第千八十八話 新星繚乱(七)
わずかな動揺が、隙となる。
一瞬の。刹那の。
そして、そのわずかばかり隙を見逃す春花ではない。
字がたじろいだその瞬間、最大風速でもって殺到した春花は、字の下腹部に拳を埋め込んだ。全魔力を注ぎ込み、爆発させる。
「嵐王拳」
真言が、合性魔法の性質を激変させ、超局所的な嵐を引き起こした。春花の拳と字の腹の間に生じる、破滅的な魔力の嵐。それは、星装をもずたずたに引き裂き、字の腹を切り裂いていて見せた。
傷口から閃光が噴き出す。
「っ……!」
字は、激痛に耐えながら、三叉矛を突き出した。矛の切っ先は、しかし、眼前の春花に振れることなく弾かれてしまう。猛烈な暴風が眼前に渦巻いていた。
このままでは幻想体が破壊され、落とされてしまう。
統魔に星装を付与され、星霊たちの指揮権さえ与えられたというのに、星象現界すら使っていない連中に撃破されるというのは、字には耐え難い屈辱だった。
その原因が頭の中が真っ白になってしまうという、戦場で有ってはならない出来事なのだから、尚更だ。
それが春花の策ならばまだしも、そうでもなさそうだった。
思わず春花の口から出た一言が、字に隙を作った。
その一瞬の隙が、致命的なものになってしまった。
この嵐は、本来であれば超広範囲に破壊を撒き散らすものなのだろうが、しかし、それを一点に凝縮したことによって破壊力が何倍にも増しているようだ。だからこそ、星装すらも貫くことができたのだろうし、字の幻想体が撃ち抜かれるのも当然だった。だが。
「さすがですね」
字は、幻想体が崩壊していくのを実感しながら、春花の幻想体もまた崩壊し始めるのを見ていた。
「それはこっちの台詞よ、上庄さん」
「いいえ。これはわたしの力じゃありませんから」
「皆代くんのよね。でも、だとしても、その力を使いこなしたのはあなたよ。わたしだって、姉弟全員の力を合わせて、これだもの」
春花は、胸を貫いた黄金の矢に触れながら、笑った。その屈託のない笑顔は、性別関係なく相手を魅了する力があるのではないか、と、字は想う。
事実、字は、式守春花という人物が気になってしまった。
新星乱舞が終わったら、話をしてみたい。
そんな風に他人のことを思うのは、初めてのことかもしれない。
「だとすれば、実に素敵な姉弟で――」
「でしょ。自慢の家族なのよ」
春花は、字の幻想体が砕け散るのを見届けながら、胸を張るように告げた。そして、自分だけでなく、式守小隊全員の幻想体がほとんど同時に崩壊していくのを認める。
夏樹、秋葉、冬芽――春花の弟妹たちは、彼女同様に幻想体を維持できないほどの致命的な攻撃を受けているのだが、それらは、全て星霊たちによる攻撃だろう。
春花が全魔力を一点に集中したために、護りが疎かになった。
その結果が、このザマだ。
「ごめんね、皆――」
春花は、弟妹たちに謝罪したが、だれもそのことで怒ったりはしなかった。
春花の戦術は、いつだって理に適っていることを知っているからだ。
そして、四人は、ほとんど同時に爆散し、現実へと回帰した。
戦場に吹き荒れていた嵐が急速に弱まり、爽やかささえ感じさせるほどのものとなったのは、そのためだ。
「こらあああっ! 待ちなさあああいっ!」
「だれが待つかよ!」
天地を揺るがすかのようなルナの大声に叫び返したのは、真白だ。
真星小隊は、一丸となって戦場を疾走していた。つまり、幸多が足となり、残りの三人は千手に掴まっているのである。そうすることで真白は防型魔法の範囲を限定し、より堅牢にして強固にもできるというわけだ。
しかも、幸多が足になるのだから、移動に意識を割く必要がなくなる。
防型魔法にのみ集中できるというのは、防手としてこの上なくありがたい状況である。
故にこそ、戦況が激変した瞬間、当初の戦術通り、幸多の元に集合したのだ。
戦況の激変とは即ち、統魔の星象現界・万神殿の発動だ。
