第千九十四話 勝利と敗北と
新星乱舞決勝戦は、大方の予想通り、皆代小隊の勝利で幕を閉じた。
印象としては、圧勝にして完勝なのだが、実際には隊員二人を失っているということもあり、完璧な勝利には程遠いだろう。
とはいえ、勝利は勝利である。
選りすぐられた若手導士たちが集い、しのぎを削り合う新星乱舞の頂点に立つということは、それだけでもとてつもなく素晴らしいことなのだ。
しかし、幻想空間から現実世界へと回帰した統魔は、勝利の余韻に浸れずにいた。
幸多のことばかり、考えている。
一方、統魔の部下たちもまた、勝利の余韻に浸るというよりは、反省会を開いている。
「たいちょの想定よりは苦戦したかにゃ?」
「まあ、わたしが落とされましたから」
「四天招来だったか。式守小隊の合性魔法が、それだけ強力だったということだな」
「事前に調べられるだけ調べていたとはいえ、想像以上の強度でした。まさか、星装を打ち破られるだなんて」
「星象現界に匹敵するだけの力を発揮した、ということだよね?」
「そうなるにゃあ」
「それって、とんでもないことだよね」
「うむ。つまり、式守小隊もまた、戦団にとって欠かせない戦力ということでもあるな」
枝連たちが見ているのは、幻板に流れている決勝戦の編集映像である。
そこでは、いままさに式守小隊が合性魔法を発動し、字と激闘を繰り広げているところだった。星装を纏った字を貫く式守春花の拳に込められた魔素質量たるや、やはり星象現界に匹敵するのだろう。でなければ、星装を撃ち抜くことなどできまい。
爆発的に膨れ上がる魔力の渦が、映像を掻き乱し、天地を震撼させるかのようだった。
統魔の隣に座り、彼の横顔を見ていたルナは、意を決して話しかけた。
「統魔は、反省点はなさそうね?」
「……そうだな。あるとすれば、全員生存の完全勝利を達成できなかったことだが……こればかりは仕方がないだろ。どうしたところで、ほかの三小隊がおれたちに攻撃を集中させるに決まってたんだからな」
だから、枝連が身を挺して統魔たちを護り、星象現界を完成させるだけの時間を稼いだのだ。そして、枝連のその行動によって、皆代小隊は勝利を掴み取ることができたのである。
いくら統魔とルナが星象現界を使えるとはいっても、発動する前に攻撃されれば、落とされる可能性はいくらでもあったのだ。
だからこそ、式守小隊も草薙小隊も、真星小隊すらも、速攻を仕掛けてきた。
真っ先に統魔を落とす――それだけが唯一の勝ち筋だと、だれもが認識していたからだ。
故に、統魔が生き残れば、他小隊に勝ち目はなくなる。
事実、皆代小隊は勝利し、新星乱舞は幕を閉じた。
「れんれんが盾になってくれたおかげだよー」
「うんうん、いっつも頼りになります、ぼくらの防手!」
「さすがとしか言いようがありませんよ、本当に」
「それが防手の役割だからな」
枝連は、香織と剣、字に賞賛されて、まんざらでもないといった表情を覗かせた。
統魔もそんな隊員たちの様子にようやく笑顔を見せ、ルナはほっとした。
そうしている内に、呼び出しがあった。
優勝した小隊は、会場で表彰されるからだ。
「すみません。おれがもっと上手く魔法を使えていれば……」
真の何度目かの謝罪を受けて、草薙小隊の隊員たちは、顔を見合わせた。
村雨紗耶も羽張四郎も布津吉行も、決勝戦で敗れた原因が真にあるなどと思ったことは一度たりとも、一瞬たりともなかった。
彼が謝る理由など、あろうはずがないのだ。
なにせ、草薙小隊が新星乱舞に参加できたのも、予選を突破できたのも、全て、真のおかげなのだから。
「なぜ謝るんです?」
「そうですよ。隊長、なにも間違ったことなんてしていないじゃないですか」
