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第百八話 希望の星

 幸多こうたたち新人導士(どうし)五人が揃って本部棟一階にある大食堂に辿り着いたときには、既に多くの人々によって席が埋まっていた。

 いずれも戦団の制服に身を包んだ導士たちだが、全員が全員、戦闘部の導士ではない。戦団には複数の部署があり、戦団本部に常駐しているのは、非戦闘要員のほうが圧倒的に多いという話を志方宝治しかたほうじから聞いた。

 戦闘要員である戦闘部の導士たちは、大半が本部を出払っている。

 だから、というわけではないだろうが、幸多たちは、目立った。

 大食堂の広い空間内に足を踏み入れるなり、無数の視線が五人に刺さった。が、多くの場合、多少観察してそれっきりだった。新人を観察するよりも献立表と睨み合うほうが重要であり、また、注文した料理がくるまでに同僚と会話を楽しむほうが大切だ、とでもいわんばかりだった。

 そんな中、

「きみが皆代みなしろくん、よね」

 不意に幸多に話しかけてきた女性がいた。

「皆代幸多くん。魔法不能者の!」

 どこか嬉しそうな表情をした女性は、幸多よりも上背があり、橙色の頭髪が印象的だった。

「そう……ですけど」

「彼は魔法不能者ですが、それがなにか問題ですか?」

 幸多が戸惑っていると、幸多と女性の間にまことが割って入ってきたものだから、幸多は余計に困惑した。真は、まるで幸多の盾になるかのように胸を張っている。

「問題だなんて、そんなわけないじゃない。ねえ?」

 橙の髪の女性は、後ろを振り返って、同意を求めた。女性の背後には、同僚と思しき数人の女性がいたのだ。

「わたしたちにとっての希望の星だもの、問題なんてあるわけないでしょ」

「そーだそーだ」

「希望の星?」

 幸多には、女性たちがなにをいいたいのか皆目見当もつかなかったが、どうやら悪意や敵意のようなものはないらしいということは、表情からも伝わってきた。女性たちは、幸多に対し、柔らかで優しげな微笑みを投げかけてくれていたのだ。

 幼少期から不能者差別を散々受けてきた幸多だ。

 害意の有無には、多少なりとも敏感だった。


「わたしは計倉とくらエリス。戦務局作戦部で情報官をやっているわ」

 右隣に腰を下ろした橙色の髪の女性がそう名乗れば、反対側の席の紅梅こうばい色の髪の女性が口を開く。

「あたしは松田詩音まつだしおんよ。同じく情報官ね」

「うちは木村果奈子きむらかなこ。当然やけど、うちも情報官な」

「そしてわたしが在家ざいけアリカです。うちの馬鹿どもが迷惑をかけてごめんなさいね。あとできつく叱っておきますから」

 訛り気味の女性は、うぐいす色の髪が特徴的であり、最後に名乗った女性は山吹色の髪と筋肉質の肢体が印象に残った。

「なんていってるけど、一番の馬鹿はあいつだからね」

 などと幸多の耳元で囁いてきたのは、エリスである。

 幸多は、四人の見知らぬ女性に囲まれるようにして、大食堂の一角に座らされていた。その上、同期の新人導士たちと離れ離れになってしまったこともあり、幸多の心細さたるや、かなりのものがあった。

 四人の女性は、名乗ったとおりの立場の導士であることは、疑う必要はないだろう。作戦室といえば、幸多が入団式の日に迷い込んだ戦務局区の一角にその一室があり、そこで橙の髪の女性、計倉エリスに遭遇したことを思い出していた。

 彼女たちが幸多と少し話がしたいといい出したがためにこのような状況になってしまったのだが、幸多は、断るべきだったのではないか、と、いまさらのように考えていた。

 美人揃いではあるし、華やかな光景もあるし、左右と対面の席を女性たちに囲まれるというのは、場合によっては楽園のような気分を味わえるのかもしれないが、いまや幸多は緊張の中にあって、そんなことを感じている場合ではなかった。

