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第千八十七話 新星繚乱(六)

 草薙真くさなぎまこと星象現界せいしょうげんかい体得たいとくしたことは、当然大きな話題となり、瞬く間に戦団中に広がっていった。

 導士どうしが改良や開発、あるいは体得した新たな魔法のほとんど全ては、戦団魔法局に申請し、登録される。

 魔法局への申請及び登録は、導士の義務だ。

 なんといっても、戦団は組織なのだ。

 それが自分にしか使えないような難解な魔法であっても、その性能については、他の導士が瞬時に知り、理解できるようにしておくべきだ。そうすることで急な連携も取りやすくなるし、戦術を組みやすくもなる。

 また、優秀な魔法や強力な魔法に関する知見ちけんを得ることで、導士全体の魔法技量が高まることも期待されている。

 草薙真が星象現界・天叢雲剣あめのむらくものつるぎを体得し、魔法局に申請、登録すれば、すぐさま戦闘部の全導士が理解を深めようとしたのも、当たり前のことなのだ。

 特に新星乱舞しんせいらんぶに出場することが決まっていた小隊にとっては、他人事ひとごとではなかった。

 若手導士が星象現界を体得するという稀有けうで喜ばしい事例は、それら参加小隊にとって予期せぬ、衝撃的で最悪の事態だったのだ。

 既に星象現界を体得した若手導士といえば皆代みなしろ小隊の皆代統魔(とうま)本荘ほんじょうルナだが、この二名だけならばまだ良かった。

 どうせ皆代小隊は決勝戦に進出するに決まっているのだ。

 そこに戦力が集中する分には、もはや構わない。

 だが、ほかに星象現界の使い手が増えるというのは、想定外にも程があった。寝耳に水、青天せいてん霹靂へきれきとでもいうべきか。

 とはいえ、体得してしまったものは、仕方がない。

 星象現界の行使は、新星乱舞の試合規則上、なんの問題もないのだ。

 であれば、魔法局に登録された情報や草薙小隊が公開している記録映像を元に研究するしかない。

『それでわかったのですが、天叢雲剣で超長距離を攻撃する場合、大振りにならざるを得ないようです。つまり、そこに隙が生まれる。それも極めて大きな隙が。そしておそらくですが、草薙小隊は、初手しょてから隊長を狙ってくるでしょう』

『だよねー』

『なんたってうちの隊長は最強にして最凶だからな』

『はい。で、その場合、試合開始地点から動かず、こちらの位置を確認し、攻撃してくるのではないか、と』 

『そして当然、大振りになる……か』

 そして、そこが付け入る隙になる――という、あざなの想定通りの結果に終わるはずであり、故に彼女はなんの心配もしていなかった。

 統魔が一人で飛び出していったのであればまだしも、盾代わり、身代わりとなる星霊せいれいたちが追従している以上、何回か直撃を受けても問題はない。

 不安要素は、皆無かいむ

(問題は、わたしのほう)

 字は、星霊ポセイドンの星装せいそうを纏うことで、擬似的に星象現界を発動しているといっていい。全身にみなぎる圧倒的な力が、五感を刺激し、全能感を与えてくれる。

 彼女は、統魔から星装を借りるたびに、星神力せいしんりょくの、星象現界の凄まじさを身を以て理解するのである。

 敵は、眼前。

 式守しきもり小隊が、巨大な竜巻となって目の前に立ちはだかっている。逆巻く暴風が天地を蹂躙じゅうりんし、星神力をも圧倒せんばかりだった。

 ルナは、といえば、事前の打ち合わせ通り、真星しんせい小隊に向かっていった。

 つまり、皆代小隊の作戦とは、こうだ。

 試合開始とともに統魔とルナが星象現界を発動、統魔が草薙小隊を、ルナが真星小隊を、残った式守小隊を字と枝連、あるいは生き残ったどちらかで殲滅せんめつするという、極めて単純かつ力技としかいいようのない代物だ。

 それはもはや作戦とも戦術とも呼べるようなものではないのだが、しかし、絶対的といっても過言ではない力を持っているのだから、そうならざるを得ない。

 皆代小隊は、王者である。

 今年度の新星乱舞に出場した若手小隊を同世代とするのであれば、同世代最強の小隊と断言しても、だれも否定できないだろうし、自負しなければならない。

 力には、覚悟と責任が伴う――とは、統魔の口癖だが。

 だからこそ、字は作戦の立案に際しても、統魔とルナの圧倒的な魔法技量を考慮し、ふたりの星象現界に頼り切ったのだ。

 それもあってなのか、ルナは、最初から全力全開だった。白銀の月光を大量に放出する彼女の姿は、天界から舞い降りた女神そのものであり、字も思わず見惚みとれかけたほどだ。

 そんな女神と相対した真星小隊はといえば、防御に徹することで彼女の破壊的な星象現界からどうにか逃れようとしていた。月光の乱舞が、地形を激変させるほどの爆砕ばくさいに次ぐ爆砕の連鎖を巻き起こす中、真星小隊が悲鳴を上げながら爆走している。

「待ちなさいよおおお!」

 ルナの大声が真言となって響き渡り、魔法が乱れ飛んで破壊の嵐を巻き起こすのだが、真星小隊が一丸となって逃げる速度は尋常ではなかった。星象現界を相手に正面からぶつかるなど愚の骨頂といわんばかりだ。

