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第千八十五話 新星繚乱(四)

 逆巻さかま暴風ぼうふうの渦の中で、枝連しれんは、渋い顔をしていた。

 焔王護法陣えんおうごほうじん焔王双手合そうしゅごうに重ねがけによって皆代みなしろ小隊全員を護ることには成功しているものの、結界もろとも上空に打ち上げられ、拘束されているのだ。

 分厚く猛烈な風気ふうきの渦が、紅蓮の結界を押し包んでいる。

 このままでは身動き一つ取れないし、結界の維持に注力するよりほかはない。そして、そのために消耗し続けるのが目に見えている。

 このままでは、だが。

「強引すぎない!?」

「まったくだな」

 ルナが非難にも似た声を上げ、統魔とうまが呆れ果てるのも当然というべきか。

 あざなも、小隊を取り巻く暴風のすさまじさに舌を巻いた。

式守しきもり小隊が得意とする合性魔法ごうせいまほうですね」

四天招来してんしょうらいだったか」

「はい。そしてこれは、式守隊長を主軸とする嵐王らんおうでしょう」

「見ればわかるわよ! 風だもんね!」

 ルナは、どうにも平然とした様子で解説する字を信じられない顔で見たが、一方でその冷静さに感謝もした。字の冷ややかさは、昂りやすいルナにとってこの上なくありがたいのだ。

「この状況でよく冷静でいられるわね」

「なんの問題もありませんから」

「……それは、そうかもだけど……」

「ああ、そうだな。なんの問題もなければ、心配する必要もない。道理もな」

 統魔は告げ、枝連の右肩に手を置いた。枝連が頷き、結界をより強固なものにしていく。紅蓮と燃える魔法壁は、強烈な風圧によってひび割れ、いまにも砕けそうになっていたが、その上から幾重にも結界を重ねていくことで事なきを得る。

 枝連は、防手ぼうしゅだ。後先など考えず、護りに専念すればいい。敵を斃すのは、攻手や補手の役割なのだから。

 確かに、状況だけを見た場合、皆代小隊は苦境に陥っている。

 だが、よくよく考えて見れば、なんのことはない。

 ただ、上空に打ち上げられただけだ。

 枝連の防型魔法は堅牢強固であり、突破するのは簡単なことではない。特に彼が防御に徹すれば、金城鉄壁の如くとなる。全周囲を覆う魔法壁が破壊される可能性は万にひとつもあり得ず、故に、統魔たちは気兼ねなく律像りつぞうの構築に集中できるのだ。

 そのとき、衝撃が結界を襲った。

「今度はなにっ!?」

「式守隊長の攻撃だな。風属性の攻型魔法だ」

「持ち堪えられるわよね!?」

「当然だ」

 どっしりと構えた枝連の後ろ姿は、ルナから見ても頼もしかった。やはり統魔のいうとおり、心配する必要など一切ない。

 とはいえ、式守小隊の攻撃は止まなかったし、別口の攻撃が皆代小隊を襲った。

 真星しんせい小隊だ。

 F型兵装(エフがたへいそう)と攻型魔法による、絶え間ない狙撃の乱打。

「ねえ、統魔! 弟くんと式守小隊が仲良く敵に回ってるんだけど!」

「当然だろ」

「当然って」

「おれたちは、世代最強の小隊だぞ」

 統魔は、静かに断言すると、遥か遠方に紅くきらめくものを見た。

「当然、草薙小隊もおれたちの敵だ」

 紅蓮の剣閃が統魔の視界を掠めるのと、右腕に激痛が走るのはほとんど一緒だった。

「すま――」

「いや」

 統魔の眼前で枝連の幻想体げんそうたいが真っ二つに両断され、消滅した直後、物凄まじい暴風が辛くも生き残った三人を蹂躙じゅうりんした。

 統魔は右腕を吹き飛ばされ、意識を掻き乱されたが、どうにか左手で字を引き寄せることには成功した。ルナは、統魔の足にしがみついている。彼女は、左腕を失っていた。切断面から噴出するのは、血ではなく、光の粒子。新星乱舞の演出。

 無傷なのは字だけだが、それもその瞬間だけだった。直後には、全身を暴風に切り刻まれていて、咄嗟とっさに治癒魔法を発動することで、負傷を中和した。

「よってたかってわたしたちを攻撃して! 酷いっ! 酷すぎるっ!」

「しかしまあ、当然の結果だろう」

 統魔は、ルナが右手だけで体をよじ登ってくるのを認めつつ、周囲から殺到する風の刃に目を細めた。それはさながら全周囲からの斬撃であり、回避する方法はない。

 導衣に仕込んだ簡易魔法を発動させれば、多少は持ち堪えてくれるだろうが、それもわずかばかりの時間稼ぎにしかならない。

(それで十分。問題は――)

