第千九十三話 幸多と統魔(三)
二十二式狙撃銃・閃電改。
撃式武器の中でも特に長い射程を誇り、攻型魔法に匹敵する超長距離狙撃を可能とする武器だ。
その蒼黒くそして長い銃身を構える幸多の姿は、まさに歴戦の猛者を想起させるほどに様になっており、統魔は、彼がこの半年余りでとてつもなく成長したのだと実感した。
幸多は、半年前までただの一般市民に過ぎなかった。
一般市民にしてはとてつもない身体能力を持ち、その力だけで獣級幻魔を撃滅していたが、それはそれだ。結局、一般市民は一般市民に過ぎず、日夜幻魔と戦い続けている導士とは、比較するべきではない。
導士と一般市民の間に横たわる戦闘経験の差は、埋めがたいものだ。
一年以上早く導士になり、戦場に身を置いてきた統魔からすれば、当時の幸多のそれは、やはり歴戦の猛者たる導士たちには敵いようのないものだった。
もちろん、統魔は、幸多を信じていた。
幸多ならば、導士になれるだろうし、導士として実績を積み上げていけるに違いないと確信していた。
見てきたからだ。
子供のころからずっと、幸多のことを見てきた。
(いまも、そうだな)
統魔は、にやりとする。
幸多が、一切の躊躇なく引き金を引いた。閃光と発砲音。銃口から発射された弾丸が、一瞬にして大気を引き裂き、統魔の元へと到達する。
だが、届かない。
ゆらりと掲げた右手の直前、星神力の力場が生じ、弾丸を容易く受け止めたからだ。
統魔は右手を握り締め、弾丸を掴み取った。そして、おもむろに投げ返す。
すると、統魔の手から放たれた弾丸は、一条の光芒となって虚空を駆け抜け、幸多に突き刺さった――かに見えたが、爆砕したのは閃電改だけだ。
幸多は、遥か前方に飛び出し、加速していた。縮地改による全速力でもって、統魔との間合いを詰める。
距離は遠い。
狙撃銃に頼らなければならなかった距離を埋めようというのだ。
無理難題にも程があったが、しかし、遠距離戦闘では統魔に分がある。
(最初からわかりきったこと!)
幸多は、胸中で叫び、統魔が軽く右手を掲げるのを見ていた。手の先に光が収斂したかと思えば、瞬時に発散し、無数の光弾が天へ昇る。つぎの瞬間、光の雨が幸多を襲った。
超広範囲同時爆撃。
「撃光雨」
「遅れていうなよ!」
幸多は、鎧套が粉々に打ち砕かれていくのを認めつつ、叫んだ。叫び、飛び出す。二十二式展開型大盾・防塞改を頭上に召喚し、無数に展開することで屋根を作り、魔法の雨を凌ぐ。鎧套を銃王弐式から武神弐式へと換装し、縮地改ではなく、脚力だけで跳躍する。
武神弐式によって引き上げられた身体能力は、幸多の体を超高速で遥か前方へと飛び立たせ、光の豪雨を抜けた。
武神弐式の装甲が穴だらけになるが、構わない。
ようやく、統魔を戦闘距離に捉えることに成功したのだから、それでいい。
(まだ遠いし、数も多い……けど!)
間合いは、中距離。
そして統魔は、ひとりではない。その周囲には、何体もの星霊が浮かんでいる。戦力差は、圧倒的。勝ち目などあろうはずもない。
仮に幸多が統魔を撃破できたとして、それで勝利になるわけではないのだ。
真星小隊は、幸多を残して壊滅してしまった。
一方、皆代小隊には統魔とルナがいる。
どちらか一方を倒しただけでは、意味がない。
(それでも)
幸多は、統魔が動くのを認めて、左に飛んだ。光弾が幸多の立っていた場所を大きく抉り取り、ついでの様に爆発する。衝撃波が幸多を襲い、吹き飛ばす。その先に星霊が待ち受けていた。そして、大鎌を振り下ろしてくる。
(クロノス!)