 事実その通りではあったし、真星小隊の判断の速さは称賛に値する。

 それもいつまで持つものかは、わからないが。

 それはそれとして、字は、作戦通り、式守小隊の相手にしなければならない。

「統魔様はいいの?」

 冬芽ふゆめが疑問を浮かべたのは、皆代統魔が式守小隊を無視して飛んでいったのに対し、春花はるかがなにもしなかったからだ。

 四天招来してんしょうらい嵐王らんおうの発動中である。冬芽や秋葉は、合性魔法ごうせいまほうの維持にのみ全神経を集中させなければならず、春花に全てを託すしかない。

「様って。敵だろ」

「統魔様は統魔様じゃん!」

「はあ……」

「いいのよ。皆代くんが草薙くんを抑えてくれるのなら、それに越したことはないわ」

「確かに。あれを放置しておくと、こっちが危ない」

「相手も一人だしね」

「一人?」

 式守四姉弟の賑やかな会話に割り込み、字は、目を細めてみせた。水の衣を纏い、三叉矛を手にした字の周囲には、三体の星霊が浮かんでいる。太陽神アポロン、月女神アルテミス、豊穣神ほうじょうしんアフロディテ――それらが、自動的にではなく、字の意思に応じるように動き出す。

 星霊の指揮権が、字に与えられているからだ。

 統魔は、星象現界・万神殿パンテオンの体得以来、鍛錬たんれん研鑽けんさんの日々を送り続けてきた。もちろん、皆代小隊の全員も、それに付き合っている。

 万神殿を完璧に使いこなすだけでなく、あらゆる可能性を追求してきたその成果のひとつが、星霊の指揮権の譲渡じょうとである。

 星霊を星装化し、貸与たいよした場合に限り、その貸与した対象に複数の星霊を指揮下に置くことができるようになったのだ。

 これにより、星霊たちを統魔が制御するか、自動戦闘兵器として運用するだけでなく、様々な使い道、可能性が開かれたわけだ。

 いまがそのときだ。

 字は、三叉矛を振りかざし、周囲の水気すいきを巻き上げた。式守小隊の巨大竜巻に対抗する水の渦を生み出しつつ、星霊たちに命令する。

 アポロンが黄金の弓から矢を撃ち放てば、アルテミスも白銀の弓に矢をつがえ、放つ。アフロディテは、その身に纏った魔法の帯を無数に伸ばし、竜巻そのものを飲み込もうとした。

「ええ、一人よ。あなた一人。上庄かみしょう字さん」

 春花は、静かに断言すると、竜巻を解いた。だが、風気ふうきは霧散しない。式守小隊の元へとさらに凝縮ぎょうしゅくされ、堅牢強固けんろうきょうこな風の結界となる。そして、そのまま敵に向かって突き進めば、太陽と月の矢の乱射を逃れ、魔法の帯を擦り抜けた。

 春花が、眼前に字を捉える。

「わたしたちを甘く見積もりすぎよ」

「それは、式守隊長のほうでは?」

 字は、超密度に圧縮された風塊ふうかいによって水の渦が吹き飛ばされる様を目の当たりにしたが、取り乱すことはない。三叉矛を振り下ろし、春花の拳を受け止めた。

 星神力と、超高密度の魔力がぶつかり合い、爆発が起きた。

 互いに大きく吹き飛ぶほどの力の反発。

「まさか。あなたたちをあなどるほど、わたしたちも馬鹿じゃないわ」

「そうだよ! 統魔様の皆代小隊に勝てるわけないもん!」

「おい!」

「それは言い過ぎだろ!」

「本当のことじゃん!」

 冬芽の魂の叫びには、夏樹も秋葉も頭を抱えたくなったものの、彼女が合性魔法の維持に死力を尽くしていることは変わらないので、それ以上はなにもいわなかった。

 頭上から降り注ぐ矢の雨、四方から迫り来る魔法の帯、それらを難なく回避するのは、春花の嵐王だからこそだ。

 式守姉弟の合性魔法・四天招来は、主発動者によってその属性、性質を大きく変える。

 四天招来・嵐王は、春花が得意とする風属性の魔法であり、攻防補こうぼうほに欠点のない、万能型である。故に、どのような事態にも対応できるというわけであり、このような状況にこそ、本領を発揮する。

 そして、四天招来最大の長所は、ただの合性魔法でありながら、星象現界に食らいつくことができるという一点だろう。

 圧倒的にして絶対的な星象現界・万神殿を相手に、ここまで戦えているのだ。

 もし式守小隊に四天招来がなければ、この決勝で真っ先に脱落だつらくしていたのではないか。

「まあ、確かに、皆代小隊は隊長お一人で成り立っているといっても、別に言い過ぎでもなんでもないんですが」

「そこは否定しなさいよっ!」

「はい?」

「あなただって必死になって食らいついてるんでしょ! そこは認めてあげなさいよ!」

「あの……?」

 怒濤どとうのような猛攻とともに繰り出されてくる春花の発言の数々には、字は、当惑するよりほかなかった。三叉矛を振り回して防御に徹しつつ、星霊たちに援護を指示する。黄金と白銀の矢が無数に殺到さっとうしたことで、式守小隊が字から飛び離れたものの、決定打にはならない。

 なりえない。

「あなたが皆代くんに憧れてるのは、火を見るより明らか!」

 暴風の塊と化した春花が、星霊たちの攻撃をさばきながら、そのように断言してきたものだから、字は、頭の中が真っ白になった。

 その後ろで、夏樹と秋葉が頭を抱えたそうな表情をしており、冬芽だけは目を輝かせていた。

 式守春花は、心配性で不安症でいつも苦悩を抱えているのだが、こと、他人の恋愛事情においてだけは、積極的だった。

 まるで春の嵐のように。


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