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第千九十五話 暴走

 真星しんせい小隊の控え室がちょっとした混乱に陥ったのは、決勝戦が皆代みなしろ小隊の勝利で幕を閉じた直後のことだった。

 義一ぎいち真白ましろ黒乃くろのの三人は、ルナの攻撃によって撃破され、幸多より一足先に現実世界に舞い戻っていた。相手が相手だ。勝ち残ることが限りなく困難だということは、わかりきっていたのだ。

 ルナに歯が立たなかったのは、彼女が星象現界せいしょうげんかいを使っていたからであり、統魔とうま星霊せいれいを従えていたからだ。

 つまり、実力差がはっきりと見て取れたということであり、だからなのか、悔しさはあまりなかった。

 ただ、孤軍奮闘こぐんふんとうする幸多は、全力で応援した。当然のことながら、幸多が勝利するとは思ってはいなかったが。

 いくら幸多が逆境に強く、魔法士まほうしをも圧倒する身体能力の持ち主であっても、星象現界の使い手二名を相手に勝利を掴み取れると考えるのは、あまりにも愚かだ。

 現実を見ていない夢想家ならばまだしも、導士たる義一たちがそのような妄想にすがるはずもない。

 冷静に、冷徹に、冷厳に。

 皆代小隊の勝利は、もはや揺らぎようのないものだとだれもが確信していた。

 実況の二屋一郎ふたやいちろうも、解説の朱雀院火留多すざくいんかるたも、ただひとり生き残った幸多を激賞げきしょうしてはいたものの、戦況を覆せるなどとは全く想像していないような口振りだったし、それが正しい判断というものだろう。

 あらゆる可能性を想定しなければならないのが実況解説なのだろうが、そのふたりがどれだけ想像力を働かせても、幸多の勝利の糸口を掴めないのが現実なのだ。

 幻想空間という夢の世界に描き出された絶望的な現実。

 幸多は、諦めていなかったようだが。

 最後まで懸命けんめいに戦い抜き、そして、敗れ去った。

 幸多の幻想体が崩壊する瞬間、義一たちは、皆代小隊に勝てなかったことに対する悔しさや不甲斐なさを感じるのではなく、むしろ、最後まで隊長が生き残ってくれたことに感謝さえしたい気分だった。

 だから、三人揃って幸多の寝台に向かったのだが。

「隊長、気を落とさないといいけど……」

「そんなこと、あるわけないだろ」

「そうだね。隊長が一番よく理解してると思うよ」

 寝台に仰臥ぎょうがする幸多を見守りながら三人が考えるのは、決勝戦の結果を受けた幸多の反応である。

 幸多は、決勝戦も勝つつもりで挑んでいた。いや、それはむしろ、真星小隊の全員がそうだったはずだ。皆代小隊が共通の敵であり、三小隊の攻撃が集中するのであれば、そこに勝利の可能性を見出すことはできた。

 その一点にのみ、勝利を求めた結果がこのザマなのだから、どうしようもないが。

 幸多は、統魔の兄弟だ。血は繋がっていないが、幼い頃からずっと一緒で、統魔の魔法の訓練によく付き合っていたという。そして、統魔の魔法士としての素養、才能に圧倒されたのだ、と、よく語っていた。

