第千八十九話 新星繚乱(八)
ルナにとって、信じられない出来事が起きている。
真星小隊の生存力、いや、生命力の高さが、だ。
真星小隊は、決勝戦に進出した小隊の中でもっとも総合力の低い小隊だという認識が、皆代小隊の中にあった。
出場小隊が発表された後に行われた、字による分析結果である。
統魔はなにか言いたげだったが、しかし、字の情報処理能力を疑う理由はなく、受け入れるしかないといった表情でもあった。
統魔が真星小隊の隊長・皆代幸多を特別視している以上、そのような分析結果に否定的な態度になるのもわからないではない。
なにせ、実績だけでいえば、四小隊の中で突出しているのが、真星小隊なのだ。
四小隊最強無比の皆代小隊よりも遥かに優秀な戦果を残しているという事実は、ルナも認めているし、称賛してもいる。
龍宮戦役、西方境界防壁防衛戦での大活躍は、戦団史に刻まれ、燦然と輝きを放ち続けるものだ。
破殻星章という彼らのために用意された勲章も、絢爛たる光を帯びている。
だが、それは、それだ。
実力とは、ほとんど関係がない。
小隊の総合力だけを見た場合、彼らは、弱い。
『彼らは殻石破壊を成し遂げた若き英雄。ですが、それは真星小隊の特性が故の結果に過ぎません。伊佐那義一導士の真眼があればこそ、殻石の所在地を把握することができたからこそ成し遂げられたことは、だれもが知っている事実です』
『把握できたからって突貫できるものでもないが』
『だよねー、とんでもねーっす』
『まじでそれ』
『はい。その勇敢さは賞賛するべきですし、その戦果も素晴らしいことに違いありません。それはそれとして、総合力としてはやはり、式守小隊や草薙小隊には遠く及ばないというのもまた、事実なのです』
大抵の場合、皆代小隊の作戦会議において主導権を握るのは、字だ。字の情報処理能力、分析力、作戦立案能力の高さは、並外れている。
『式守小隊には件の合性魔法が、草薙小隊には破壊力抜群の星象現界がありますが、そういう飛び抜けた部分が真星小隊には、ありません』
『九十九真白の防型魔法、九十九黒乃の攻型魔法、伊佐那義一の補型魔法――いずれも同世代最高峰だと思うがな』
『はい。それも確かです。しかし――』
字が言い淀んだのは、枝連の発言から導き出される結果が、統魔にとって喜ばしいものではないからに違いなかったし、ルナもそれを感じて、息を呑んだものである。
皆代幸多が、真星小隊の明確な穴なのではないか。
(そうはいうけど)
ルナは、地上を超高速で爆走する真星小隊を見つめながら、字の分析結果が必ずしも正しいとは言い切れないのではないか、と、考えるのだ。
真星小隊は、幸多におんぶにだっことでもいうような状態だった。
つまり、幸多の鎧套に残りの三人がへばりついているような、そんな感じで移動しているのである。そして、だからこそ、他の三人は戦闘に集中することができるのであり、全力で魔法を撃ちまくることができている。
真白が魔法壁の構築と維持に集中していられるのも、黒乃が最大威力の攻型魔法を乱射していられるのも、義一が補手として力を尽くしていられるのも、幸多が三人の足になっているからだ。
しかも、速い。
ルナは、統魔から指揮権を譲渡された三体の星霊、地母神、伝令神、戦女神とともに真星小隊を追撃しているのだが、中々に追いつけない。
というのも、黒乃の全力の攻型魔法によって妨害され続けていたからだ。
ようやく小隊を眼前に捕捉することができたのは、随分と戦場を移動してからのことだった。
どれほどの距離を移動したのだろう。
この広大な戦場は、感覚的に距離を把握するのが難しい構造になっている。目印がないのだ。しかも、この幻想空間の元となった会場とは比較にならない広さになっているということもあり、感覚にずれが生じ安い。