無論、ルナの星象現界・月女神も強力には違いないが、統魔の万神殿に比べれば、脅威度は低くなる。
なんといっても、逃げ続けることができているのだから。
「なんで逃げるのよおおっ!」
「逃げるに決まってるよ……」
「道理だね」
怒鳴り散らしながら白銀の光線を乱射してくるルナに対し、黒乃と義一は冷や汗をかきながらいった。
ふたりは、真白同様、それぞれの役割に専念するために千手に掴まり、進路とは逆方向、つまり猛追するルナと星霊たちを捉えていた。そして、攻型魔法を連射し続けている。
しかしながら、ルナを撃ち落とせるとは考えてもいない。
ルナは、星装を身に纏っているのだ。それによって通常時よりも何倍、何十倍にも強力な魔法士になっている。それどころか、三体もの星霊が彼女に付き従っており、それによって攻防ともに隙が見当たらなくなっていた。
こちらの攻撃は一切通らず、相手の攻撃は真白の防壁を容易く突破してくるのだ。
真正面からぶつかり合えば、一方的な試合展開になるのは、目に見えている。
もちろん、こちらが敗北を喫するだけだ。
だからこそ、逃げるのだ。
統魔が星象現界を発動した瞬間、幸多たちは、戦術の変更を余儀なくされた。
真星小隊の当初の目論見は、真っ先に統魔を落とすことにあった。
なんといっても、統魔は、新星乱舞出場者の中で最強にして最凶の導士なのだ。その卓越した魔法技量と、規格外の星象現界は、若手導士に並ぶものはなく、星将にすら匹敵するのではないかと噂されているほどだ。
事実として、統魔は、出場者の中で唯一の煌光級導士なのだ。
階級だけでいえば、新星乱舞に出ていい導士ではない。
だが、出場させた。
『ということはつまり、だ。上層部は、皆代小隊を優勝させたいんだろ』
『そうなのかなあ』
『そうだよ、そうに決まってる! 優勝した瞬間、皆代小隊優勝記念商品が大量に売りに出されるんだろ! 広報部の考えそうなこった!』
などと、ここ数日、わけのわからない陰謀論を巡らせていたのは、真白だが。
それはそれとして、今大会の優勝候補筆頭――いや、唯一の優勝候補が皆代小隊なのは、否定しようのない現実であり、だれもがそれを理解しているからこそ、皆代小隊を撃破するべく全力を尽くしたのだ。
予選でもそうだったように、決勝戦でも、そうだ。
皆代小隊を除く三小隊は、彼らを真っ先に撃破することによってのみ、自分たちが優勝する可能性を得られるのだと確信していて、だからこそ、攻撃が集中したに違いなかった。
真星小隊が皆代小隊に突撃し、統魔に攻撃を集中させたのも、そうなることを見越していたからだ。
式守小隊も、草薙小隊も、皆代小隊を、統魔を放っておくことなどできるわけがなかった。
そんなことをすれば、自分たちが圧倒される未来が目に見えている。
だが、結局、三小隊による集中砲火でも統魔は落とせず、星象現界の発動へと至ってしまった。
となれば、最悪の想定通りに戦術を立て直すしかない。
まずは、その場から離れることだ。
なんといっても、万神殿は規格外の星象現界である。三種統合型ともいわれるそれが発動した以上、至近距離にいれば一瞬で撃滅されるのがオチだ。
幸多は即座に転進、全員を呼び寄せ、全速力でその場を離れた。
すると、ルナが猛追をしかけてきたものだから、幸多は、統魔の思惑を察した。
(一人一殺……)
ただし、一殺とは、一人を殺すことではない。
一小隊を壊滅させることだ。
そしてそれが可能なのが、万神殿を発動させた統魔とその加護を受けた皆代小隊なのだ。
「防ぎ切れねえ!」
「仕方がない、ぼくも護りに回るよ」
「頼む!」
珍しく真白が泣き言をいってきたものだから、義一は瞬時に攻型魔法の律像を解き、防型魔法を構築し始めた。真白の鉄壁の防型魔法が容易く破壊される様を目の当たりにすれば、否やなどあろうはずもない。
多層構造の結界が、真星小隊を包み込み、ルナと星霊たちの猛攻をどうにか耐え凌ぐ。
「もうっ、なんなのよ!」
ルナは、顔を真っ赤にしながら、叫んだ。