 統魔は、字を一瞥いちべつし、視線を眼下に戻した。銃弾が統魔の頬を掠める。そして、無数の水球と一条の雷光が襲いかかってきたものだから、舌打ちした。紅蓮の剣閃が、わずかに頭上を切り裂いたのは、字が咄嗟に飛行魔法を発動させ、下降したからだ。

 破滅的な上昇気流に抗って下降するのは簡単なことではない。みずから死ににいくようなものだが、しかし、留まっていても同じことだ。

「もう、許さないんだから!」

「ああ、許す必要はないな」

 ルナが憤然ふんぜんと言い放ちながら律像を完成させるのと、統魔の律像が完全なる形を見せつけるのは、同時だった。

月女神ルナ・アルテミス!」

万神殿パンテオン

 ふたりそれぞれに真言を紡いだ瞬間、星象現界せいしょうげんかいが発動した。

 ふたりの全身から放出されたのは、莫大な星神力だ。統魔のそれは燦然さんぜんたる黄金色こがねいろの光を放ちながら幻想的な装束へと変化し、ルナは冷ややかな白銀の光に包まれ、衣を纏った。

 そして統魔は日輪にちりんを、ルナは三日月を背負う。

 まるでついの存在の如く戦場に顕現けんげんした二人は、圧倒的かつ絶対的といっても過言ではないほどの力を放っていた。

 暴風も攻型魔法も銃弾も、三人を襲うなにもかも全てを吹き飛ばす。

「反撃開始と行くか」

「こてんぱんにやっつけてやるんだから!」

 ルナが鼻息も荒く飛び出していこうとするのを手で制しながら、統魔は、光輪こうりんから星霊せいれいを具現させた。数体を字に貸し与えつつ、地上へと向かう。

 頭上を、紅蓮の剣閃が通り過ぎていった。

 草薙(くさなぎまこと)の星象現界・天叢雲剣あめのむらくものつるぎは、その威力、射程ともに凶悪無比だ。枝連が全力を注いで作り上げた結界を一刀の元に断ち切ったほどなのだ。通常の統魔ならば、太刀打ちできまい。しかし。

(通常のおれなら、な)

 統魔は、圧倒的な全能感の中で、極めて冷静に状況を判断していた。


「おいおい、おいおいおいおい」

 真白ましろが呆れ果てたように声を上げたのは、巨大な暴風圏ぼうふうけんの中で異変が起きたからだ。

 予期せぬ――いや、予想通りの激変。

 まばゆいばかりの黄金と白銀の光が入り乱れ、逆巻く暴風を吹き飛ばしていく光景は、ある種想像通りの結末だった。

 それがなんであるかなど、だれの目にも明らかだ。

 皆代統魔の星象現界・万神殿と、本荘ルナの星象現界・月女神である。

「せめてどちらか一人は落とせっつーの!」

「ごめん」

「あ、いや、隊長たちにいったわけじゃなくて、だな」

 真白は、幸多こうたがすぐさま謝ってきたものだから、なんだかバツが悪くなってしまった。実際、幸多や黒乃くろのたちに向けた言葉ではない。

 結果的に三小隊で皆代小隊を集中攻撃する羽目になったのだから、いずれかの小隊が統魔なりルナなりを撃破してくれれば、真星小隊の勝率も大きく上がったはずだ。

 だが、どうやら統魔およびルナは無事であるらしく、星象現界の発動まで許してしまった。

 こうなってしまっては、どうしようもない。

 勝ち目など、どこにあるというのか。

 式守小隊が合性魔法によって引き起こした天変地異の如き大竜巻も、統魔の星象現界の一撃で消し飛ばされてしまった。

 黄金色に輝く衣を纏った統魔は、まさに偉大なる神の如く上空にあり、悠然と降臨してくるかのようではないか。

 しかも、統魔には十数体もの星霊が従っていて、それらが攻防補こうぼうほ、あらゆる型式の魔法を幾重にも展開していく様子が見て取れた。

 その圧倒的な有り様には、だれもが平伏へいふくするしかないのではないか。

「本当、圧倒的だなあ、ありゃあ」

 夏樹なつきは、春花はるかの、いや式守四姉弟の攻撃が全く通用しなかったという事実に憮然ぶぜんとするしかなかった。

 もっとも、四天招来は、主軸の発動者によって性能が大きく変わる。

 今回、春花を主軸とし、四天招来・嵐王を発動したのは、攻防補を高水準で使いこなせるからであり、それこそが乱戦で猛威を振るうと考えられたからだ。

 その結論に間違いはないはずだ。

 攻撃に全振りした夏樹や秋葉の四天招来では、火力こそあっても、草薙真の星象現界を避けられなかった可能性が高い。

「草薙隊長がちゃんと当てないから-!」

「敵に期待してどうすんのさ」

「そうよ。期待していいのは、味方だけよ」

 冬芽ふゆめを秋葉とともになだめつつ、春花は、敵を見ていた。

 皆代統魔が星象現界を発動したことで、戦況は一変した。

 敵の数が、何倍にも膨れ上がったのだ。


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