「いきなり話しかけて、なおかつかっさらってしまって、ごめんなさいね。これも全部、この馬鹿どもが悪いのよ。わたしは悪くないわ」

「悪くないなら止めなさいよ」

「止めはしないわ。たとえ親友が悪事に手を染めようとも、わたしには、それを止める権利がないもの」

「ね、馬鹿でしょ」

「は、はあ……」

 幸多は、女性たちの勢いに押されるばかりであり、どう対応すればいいものかまったくわからなかった。

 女性に免疫がないわけではない。むしろ、叔母と伯母のおかげもあってか、女性への対応にも慣れているといっても過言ではなかった。しかし、今回ばかりはいつもとは勝手が違った。

 新人導士として緊張しているところに見知らぬ女性が四人、幸多を取り囲んでいるのだ。これで緊張がさらに高まらないわけがなかった。

 ちなみに、草薙くさなぎ真は、幸多の真後ろの席に座っているが、彼がなぜそのような位置に席を取ったのか、幸多にはわからなかった。

「きみの活躍、見てたわよ」

「活躍……? あ、ああ、対抗戦の、ですよね?」

「もちろん!」

「うちら無能者やからな。同じ無能者の子が活躍して、なおかつ最優秀選手に選ばれたことが自分のことのように嬉しいんよ」

「そうなのよ! 本当に、かっこよかったー!」

 松田詩音に無造作に抱きしめられて、幸多は想わずどきりとした。

「ずるっ」

「つぎの機会があればわたしが幸多くんの隣の席ということをここに予約しておきますね」

 木村果奈子と在家アリカが、それぞれ松田詩音を睨み付ける。

 そんな四人の言動を振り返り、幸多は、誰とはなしに質問した。

「皆さん、魔法不能者……なんですか?」

「そうよ。この四人全員が、そう」

 エリスが肯定してきたので、幸多は、改めて四人を見回した。四人が四人、幸多に極めて好意的な表情を向けていることの疑問が、それによって氷解した。

「だから、希望の星、なのよね」

「希望の星……」

 反芻はんすうするように、つぶやく。

 幸多は、今日に至るまで、そんな風にいわれたことは一度だってなかった。

 魔法社会において、魔法不能者が誰かの希望になることなど、あり得ない話だ。

 だれが魔法も使えない無能者に期待するのか。だれがこの魔法で満ちた世界に不要な存在に夢を重ねるのか。だれがなにもできない半端者に未来を委ねるのか。

 だれが――。

 そこまで考えて、幸多は、はっとした。四人の情報官の目は、真摯しんしに、幸多を見つめていた。そこには、幸多に対する特別な想いが込められているように感じられた。

 それこそ、期待であり、希望であり、夢であろうか。

 幸多は、初めての感覚に戸惑った。

「きみにとってははた迷惑なことかもしれないし、勝手なことをいうようだけど、わたしたちは、きみを応援しているからね」

 エリスが幸多の目を見つめながら、いう。その声音は優しく、包み込むようだった。

「エリスのいうとおりよ。なにがあっても、どんなことがあっても、あたしたちはきみの味方よ」

「せやで。なんか嫌なことでもあったりしたら、うちらがいつでも聞いたるからな」

「きみは、この戦団という組織においても、魔法不能者というだけで不当な扱いを受けるかもしれない。人類は学ばないし、成熟しない。どれだけ魔法社会が進もうとも、不能者差別は消えないし、なくならない。わたしたちも様々な差別を受けながら、今日まで生きてきた。きみもそうだろう?」

「……そうですね」

 それは、否定の出来ない事実だ。

 央都では、無能者差別が比較的に少ない、といわれている。少ない、というだけであって、絶対にないわけではない。根絶されてはいないし、できるわけもない。

 魔法社会だ。

 魔法士の魔法士による魔法士のための社会。

 そうした考えが根底にある以上、魔法不能者に対する差別的な言動を根絶やしにすることは難しい。誰もが当然のように魔法を使えるのだから、魔法を使えないものたちに対する反応や扱いが悪くなるのは、ある意味では当然だった。

 そうした当然を否定しているのが現行秩序だが、しかし、だれもがその法秩序に従順なわけではない。

 何の気なしに差別的な言動を行うものもいれば、日常の不満のはけ口をそこに求めるものもいる。無能者差別は厳然として存在していて、それを見て見ぬ振りをして、社会が成長した、などとは口が裂けてもいえなかった。

