。

 とめどない破壊音の連鎖は、マモンの機械仕掛けの触手が氷壁を掘削し、こちらに迫ってきていることを示していた。

御明察ごめいさつ。この悪夢の世界において、きみは無力だ。宇宙そのものを支配する月黄泉も、ぼくには通用しない。恐ろしいだろう?」

 マモンは、美由理に微笑を向けてきていた。少年染みた姿をした、機械仕掛けの悪魔。

 その姿は、あのときのままだ。

 大社山頂遊園地たいしゃさんちょうゆうえんちにおいて、幸多こうた砂部愛理いさべあいりの前に現れたときの――。

陸百弐式改ろっぴゃくにしきかい轟氷礫ごうひょうれき

 美由理は、氷壁を貫き、眼前に現れた触手に対し、無数の氷の礫を放つことで対抗した。大量の氷礫が凄まじい渦を巻き、殺到さっとうしてくる触手を打ちのめし、氷壁ごと破壊し尽くす。

 破壊の嵐が巻き起こり、つぎの瞬間には膨大な冷気が爆煙となって吹き荒んだ。そして、

「だから、意味がないんだって」

「どうだか」

 美由理の拳が、マモンの胸を貫いている。

 爆煙が吹き荒れた一瞬に詰め寄り、星神力を集中させて殴りつけたのだ。

 マモンの魔晶核ましょうかくがどこにあるのかは、わからない。だが、美由理の想像が具現した存在ならば、その想像通りの場所にこそ、魔晶核が存在しているはずだ。

 事実、美由理の右こぶしは、魔晶核に触れていた。打ちつけ、粉砕する。マモンの顔が、美由理を見てわらっていた。

 悪辣あくらつな笑み。

 記憶が、喚起かんきされそうになる。

 かぶりを振り、意識を集中させた美由理は、マモンの姿が消滅するのを見届けた。それと同時に空間が歪み、景色が変化していく。

「やはりな」

 美由理は、壊滅状態だった水穂みずほ基地とその周辺が元通りに戻っていく様を見て、確信した。

 マモンが、精神魔法の基点だったのだ。

 美由理が受けているこれは、対象の精神に直接攻撃する類の精神魔法だ。しかも、精神を疲弊ひへいさせ、消耗しょうもうさせた上で、支配し、掌握するためのものだろう。

 だが、美由理ほどの魔法士の精神を完全に支配、掌握しようというのであれば、とてつもなく強力な基点が必要となるはずであり、それが精神世界に具現するのは道理だった。

 だから、美由理は、マモンの撃破に全力を尽くした。

 結果、悪夢は崩壊を始めた。

 混沌に飲まれていた世界が、秩序に満ちていく様は、美しく、爽快だ。

 しかし。

「駄目だよ」

 聞き慣れた声が、美由理の耳朶じだに刺さる。

 そして気がつくと、美由理は地に伏していた。

「なっ――」

 赤黒い地面が目の前にあって、死臭ししゅう鼻腔びくうを満たした。それがなんなのか、瞬時に理解する。大量の死が染みこんだ魔界の大地。空白地帯のいずれかか、あるいは、〈クリファ〉の中。

(基点は潰したはずだ。ならばこれはいったい……)

「ひとつは、ね。でも、あなたにとって本当に恐ろしいのは、マモンなんかじゃないよね」

 砂部愛理の声が、頭上から降ってくる。

 美由理は、おもむろに体を起こそうとして、全身に力が入らないことに気づいた。体中が痺れているかのようだった。力を込めようとすると、そのたびに電流が走って脱力した。

 激痛に、うめく。

 呼吸すらままならなかった。

 どうにか視線だけでも声の方向に向ければ、傾いた視界の片隅に少女の足が入り込んだ。それだけでわかった。大社山頂遊園地のときの砂部愛理が、そこにいるのだ。

 そして、彼女の隣には、美由理もよく知る人物が立っていた。

「マモンなんかじゃ、あなたの心が折れることはない。だって、お兄ちゃんがいるもの。絶対にお兄ちゃんが助けてくれるって、わかっているんだもの。そんなもの、恐怖の象徴しょうちょうであっても、恐怖の根源にはなりえないよね」

 美由理は、歯噛みして、それを睨む。

 砂部愛理の姿をした、基点。

 だが、本当の基点は、彼女ではない。

 彼女の隣に立つ少年こそが、この精神魔法の基点なのだ。

 基点。

 この悪夢の、恐怖の根源。

「あなたが本当に恐ろしいのは――」

(わたしが本当に恐れているのは――)

 美由理は、全身全霊の力を込めて、体を起こした。瞬時に飛び退き、攻撃をかわす。

 攻撃。

 皆代幸多みなしろこうたが、剣を振り下ろしていた。二十二式両刃剣にじゅうにしきりょうじんけん斬魔さんま。幻魔を斬り伏せるための武器が、いま、美由理の精神を切り裂くために振るわれている。

 目が合った。

 褐色の瞳に宿るのは、明白な殺意。真っ直ぐに美由理を見つめ、射貫いぬくかのようだ。その意志力の強さは、現実の幸多と寸分も違わない。

 美由理の想像通りだ。

(だが……だとすれば)

 美由理は、幸多が闘衣とういすら纏っていないことを認めた。

 この悪夢における彼は、完全無欠にして絶対無敵の存在なのだ。

 勝ち目など、あろうはずがない。


「いやはや。最初からわかりきっていたこととはいえ、その通りになるとやはりつまらないものだね?  名は体を表すとはよくいったもので、まさに彼は、魔法を統べるもののようだ」

 だれとはなしに話しかけたものの、反応が全くなかったことに気づき、彼は、眉根を寄せた。

「部外者だからって黙殺するのはどうかと思うよ。なんといっておm,ぼくたちは、共犯者なんだからさ」

 やはり、無言。

 沈黙こそが解答といわんばかりであり、彼は、嘆息とともに頭を振った。

 この深層領域に潜む精霊たちが、彼に並々ならぬ敵愾心てきがいしんを持っているのはわかりきっていることだ。排除がために全力を尽くしてきたとしても、不思議ではない。

 だが、それはなかった。

 だからこそ、不思議なのだ。

 ふと、新星乱舞の会場を映す魔法の窓から深層領域に視線を戻した彼が目の当たりにしたのは、精霊ひとりいない光景だった。

「……なるほど」

 サタンは、そこでようやく状況の変化に気づいた。

 事態が、動いている。

 世界そのものが、鳴動めいどうしているのだ。

 この深層領域に降り注いでいた情報子じょうほうしの雨が、いまや天に向かって昇っていく光景は、神秘そのものといって過言ではあるまい。

 だが、その神秘的な光景は、受け入れがたいものだ。

「ひとがせっかく抑制したというのに、また活性化させるというのは、どういう了見りょうけんなんだか」

 サタンは、しかし、事情を理解しているからこそ、それ以上はなにもいわなかった。

 皆代奏恵みなしろかなえによって精霊と名付けられた皆代幸多の化身たちは、皆代幸多のために死力を尽くすのだ。

 それが、彼らの存在意義なのだから。


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