そんな戦場の中で、デメテルが起こした大規模かつ複雑な地割れを難なく飛び越えた幸多だが、その先に巨大な岩壁が立ちはだかれば迂回せざるを得なくなる。縮地改ならばあらゆる地形を走破できるのだが、しかし、岩壁の起伏があまりにも激しく、乗り越えようとすれば的になりかねない。
故に迂回したのだが、迂回先にもつぎつぎと岩塊が隆起し、進路を塞いでいけば、ついにはルナと対峙する羽目になった。
そこで、ヘルメスとアテナによる集中攻撃を浴びせつつ、ルナはといえば、三日月に全星神力を注ぎ込んでいた。律像が、ルナの網膜を塗り潰す。
「大破壊!」
黒乃の最大最強の攻型魔法が発動した。
まさに破壊的としか言いようのない暗黒の渦がルナを飲み込もうとしたが、ヘルメスによって突き飛ばされたことで難を逃れることに成功する。そして、飲み込まれたヘルメスがその体をずたずたに破壊されていく光景を目の当たりにした。
生半可な攻型魔法ではない。
さすがは、同世代最高峰の攻手というべきだろう。
ルナは、目を細めた。告げる。
「月華大旋風!」
真言とともに三日月を投げ放つと、三日月が眩いばかりの光を放ちながら真星小隊へと殺到した。それこそ三日月状の軌跡を描きながら魔法壁を切り裂き、その勢いで真白へと突っ込んでいく。
そのとき、幸多が真白を投げ飛ばし、義一が真白を庇うように動いた。
真っ二つになったのは、鎧套。
銃王弐式と呼ばれる装甲だけが三日月に両断され、光の嵐に飲まれた。
真星小隊の四人は、無事だ。
「なわけないでしょ」
だれとはなしにいって、ルナは、義一と真白が三日月に切り伏せられる様を見届けた。さらに三日月は、黒乃をも切り倒す。
月華大旋風は、ルナの星装・月女神が背負う三日月に星神力を込めて発動する攻型魔法だ。投げ放てば最後、ルナの目に映る敵全てを切り裂き、討ち斃す。
星象現界である。
ただの防型魔法で防げるわけもなければ、耐え凌ぐことなどできるわけもなかった。
だから、真星小隊は壊滅した。
一人を除いて。
ルナは、ゆっくりと浮上すると、遥か前方を爆走する幸多の後ろ姿を見た。
そして、そのさらに前方では、統魔が草薙小隊を壊滅させているのがわかった。
咄嗟の判断は、正しかったのか、どうか。
幸多が考えるのは、いつだってそれだ。
自分の判断が正しいと断言できるほど、場数を踏んでいるわけでもなければ、経験を積んでいるわけでもない。
苦境に立たされたこともあれば、死線を潜り抜けてきたという自負もあるが、しかし、それで万全かといわれれば、そうではないというしかない。
なんといっても経験不足だ。
どのような状況に直面したとしても、即座に適切な判断を下せるようにならなければ、小隊長として失格ではないか。
(今回の判断は、どうだ?)
幸多は、自分の判断が間違っていたがために隊員たちを見殺しにしてしまったのではないか、と、考える。
初動は、間違っていなかったはずだ。
この戦い、統魔と真っ先に落とさなければ勝ち目がないというのは、皆代小隊を除く三小隊の共通認識だったはずだ。だから、皆代小隊に攻撃が集中した。
統魔に。
だが、結局、星象現界の発動を許せば、状況は一変する。
三小隊の圧倒的不利へと、戦況が大きく傾いたのだ。
故に、幸多は逃げた。
万神殿発動後の統魔に付け入る隙はない。三種統合型の星象現界だ。星装を纏い、星霊を従え、星域を展開する、規格外の星象現界。そんなものと正面からやり合うなど、無謀以外のなにものでもない。
どうにかして付け入る隙を見つけ出し、そこに全てを懸けるしかなかった。
しかし、逃げおおせることはできなかった。
ルナの追撃によって、真星小隊は壊滅した。
残ったのは、幸多ただ一人。
ルナが猛威を振るうあの場から逃げ延びることには成功したものの、到底勝ち目があるとは思えなかった。
前方、紅蓮の剣閃が虚空を切り裂き、閃光が視界を灼いた。
草薙小隊が、統魔によって壊滅したのだろう。
幸多は、狙撃銃を構えた。