第千九十話 予兆、あるいは
『手に汗握る展開の連続! これが決勝! これぞ決勝! 新星乱舞の最後を飾る決勝戦に相応しい激戦ですね!』
『はい。草薙小隊も、式守小隊も、真星小隊も、そして皆代小隊も、いずれの小隊もそれぞれの持ち味を生かした戦いぶりを見せてくれていますね。本当に素晴らしく、わたくしの語彙力では表現しきれません』
二屋一郎と朱雀院火留多の実況解説は、ほとんど聞こえていなかった。
まさに息を呑む展開が続いていたからだったし、圭悟たちが全力で応援している幸多率いる真星小隊が苦境に立たされているからというのもあるだろう。
「皆代小隊だけなんかずるくね?」
「あんな強力な魔法を使いまくるのは、どうかと思うぜ、実際」
「実力差がありすぎるな」
「そんなことをいったら真星小隊だって、ね」
「うむ。実力がありすぎるな」
雷智の意見に大きく頷きながら、法子は、いった。
法子の目から見れば、魔法技量において他を圧倒しているのが、皆代統魔だ。統魔に次ぐ魔法技量の持ち主は本荘ルナであり、この二人が揃った皆代小隊が、他小隊を圧倒するのは自明の理というほかなかった。
決勝戦に進出した時点で、皆代小隊の勝利は決まったようなものだ――そんな声が周囲の観客から聞こえてくるのも納得するばかりだ。
もちろん、真星小隊を応援していないわけではないし、幸多には一矢報いて欲しいと思うのだが、そう上手くいくわけもない。
統魔とルナがどうやらとてつもない魔法を発動し、それによって戦力差がさらに開ききってしまったようなのだ。
圭悟たちは、ただ、祈るように戦場を見ていた。
幸多は、真星小隊でただひとり生き残っている。いや、皆代小隊以外でただひとり、だ
そして、皆代小隊は、統魔とルナの二名が生存していて、戦力差は絶望的であり、絶対的である。
勝ち目は、限りなく低い。
「幸多……」
ぽつりと、一二三は、彼の名を口にした。戦場の彼は、たったひとりで統魔に挑もうとしている。再び銃王弐式を身に纏い、狙撃銃を構える彼の姿は、勇壮だが、悲壮でもあった。
真星小隊は壊滅していて、幸多は孤独な戦いを強いられている。
しかも相手はあの統魔なのだ。
幸多の兄弟にして、世代最強の魔法士。
規格外の星象現界の使い手。
「ああっ、もうっ、どっちを応援したらいいのっ!?」
珠恵が悲鳴を上げるのは道理としかいいようのない状況だったし、それは望実や奏恵もまったく同じ気持ちだった。
三姉妹にとって、幸多も統魔も最愛の家族なのだ。
統魔とは血の繋がりはないが、そんなことはなんの関係もなかった。統魔の人生の半分以上が皆代家の人間としてのものであり、奏恵が幸多と同じだけか、あるいはそれ以上の愛情を注いできたことも知っているのだ。
幸多には、無意識に愛情を注ぐ。
それこそ、無償にして無量の愛を。
だからこそ、統魔には意識的に愛情を注ぐのであり、結果的に幸多以上のものとなるのも致し方のないことだ。
子供の頃、幸多が良く不満顔を見せたのも、わからなくはない。
しかし、最初のうちは、そうして意識付けなければならなかったのも事実であり、そうした努力がやがて本当の家族へと結実していったのだ。
そして、いまは。
「どちらも応援するだけじゃない」
「そうね。その通りね」
奏恵の言葉に、望実は静かに頷いた。
幸多も統魔も最愛の家族ならば、どちらが勝っても同じことだ。
勝負事ならば、勝者がいれば、敗者もいる。
決勝戦に勝ち進むことができた時点で上出来ではないか。
いや、そもそも、新星乱舞に出場できただけでもこの上なく素晴らしいことなのだから、胸を張ってくれていい。
もちろん、幸多も統魔も、そんなことで満足できるような人間ではないのだが。
若く、熱く、向上心の塊であるふたりの性格については、三姉妹はほかのだれよりもよく知っているのだ。
だからこそ、ただ、ふたりの戦いの決着を固唾を呑んで見守るしかない。
「惜しいな」
