第千八十四話 新星繚乱(三)
二十二式狙撃銃・閃電改。
魔法合金製の狙撃銃は、特に長い銃身を持ち、幸多が自在に扱えるF型兵装の中でもっとも長い射程距離を誇る。
幸多は、それを三丁、多目的機巧腕・千手に持たせており、間髪を入れず撃ち続けていた。その三丁の内、一丁には魔素硬化弾を、残りの二丁には貫通弾を装填している。
そして、ここは幻想空間。
魔法士たちの魔力に限界があるように、当然、弾数にも上限がある。
でなければ、不公平であり、不平等だ。
本来ならば魔法士に圧倒的に不利な魔法不能者が、有利になりうるのだ。
『それで良くね?』
と、新星乱舞出場が決まったときに零したのは、真白だ。
『魔法士と魔法不能者が戦うんだからさあ』
『そうはいってもさ。ぼくが全力で逃げながら撃ち続けるなんて真似をしたら、あまりにもつまらないでしょ』
『そりゃあ……まあ……』
真白は、幸多の意見に唸るよりほかなかった。
新星乱舞は、若き導士たちの晴れ舞台であると同時に、双界中の人々が注目する戦団の出し物なのだ。
その大舞台には、絢爛たる星々の輝きこそが相応しいのであり、だれもが死力を尽くし、ぶつかり合うことが求められる。
もっとも勝率の高い戦術だからといって、対戦相手が消耗し尽くすまで逃げ回るような戦い方を見せれば、小隊だけでなく、戦団そのものの評判が落ちかねない。
もちろん、実際の戦場では、生き残るためにどのような手段を用いようとも、そのことで評価が下がることはないのだが。
新星乱舞は、見世物なのだ。
故に、戦い方も考えなければならない。
そして、そのためにF型兵装にもある程度の制限がかけられていた。
つまり、現実世界で実現可能な範囲でしか、その機能を使えないということだ。
それは、魔法士たちにもいえることである。
それぞれの魔法士が現実世界で体得した魔法しか使いこなせないわけであり、無限の魔力を生み出すことも、星神力を無制限に引き出すこともできないのだ。
それは一般的な幻闘の規則でもある。
とはいえ、幸多にとって、その制限は、なんの問題にもならない。F型兵装は、なにからなにまで高級品だ。銃弾一つとってもとんでもない価値がある。銃弾の無駄撃ちは、現実世界でこそ禁忌とされるのであり、銃把を握る手にも緊張が生まれるものだ。
ここは、幻想空間。
銃弾を撃ち尽くしても構わない。
目標は、遥か前方の皆代小隊。
「目測、二十キロ……十九……十八……」
「はえええっ、あっという間だな!」
幸多の目は、縮地改による超高速滑走によって急速に縮まっていく目標との距離を測り続けている。それは、万能照準器上に表示される数値である。
真白が維持し続ける魔法壁の遥か向こう側では、皆代小隊は微動だにしていない。
幸多の狙撃など、脅威に値しないとでもいうかのようだ。
実際、それはその通りなのだろう。
閃電改による狙撃は、一切の成果を上げていないからだ。
確かに魔法壁を貫通することには成功した。魔素硬化弾が直撃した部分の魔素が不自然に凝固し、その部分を貫通弾がその名の通りに貫通してみせたのだ。だが、それだけだ。すぐさま魔法壁は修復され、さらに強化されると、簡単には貫通できなくなった。
銃王弐式に搭載された火器管制機構が、拘束滑走中の狙撃を完璧なものとしているものの、これでは威嚇にも牽制にもならない。
皆代小隊になんの反応もないのがなによりの証拠だ。
こちらの攻撃を黙殺してさえいる。
「六甲さんの防型魔法は、さすがに硬いか」
「あん? おれのほうが硬いって――」
「そうだよ。真白のほうが頑強で、頑丈だ。頼りにしてる」
「お、おう。任せろ!」
幸多からの思わぬ返答に声を上擦らせつつも、真白は防型魔法・煌城の維持に全力を尽くしていた。真白は、千手の一本に掴まることで幸多と一緒に移動している。そして、それによって、幸多はまるで移動要塞の如くとなっていた。
巨大な魔法の結界は、真白を中心に展開されており、本来ならばその状態で移動するのは至難の業だ。なんといっても防型魔法は、強固であればあるほど、範囲が広ければ広いほど、集中力が必要になる。
煌城のような継続発動型の魔法の維持は、集中力との戦いだ。
想像力との。
魔法は、想像の具現。
集中が途切れ、想像が解れれば、当然、力を失ってしまう。
よく真白が飛行魔法を行使しながら煌城を発動させているが、それは極めてむちゃくちゃで、とんでもない魔法技量の持ち主であることを示していた。
そんな彼が幸多に身を預け、煌城の維持に全力を注げば、より堅牢強固になるのは必定だ。
そうして真白が護りに徹してくれるからこそ、幸多たちは前進と攻撃に集中できるというわけだ。
「十……」
幸多は、引き金を引き続ける。万能照準器が捉えた目標は、最初からずっと動いていない。分厚い炎の壁の向こう側に佇む、皆代小隊の防手・六甲枝連。