 とはいっても、魔法時代黄金期よりも遥かにマシになったのだろう、とは想うのだが。

「わたしたちも、ひとりぼっちだったら、どこかで躓いて、諦めちゃったかもしれない。でも、わたしには皆がいたから、なんとでもやってこられたのよ」

「無能者も仲間が揃えば無敵やねん」

「情報官という立場もあるしな」

「だから、きみも、わたしたちを頼ってくれていいからね。きみは、ひとりじゃないって、それだけは覚えておいて欲しいの」

 エリスたち四人の情報官は、幸多に希望を見、期待をし、夢を重ねる一方、それだけでなく、彼の導士としての人生を出来る限り支えたいと想っていた。

 それは、彼女たちの本心にほかならない。

 天燎てんりょう高校に予選免除権が付与されると知ったときこそ、ただただ呆れかえったものだったが、その天燎高校の対抗戦部に魔法不能者がいて、それも主将だということを知ったときには、作戦部の魔法不能者の間で話題になったものだった。

 いや、作戦部だけではない。戦団に所属する魔法不能者たちの誰もがそのことを話題にした。

 が、当然ながら、その話題というのは、期待や希望などではない。

 魔法不能者が魔法競技に参加して活躍できるとは、到底、考えられなかったからだ。

 どれだけ情報を集めても、天燎高校対抗戦部主将・皆代幸多が活躍する見込みはなかった。

 唯一、皆代統魔(とうま)と兄弟というところだけは、注目点として上げられたが、そんなところに期待をするほど、作戦部の情報官たちも愚かではない。

 統魔と幸多の血が繋がっていないことくらい、把握しているからだ。

 そして、たとえ血が繋がっていようとも、魔法士と魔法不能者では圧倒的な力の差がある。

 だから、彼女たちは、幸多には健闘さえしてくれれば、それだけでいい、と思うようになっていた。

 しかし、蓋を開けてみれば、どうだ。

 幸多は、他の追随を許さないほどの大活躍を見せた。

 最優秀選手の一人に選ばれるほどの働きは、天燎高校を優勝に導いた一因といっていい。

 競星けいせいでの機転、閃球せんきゅうでの守備力、そして、幻闘げんとうでの戦いぶり。

 どれを取っても、エリスたちの想像を遥かに超えるものであり、彼女たちは、決勝大会二日目の夜、幸多の活躍だけを編集した映像を流しながら、飲み明かしたものだった。 

 魔法不能者が魔法士たちを圧倒するというのが、なによりも素晴らしい。

 この魔法士優遇社会において、魔法不能者が魔法士よりも上に立つという事自体、そうあることではないのだ。

 溜飲りゅういんが下がる、とは、まさにこのことだ、と彼女たちは散々に話し合った。

 そして、幸多が戦闘部に入ると知ったときには、狂喜乱舞したものだった。

 戦闘部初の魔法不能者だ。

 戦団の歴史に名を残す存在といっていい。

 そんな彼を応援しないわけにはいかなかったし、歓迎しないはずもなかった。

 だから、入団式以来、いつ出逢えるものかとそわそわした日々を送っていたのだが、今日こうして幸多と直接話し合う機会を持てたことは、エリスたちにとって喜ばしいことこの上ない出来事だった。

 一方の幸多は、戦団の様々な部署に魔法不能者がいる事自体は知っていたし、情報官に魔法不能者がいるという話も統魔から聞いていたため、そのことそのものに驚きはなかった。しかし、これほどまでの歓迎を受けることになるというのは想定外であり、なんだか不思議な気分だった。

「大変だったな」

 食事を終え、情報官たちのある種の歓迎会が解散になるなり、真が幸多の心中を察するように声を掛けてきた。

「まあ、面白かったよ」

 エリスたちは、幸多の食事中、ほとんどずっと喋り続けていた。

 主に対抗戦における幸多の活躍に関する話題ばかりであり、幸多は、ただひたすらに賞賛されて、少しばかり気恥ずかしかったが、悪い気はしなかった。

 エリスたちのひととなりを知ることも出来た。

「悪い人達じゃなかったし」

「それならいいが」

 真は、幸多が問題にしないのであれば、なにもいうことはないと考え、話を終わらせた。

 情報官は、作戦部の要であり、戦闘部とも深い関わりを持つ存在だ。幸多が彼女たちと繋がりを持つことは、彼にとっても悪い話ではない。

 真は、そんな風に考えたりもした。


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