「全力を尽くした結果がこれならば、全く悪くないっすよ」
隊員たちの反応は、真が想像していたものよりも余程柔らかく、穏やかで、そして理性的だ。
そういう点でも、対抗戦部とはまるで違うのだが、当たり前と言えば当たり前だろう。
真が暴君の如く君臨し、全てが彼の機嫌に左右されていた対抗戦部と、心を改め、人々のため、戦団のために尽くそうとするようになった真の小隊では、纏う空気感からして異なるはずだ。
この居心地の良さは、真にとって素直に喜ばしいものなのだが、だからこそ、と、考えてしまう。
星象現界をもっと使いこなせるようになっていれば。
もっと早く星象現界を体得していれば。
星象現界を制御するための訓練に時間を割くことができていれば。
やはり、真の脳裏を埋め尽くすのは、星象現界に関する後悔ばかりだ。
星象現界が、勝敗を分けた。
真の星象現界・天叢雲剣は、確かに強力無比だった。皆代統魔の星象現界・万神殿の星霊を、一刀の元に切り捨てることができたのだ。
皆代統魔を星装ごと両断することだって、不可能ではなかったのではないか。
そして、皆代統魔さえ撃破できていれば、草薙小隊が優勝する可能性も大いにあったはずだ。
そう考えれば、やはりどうしたところで己の未熟さに帰結してしまうのだ。
どれだけ部下たちが真の戦いぶりを賞賛してくれようとも、彼だけは、それを認められなかった。
もっと、もっと、と、思ってしまうのだ。
それが魔法士の本能なのだろう。
春花は、天井を見ていた。
天井に仕組まれた照明器具は、独特な青白い光を発し、室内全体を柔らかく包み込んでいる。鎮静効果をもたらす天井照明の光だ。真っ直ぐに見つめていても目が疲れることもなければ、眩しく感じることもない。
むしろ、冷静になれると評判だから、戦団関連施設で天井を仰ぎ見る導士は少なくなかったりする。
「負けちゃったねー」
「負けちゃったな-」
無念そうな冬芽と秋葉の声が、室内に反響する。二人して子供のように寝台の上でじたばたしているのが、音からわかる。
「まあ、決勝に進出できただけでも十分だと思うけど」
とは、夏樹。
彼は、大きく伸びをすると、未だ寝台に仰臥したままの姉のことが心配になり、歩み寄った。顔を覗き込むと、春花は、真っ直ぐに天井を見つめていて、その真剣な表情にぎょっとした。
「姉さん?」
「うん?」
春花は、夏樹の顔が視界に入り込んできたことに疑問を抱いた。そして、自分が考え事に熱中していたことに気づかされ、目をぱちくりとする。
「ごめんごめん、考え事してたわ」
「考え事って……敗因?」
「それもあるけど」
ゆっくりと上体を起こしながら、春花はいった。
「あの皆代小隊に勝つ方法はなかったのかって、ね」
「あるわけないよー!」
春花の苦笑を真っ向から否定してきたのは、冬芽だ。見れば、寝台の上で秋葉と取っ組み合いをして絡まり合っている。
いつもの光景だ。
「最強無敵の統魔様だよ!? 勝てるわけないよー!」
「そういう風に考えてるから負けたんだろ!」
「なんでよー! 秋くんなら統魔様に勝てるの!?」
「勝てないけど!」
「ほらー!」
言い合いながら寝台の上でもつれ合う双子の様子を見て、春花は、夏樹と目線を交わした。
式守姉弟の和やかな空気は、あの双子がもたらしているところが大きい。ふたりが、いつだって、どんな状況であっても、相も変わらぬ調子を見せてくれているから、心配性で不安症な春花も、そんな姉を支えなければならないという使命感に駆られる夏樹も、心穏やかでいられるのだ。
「……勝てなかったか」
「その意見は、否定しようがないかな」
春花も夏樹も、冬芽の意見に反論しようもなく、笑い合うしかなかった。