第千八十三話 新星繚乱(二)
「防がれたな」
統魔は、そう告げることで、手始めに放った攻型魔法・輝槍撃に手応えがなかったことを部下に伝えた。
「もう少し慎重になったほうが良かったんじゃないか?」
「まあ、そうだな」
枝連が防型魔法・焔王護法陣を構築していく中で、静かに肯定する。燃え盛る紅蓮の結界は、視界を赤く染め上げているものの、それによって戦闘行動が阻害されることは、ない。
新星乱舞決勝戦。
統魔にとって新星乱舞は、憧れていたわけでもなければ、夢の舞台でもなんでもない。特別な昂揚感があることもなければ、殊更興奮するほどのものでもなかった。
しかし、だからといって、手を抜く理由もなければ、負けてやる理屈もない。
皆代小隊が、今大会出場者の中で最強無比の小隊であることを示すことは、悪いことではないのだ。
小隊への評価は、即ち、統魔をさらなる激戦地へと運んでくれる切符となる。
地獄のような戦場へ。
いや、地獄そのものへ。
鬼級幻魔との死闘の渦中へ飛び込むためには、サタンへの復讐という本懐を遂げるためには、統魔自身だけではなく、小隊そのものの評価を高めていかなければならない。
それには、新星乱舞は打って付けだ。
優勝さえすれば、小隊そのものが大きく評価され、今後の戦団での活動に強い影響力を持つからだ。
だからこそ、統魔は、気合いが入っていた。
そして、決勝戦における皆代小隊の編制は、こうだ。
攻手・皆代統魔、本荘ルナ、補手・上庄字、防手・六甲枝連。
通常の六人編制から二人を除いた四人編制において、攻防補の調和を保つのであれば、このような編制にならざるを得ない。
しかし、そのような結論を伝えた時、香織は、極めて残念そうにしていたものである。
『たいちょとルナっちが揃えば、鬼に金棒、導士に杖ってね!』
『まあ、導士は杖がなくても強いんだけどさ』
『強くないから外されたんでしょーが!』
『ひどっ!?』
すぐさまいつものように漫才を始める二人を見れば、統魔も安心したことはいうまでもない。
決勝戦の編制に選ばれなかったことで根に持たれる可能性について、危惧しないわけがないのだ。
なんといっても、数多くの導士にとって新星乱舞は夢の舞台なのだ。
導士の大半が出場を目指し、優勝を望む、大舞台。
そんな場所をただの踏み台としか認識していないのは、統魔くらいのものではないか。
(薄情な奴だよ、おまえは)
他人事のように自分に告げて、統魔は、律像を練り上げる。先程の超長距離射撃は防がれてしまった。ということは、防いだ側がこちらに反応してきたとしてもおかしくはない。
「あとは、作戦通りに頼む」
「はあい、作戦通りね!」
「わかりました。補助はお任せを」
ルナが抱きついていた統魔から飛び離れながら律像を組み上げていく中、字の補型魔法が完成し、四人の魔力練成効率が飛躍的に向上する。
そのとき、強烈な衝撃が皆代小隊を襲った。
「攻撃!?」
「こっちが先に攻撃したんだ。反撃もされるだろ」
枝連は、ルナを宥めるようにいったはいいものの、魔法壁に生じた異変に渋い顔をした。違和感。燃え盛っていた炎がその動きを止めたのだ。
再び、衝撃。
今度は、魔法壁に穴が空いた。
「な、なんなの!?」
「狙撃だな。F型兵装の」
「つまり、隊長が攻撃したのは、真星小隊だったというわけか」
「そうらしい」
統魔は、枝連が速やかに魔法壁を再構築していくのを認めつつ、その遥か前方を見遣った。なにかが土煙を上げているのがわかる。
戦場は、極めて広大。
初期配置のままであれば、敵小隊の状況はまったく見えない。
遠視魔法を使えば簡単に確認できるのだろうが、統魔はそうしなかった。確認する必要性がないからだ。
それなのに統魔が最初に超長距離攻撃を当てることができたのは、四小隊が等間隔かつ対角線上に配置されているという決勝戦の規則があったからだ。当然だが、もし真星小隊が試合開始と同時に動いていれば、当たることさえなかったはずだ。