防手は、小隊の要だ。
故に、小隊同士の戦闘となれば、真っ先に防手を落とすという戦法が定石の一つとしてあった。
もちろん、そのためには戦力の大半を注ぎ込む必要があり、結果的に手痛い反撃を喰らうことも少なくないのだが。
防手を落とさなければ、攻手も補手も落とせない。
「剛水破弾!」
「伍百参式改・流電砲」
黒乃と義一がほとんど同時に攻型魔法を放つ。黒乃の頭上に具現した数十個もの水球と、義一の右手の先に生じた巨大な雷光が、一斉に敵陣へと殺到する。一条の雷光が魔法壁に着弾し、大爆発を起こす中、次々と水球が直撃した。
膨大な爆煙が皆代小隊の姿を掻き消したのは、一瞬。
つぎの瞬間、幸多たちは、目を見開いていた。
「あれは……」
幸多が唖然としたのは、とてつもなく巨大な竜巻が皆代小隊を飲み込み、空中高く打ち上げていたからだ。
六甲枝連の防型魔法もろともに上空へと吹き飛ばし、さらに無数の衝撃波が叩き込まれていく光景は、圧巻だった。
「式守小隊みたいだ」
「式守小隊?」
「なんだって?」
義一からの報告に、幸多と真白は同時に疑問符を上げた。
「右後方から迫ってきてる」
「はん……」
真白は、前方に集中しなければならない幸多の代わりに右後方を見遣り、空中を凄まじい速度で移動する式守小隊を確かに認めた。分厚い風気の層を纏っているからなのか、四人の姿がぶれて見えている。
とてつもない魔素質量だということは瞬時に理解できたし、故に真白は、煌城を二重三重に張り巡らせるべく集中した。律像を構築し、真言を唱える。
「煌城!」
幸多の目は、遥か上空に打ち上げられたままの皆代小隊を捉え続けており、引き金も引き続けていたが。
一方、式守小隊は、まさに暴風の塊そのものとなって、皆代小隊へと急接近しており、広範囲の大気を巻き込み、地面を引き裂きながら移動していた。
戦場が、崩壊していく。
「左手に真星小隊を確にーん!」
「どうするの、春姉?」
「どうもこうもないでしょ。いまは無視よ、無視。最大の敵は、皆代小隊なんだから」
「間違いない」
春花の判断に異論はなく、故に四人は地上を滑走しながら銃を撃ちまくっている幸多には目もくれなかった。
高空を超高速で飛行しながら、さらに遥か高高度へと打ち上げた皆代小隊に意識を集中する。
敵は、皆代小隊、草薙小隊、真星小隊の三隊。
この中でもっとも警戒するべきは、先も述べた通り皆代小隊だ。なんといっても皆代統魔と本荘ルナは星象現界の使い手であり、特に皆代統魔のそれは星将たちからも規格外といわれるだけの代物だった。
ただただとてつもなく、ひたすらに強力なそれは、発動すれば最後、勝ち目はなくなる。
故に、速攻を仕掛けるしかない。
草薙小隊の草薙真も星象現界の使い手であり、その威力、射程ともにただの攻型魔法とは比較しようもないほどのものではあるが、皆代統魔よりは遥かにマシだ。
真星小隊は、いわずもがな。
確かに若き英雄と呼ばれるだけの活躍はしているし、見くびってなどいないのだが、皆代小隊、草薙小隊と比べると、脅威度は低く見積もらざるを得ない。
一時的に併走することになっても一切注意を向けないくらいには、だ。
もちろん、完全に意識していないというわけではない。
敵は、敵だ。
意識の外に置いた瞬間、撃ち抜かれる可能性は十二分に有った。
(でも、大丈夫)
春花は、確信とともに空を舞う。
颶風そのものとなった春花は、遥か前方上空へと両腕を翳した。その手の先に皆代小隊が打ち上がったまま、身動きひとつ取れずにいる。
六甲枝連の防型魔法ごと打ち上げ、暴風の檻に閉じ込めたのだ。
脱出するには、圧縮された防型魔法を解除するしかない。が、そんなことをすれば風の刃に全身を切り刻まれる羽目になる。
それがわかっているから、皆代小隊は、動くに動けず、春花のなすがまま、思いのままなのだ。
(いえ――)
春花は、胸中、頭を振る。
あの皆代小隊が、こうまでもあっさりと思い通りに行くわけもない。
速攻と奇襲でどうにかなるような相手ならば、苦労はしないのだ。
戦力差は、圧倒的。
故にこそ、式守小隊は、死力を尽くさなければならない。
この合性魔法もそうだ。
四天招来と名付けた合性魔法は、式守姉弟四人が完璧に律像を同期させることによって発動できる代物であり、式守小隊が第二軍団の若手導士の中で飛び抜けた実績を持っている最大の要因といってもいい。
四天招来は、四人の魔力をいずれか一人に集中させることにより、通常とは比較にならない規模の魔素質量を得られるという、規格外の合性魔法である。また、主軸となるものによってその属性や性質は大きく変わる。
そして、春花が主軸となって発動した場合に限っては、攻防補、全ての型式の魔法を高水準で使いこなせるようになるのだ。
四天招来・嵐王。
春花は、まさしく吹き荒ぶ嵐の王となり、戦場の風気を掌握して見せていた。