つい先日、統魔が新たに発現したという星霊の内の一体だ。
全十五体の星霊を同時に具象し、制御できるようになったというのだから、統魔の成長は、留まるところを知らない。
三種統合型という時点で、規格外の星象現界といわれているというのに、さらに進化するというのだから、だれもが呆気に取られるのも無理のない話だ。
ただ、幸多は、統魔ならばそれくらいできてもなんの不思議もないと思ったものだが。
「斬魔!」
召喚言語とともに手の内に出現した二十二式両刃剣を振り抜き、大鎌を受け止める。だが、大鎌の切っ先が光を帯び、斬魔改の刀身を容易く切り裂いてしまった。幸多は咄嗟に星霊を蹴りつけ、飛び離れる。
そこへ、超高熱の光芒が降ってきて、クロノスごと周囲の地面を灼き尽くした。
幸多は、運良く破壊範囲から逃れていた。
が、安堵している場合ではない。
別の星霊が、周囲から迫っていた。
ヘラ、アテナ、アレス、テミス――四体もの星霊が幸多一人に殺到してきているのだ。それら一体一体が妖級幻魔すら比較にならない力を持っているのは、いうまでもない。
星象現界なのだ。
鬼級幻魔への数少ない対抗手段にして、人類の切り札。
(それが、星象現界)
そして、そんなものを相手に、ただの人間がまともに戦えるはずもない。
わかりきっていたことだ。
最初から、理解していた。
勝ち目のない戦いだった。
だが、しかし、そんなことで諦められるほど、幸多は大人ではない。
歯噛みして、跳躍する。
「悪手だぞ」
統魔の助言に、幸多は微笑した。確かに魔法の使えない幸多が空中に逃げるのは、悪手以外のなにものでもない。相手は、四体の星霊。
(いや、六体か)
クロノスとヒューペリオンが合流し、一対六の状況になっていた。
統魔は、高みの見物だ。
幸多がどうやってこの苦境を乗り越えるのか、お手並み拝見しようとでもいうかのように。
この絶体絶命の窮地を突破できると信じているとでもいわんばかりに。
だから、幸多は、諦められない。
自分のことを信じてくれているひとがいるのだ。
あの統魔が、自分を信じている。
それだけで、力が沸いた。
地上から五体の星霊が迫ってくれば、上空からはヒューペリオンが熱光線を降り注がせてくる。上下からの挟み撃ち。
「結界!」
幸多が唱えたのは、防塞の召喚式。
数百枚の防塞が幸多の全周囲に出現し、同時に展開すると、魔法合金製の結界が完成する。それが星霊と熱光線の挟撃を受け止めれば、大爆砕が巻き起こった。
星霊たちをも吹き飛ばすほどの大爆発。
統魔は、爆光の中から飛び出してくる幸多を見逃さなかったし、爆発によって生じた衝撃波に乗って飛来してくる様は、凄まじいとしか思えなかった。
鎧套も闘衣もずたぼろになり、満身創痍といった有り様で、それでも目から生気は失われていない。いや、むしろ爛々《らんらん》と輝き、勝機すら見出しているような、そんな表情。
鬼気迫るとはまさにこのことであり、統魔は、一瞬、たじろいでしまった自分に呆れる。
幸多は、星霊による一斉攻撃を凌いだだけだ。
それも、自分が死ぬかもしれない賭けに勝っただけのことなのだ。
そして、そんなもので統魔に勝てるはずもない。
「そうだろ、幸多」
爆風に乗って飛来してきた幸多に対し、統魔は、冷ややかに告げた。そこには彼なりの讃辞があったのだが、幸多に届いたのか、どうか。
統魔が軽く伸ばした拳が幸多の顔面を貫いたのだ。幸多の幻想体は、音もなく崩壊する。
その瞬間、皆代小隊の優勝が決まった。
そして、会場からの万雷の拍手と声援が幻想空間内に飛び込んできたのだが、そんな中にあって、統魔は、憮然としていた。
「勝った-! 勝ったよ、勝ったあああああああ!」
歓声にも負けないくらいの大声を上げながら統魔に飛びついてきたのは、もちろん、ルナである。彼女にとって新星乱舞は、夢のような舞台だ。いや、いままさに夢の中にいるのではないかと思ってしまう。
幻想空間は、夢の世界だ。
だから、一刻も早く現実世界に回帰したいと思うのだが、ふと、統魔の表情が気になった。
どこか不機嫌そうに見えたからだ。
「どったの? 嬉しくないの?」
「……あいつ」
「ん?」
「おれを見ていなかった」
統魔の脳裏に浮かぶのは、決着の瞬間の幸多であり、その眼差しだった。
確かに真っ直ぐこちらを向いていたはずなのに、しかし、統魔は、幸多の意思を感じられなかったのだ。
きっと彼は、なにか、別の物を見ていた。