つまり、真星小隊は初動をしくじったということだが、統魔の攻撃を防いだのであれば、そのしくじりも帳消しとなったと見ていい。一方、皆代小隊がそのまま動かなければ、今度は、こちらが攻撃の的になり得る。
「持ち堪えてくれよ」
「任せろ、隊長」
枝連は、力強く断言すると、焔王護法陣の上から焔王双手合を発動し、魔法壁をより強固なものとした。枝連の背後から膨れ上がった猛火が巨大な腕となり、紅蓮の結界を包み込んだのである。
すると、さらなる狙撃があり、またしても魔法壁に異変が生じた。炎壁の一点の揺らめきが止まり、そこに狙撃が届くと、破壊され、弾丸が貫通してきたのだ。
激痛が、枝連の左肩に走る。
「ぐうっ」
「枝連!」
「れんれん!」
統魔とルナは、顔を見合わせた。二人の律像は、急速かつ急激に複雑化していく。
決勝に制限時間はない。
そして、大抵の場合、時間を使うものだと相場が決まっている。
なんといっても、小隊同士の直接戦闘だからであり、決勝戦に進出した小隊の戦力が拮抗しているからだ。
だから、どの小隊も死力を尽くし、最後まで生き残ろうと足掻く。
足掻けば足掻くほど、戦闘時間が伸び、長くなる。
『ですが、今回は、違います』
草薙小隊は、決勝戦までの作戦会議でそのような結論を導き出している。
『決着は、一瞬です。試合時間は、新星乱舞決勝戦史上最短となるに違いありません』
真は、全身の魔素という魔素を限界まで絞り出し、魔力へと練り上げながら、考える。
遥か頭上を覆う天蓋からは、照明機具の無機的な光が膨大に降り注ぎ、戦場全体を照らしている。戦場は広大だが、周縁部を壁に遮られており、円形に区切られている。どこまでも逃げ回れるものではない。
小隊同士の激闘を演出するための空間なのだ。
『なんといっても、皆代小隊がいるからなあ』
『相手にしたくないよねえ』
『だが、戦うしかない』
『ええ。斃すしかないんです』
真が魔力を星神力へと昇華している最中、戦場に動きがあった。
遥か前方上空を真っ直ぐに突き進んでいく小隊を目の当たりにしたのだ。
「式守小隊ですよ、あれ」
「真っ正面から突っ込んでいくとか、なに考えてんだ?」
「さてね。でも、おかげで隊長の準備が整うまでの時間稼ぎは必要なさそうかな」
「ですね。助かります」
隊員たちの言葉に、真は、素直に頷いた。
これならば、皆代統魔より早く星象現界を発動することも不可能ではない。
そして、それこそが、唯一勝利する方法なのだ。
それは、式守小隊にとって、賭け以外のなにものでもなかった。
『やっぱり、皆代小隊残っちゃったねー』
『わかりきったことだけどさー、強すぎだよねー』
第四試合の結果を受けて、冬芽と秋葉があきれ顔になるのも無理からぬことだったし、夏樹と春花も同じ気持ちだったのはいうまでもない。
あわよくば皆代小隊が予選で落ちてくれないものか、とは、決勝に進出した小隊のいずれもが思ったのではないか。
皆代小隊の実力を高く評価しているからこそ、だ。
同世代最強無比の小隊である。
いくら新星乱舞の盛り上がりのためとはいえ、わざわざ決勝戦でぶつかりたいとは思わないのが正直なところだ。
しかし、皆代小隊は、下馬評通りに決勝戦への進出を決めた。
となれば、戦って、討ち斃すしかない。
(戦力差は、圧倒的……!)
春花は、秋葉と冬芽の乗った法機を追い掛けるように飛行しつつ、律像を構築していく。複雑にして怪奇、異形にして異様な律像は、類を見ない形状だった。そしてそれは、式守四姉弟全員が作り上げていた。
(でも、これなら可能性はある……!)
春花は、法機を握る手に自然と力が籠もっていくのを認めた。
やがて前方に皆代小隊を捉えると、火線が集中し、爆煙が上がった。
別小隊の攻撃だ。
夏樹が、真星小隊による集中砲火を見やりながら、つぶやいた。
「皆、考えることは同じなんだな」
つまり、だれもが皆代小隊の撃破こそ最優先事項と考えているということだ。
そして、それこそが他の三小隊の数少ない勝機といっていい。