 だから、統魔が同世代最高峰の魔法士として、超新星として、燦然さんぜんたる光を放つ様に喜びさえ覚えるのだ、と。

 そんな幸多だ。

 直接戦闘して敗れたというのであれば、むしろ、清々《すがすが》しくも誇らしい顔をするのではないか――そう義一たちが考えていた矢先だった。

 突如、幸多の全身から青白い燐光りんこうが発散されたかと思うと、粒子状に変化し、神経接続器に吸い込まれるようにして消えてしまった。

「なっ――!?」

 三人が三人、あまりの出来事に絶句し、頭の中が真っ白になったのは、当然としか言い様がなかっただろう。

 幸多の異能いのうだ。


「統魔様、さすがだったなー」

「幸多もよく食い下がったんだけどなあ」

「本当、すごかったよね、最後の皆代くん」

「後少しのところまで行けたように思いましたが」

「だよな!」

「うんうん!」

 などと盛り上がり、幸多を称賛するのは、圭悟けいごたちだ。

 皆、幸多の戦いぶりをその目に焼き付けていて、興奮していた。なんといっても最後の最後まで生き残り、食い下がったのだ。

 あの幸多が、だ。

 魔法士だらけの戦場で、ただひとり魔法不能者の幸多が、皆代小隊以外で最後まで生き残ったのだ。

 それだけでも興奮するには十分だった。だが、

「いや、それは贔屓目ひいきめに見過ぎだな」

 冷や水を浴びせるように口を開いたのは、法子ほうこだ。

「確かに皆代幸多はよくやった。だが、あの状況で皆代統魔に勝てる見込みは、皆無かいむだった。絶無ぜつむといっていい。食い下がったとすら、いえん」

「法子ちゃん、いくらなんでも言い過ぎよ」

「事実だろう」

「いくら事実でも……」

「む……」

 まったく悪びれる様子もない法子の反応を受けて、亨梧きょうご怜治れいじは顔を見合わせた。

 法子が、幸多のことを極めて高く評価していることを知っているからだ。

 魔法不能者でありながら、魔法士を相手に善戦するどころか、圧倒するほどの力を持っているのだ、と、よくいっていたものだ。

 だからこそ、法子は、このような結末に不服があるのかもしれない。

 終始、皆代統魔が圧倒していたのは、だれの目にも明らかだ。

 幸多がどれだけ食い下がろうにも、勝ち目は見当たらなかった。

 それが、法子には悔しいのではないか。

 そんな風に亨梧たちが考えていると、会場に変化が起きた。

 舞台の中心部が開閉したかと思うと、立派な表彰台がせり上がってきたのだ。

 そこへ、流星少女隊りゅうせいしょうじょたいの四人が舞い降りていく。

「それでは、第十三回新星乱舞、各賞の発表を始めます!」

 天空地明日花てんくうじあすかの凛とした声が会場中に響き渡れば、観客たちが拍手や声援で反応する。

 一二三ひふみは、そんな光景をどこか俯瞰ふかんするような感覚でもって、眺めていた。

「前評判通りの結果か」

「つまらないかい?」

「そんなことはまったくないですよ。幸多が勝てるとは思ってもいなかったし」

「案外、冷静だね?」

「ぼくは魔法士になろうとしている最中で、魔法技量の高さとか、そういったことは全然わかりませんが、星象現界の使い手ふたりを相手に幸多が勝てるわけがないことくらいは理解しているつもりです」

「うん。まあ、そうだね」

 義流ぎりゅうのどこか歯切れの悪い反応を受けて、一二三は、小首を傾げた。義流からすれば、窮極幻想計画きゅうきょくげんそうけいかくの結晶であるF型兵装(エフがたへいそう)が、星象現界に全く通用しなかったのが残念だからなのかもしれない。

 窮極幻想計画は、究極的には竜級幻魔すらも撃滅する兵器の開発を目指しているのだ、という。

 となれば、星象現界にも通用しなければならないのは、いうまでもない。

 一二三がそんな風に考えていると、不意に脳裏のうりをなにかがよぎった。

「え?」

 閃光のように駆け抜けたそれがなんなのか、一二三にはまるで理解できなかったが、同時に全身が熱を帯び、体温が急激に上昇していくのはわかった。思わず立ち上がると、義流がぎょっとした。

「一二三くん?」

 見るからに異様だった。

 体中から汗を拭きだし始めた一二三の周囲に律像りつぞうが浮かび上がったのだ。無数の幾何学模様が織り成す、魔法の設計図。複雑かつ精緻な紋様の数々が急速に組み上がっていく様は、尋常のものではない。

 周囲の観客が一二三の行動に驚き、声を上げたのは無理からぬことだろう。

「一二三!」

 義流は、叫んだが、義弟おとうとからの反応がなかったため、すぐさまその体を抱え上げて観客席から離脱しようとした。その間にも一二三の律像は変化していく。無数に、無限に、まるで暴走しているかのように。

(暴走……暴走か!)

 義流は、内心舌打ちしながら観客席をかき分け、出入り口を駆け抜けた。通路に至ってもなお、一二三の暴走は止まらない。

 一二三は、魔法を基礎から習い始めたばかりだ。

 これほどまでに複雑な律像を組み上げられるわけもなければ、この状況で魔法を使う理由もない。

 暴走。

 義流の脳裏を過ったその言葉こそが、核心を突いているのではないか。

 一二三は、神木神威こうぎかむい複製計画によって誕生した存在だ。

 竜眼りゅうがんの複製こそ人類にとっての希望になるという生命真理研究所せいめいしんりけんきゅうじょの主張そのものは、決して間違いとは言い切れまい。確かに竜眼を複製し、制御できるのであれば、それだけで人類は幻魔を殲滅できるだろう。

 だが、神木神威複製計画は、失敗に失敗を重ねた。

 一二三が、唯一の成功体なのだ。しかも、竜眼の暴走によって肉体の大半を失い、脳だけが生かされ続けていた。

 いまや人造身体を得て、普通の人間と変わらない生活を送っている彼だが、そのすべてが完璧に明かされたわけではない。

 解析不可能な奇跡の産物。

 その暴走がなにをもたらすのか、想像もつかない。

 いま、義流にできることといえば、ただひとつだけだ。

「なにも起こってくれるなよ!」

 律像を紡ぎ、真言しんごんを唱える。

 イリア直伝の空間転移魔法である。


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