神威のその一言がだれに向けられたものなのか、麒麟には、考えるまでもなく理解できた。
「実に惜しい」
神威が、新星乱舞決勝戦の中継映像を食い入るように見るのは、別段、珍しいことではない。毎年、新星乱舞の全試合に目を通すのが、彼の数少ない楽しみなのであり、それを邪魔するものは誰であれ許されることではなかった。
麒麟は、だからこそ、今日のこの時間に総長執務室に訪れたのだ。
神威が人間でいられる時間といってもいい
「皆代導士ですか」
「それだとどちらかわからんな」
「そうですね」
神威の軽口に口元を綻ばせながら、麒麟は、幻板を見た。戦場では、皆代幸多が皆代統魔を狙撃しているところだ。
統魔の反応は、鈍い。
直撃を受けても、痛痒すら覚えていないといわんばかりだ。
「皆代輝士は、実に有望で、有用だ。イリアくんが窮極幻想計画の要と言及しただけのことはわる。身体能力を含めた戦闘能力も高く、実績もある。だが」
神威は、幸多と統魔の戦いを見つめながら、言葉を飲み込んだ。
それ以上口にするのは、まだ早い。
そう考えていた矢先だった。
神威と麒麟の耳朶に予期せぬ言葉が突き刺さった。
『総長閣下、水穂市との通信が途絶しました。状況不明。ご指示を』
冷淡にも聞こえる声は、情報局長・上庄諱のものであり、だからこそ、神威も麒麟も冷静さを失わずに済んだのだろう。だが、疑問は膨れ上がる。混乱にも等しい。
「なんだと?」
「いったい、どういうことなのです?」
『それが不明だから困っているのです。こちらとしても全力を上げて調査していますが、現状判明しているのは、水穂市との情報通信ができなくなっているということだけです』
「システムの不具合か?」
『ほかに考えようがないでしょう』
通信に割り込んできたのは、王塚カイリである。
『ノルン・シリーズとユグドラシル・ユニットとの再統合は、なんの問題もなく成功しました。今現在、央都四市を取り巻く情報通信網は、ユグドラシル・システムによって制御されています。よって、システムのなんらかに不具合が生じれば、このような問題も起きましょう』
「まるで織り込み済みだといわんばかりだな」
『いったはずです。システムの再統合には問題がつきものだと。それでも強行したのは、護法院であり、戦団最高会議の意向があればこそ。まあ、わたしとしても、早急な再統合に異論などあろうはずもなかったわけですが』
「ふむ……それで、どのような問題が起きているのかね?」
『現在、障害発生箇所の特定に全力を上げています。特定次第、復旧作業に入りますが、現状では目処も立っていません』
「システムによって成り立っているのが央都だ。一刻も早く復旧して貰わなければ、大惨事になりかねない。それは、きみもわかっているはずだな? 王塚室長」
『もちろんです』
いわれるまでもないといわんばかりの王塚カイリの反応に、神威は、渋い顔になるのを自覚した。
王塚カイリは、ユグドラシル・ユニットの入手以来、人が変わったようだと評判だった。
技術創造センターにおいてユグドラシル・システムへの再統合の陣頭指揮を執っていたのが、王塚カイリであり、まさに寝る間も惜しんで作業に従事していたのだ。そんな彼の働きがあって、システムの再統合が果たされたのであり、彼がユグドラシル・システムの管理者となるのも当然の帰結だろう。
王塚カイリは、現状、ユグドラシル・システムについてもっとも詳しい人物であり、彼の力なくしては央都は成り立たないといっても過言ではないのだ。
「彼に任せておけば、一先ず安心……か」
「しかし、水穂市の様子も気になります。いくらシステムの不具合とはいえ、連絡が取れなくなるというのは……」
「ああ。そうだな。第六、第七、第八の各衛星拠点から部隊を向かわせ、水穂市の様子を確認しておくとしよう」
神威は、そういうと、速やかに戦務局に指示を通達、戦務局から各衛星拠点に指示が飛び、部隊が編制され、動き出した。