第千八十二話 新星繚乱(一)
『今年の新星乱舞もいよいよ大詰め! 決勝戦です!』
天空地明日花のよく通る声が会場全体に響き渡れば、観客たちが全力の反応を示した。
歓声と拍手、熱狂と興奮が魔素を渦巻かせるかのようだった。
舞台上に浮かぶ超特大幻板を示すように、その周囲を飛び回りながら、司会進行を務める流星少女隊。彼女たちの働きぶりたるや、観客たちが声援を送っても送り足りないと思うほどのものだ。常に観客に笑顔を振り撒き、愛嬌たっぷりに反応を示すのだ。
まさにアイドルの鑑のような対応は、アイドル舞台の面目躍如というべきか。
『決勝の舞台は、ここ、戦団本部地下練武場!』
『――を模した幻想空間でーす!』
荷山陽歌、通称・はるっちが、明日花の説明を受けて、大声を上げる。法機の上で、踊るように。
超特大幻板には、決勝戦が行われることになる戦団本部地下練武場を模した幻想空間が映し出されているのだが、外観を模しているだけだというのはだれの目にも明らかだった。
明らかに広さが違うのだ。
本部地下練武場とは、まさにこの会場のことだが、幻板に表示されている幻想空間に比べるととてつもなく狭く感じられた。
地下三階分の空間をたっぷり利用した会場は、普通に考えれば十二分に広いし、観客席の数も有り余るほどに多い。
しかし、舞台を見た場合、導士たちが魔法戦を繰り広げる戦場としては、間違いなく問題だらけだ。強力な攻型魔法がぶつかり合うであろう魔法戦となれば、この程度の舞台など一瞬で消し飛ぶだろうし、勝敗もあっという間に決まってしまう。
それでは、面白くないし、つまらない。
故に、新星乱舞決勝の舞台となる練武場は、何倍、何十倍にも拡大されているのであり、各小隊の開始地点から狙撃することも難しくなっていた。
『まあ、こんな場所で戦うなんてありえないからな』
『市民の皆様を巻き込みかねませんし、そもそも、ずっと幻想空間で戦ってきたわけですし』
『えーと、話が逸れそうなので、その辺にしておいてもらって……熾烈極まる予選を通過し、決勝戦に進出した小隊は、こちら!』
明日花は、桜ヶ丘燕と稲荷黒狐の会話が司会進行の妨げになると判断し、すぐさま介入した。
『予選第一試合を制した真星小隊!』
『皆代幸多導士、伊佐那義一導士、九十九真白導士、九十九黒乃導士の四名でーす!』
明日花と陽歌の説明に合わせて、幻板の映像が切り替わる。予選第一試合における真星小隊の活躍部分が切り取られた編集映像が流され、最後に各隊員の宣伝用の写真が大きく表示された。
わっと歓声が上がる。
『予選第二試合は、草薙小隊が制しました!』
『草薙真導士、羽張四郎導士、布津吉行
導士、村雨紗耶導士だな!』
明日花に続いて、四人の名を告げたのは燕。
先程と同じく、予選第二試合の草薙小隊の戦いぶりが編集された映像が流れていき、四人の宣伝写真が最後を飾った。
『予選第三試合、式守小隊の見事な勝利でした!』
『式守春花導士、式守夏樹導士、式守秋葉導士、式守冬芽導士ですね』
明日花と黒狐による紹介に合わせ、式守小隊の戦闘模様が編集された映像が流れていくと、やはり最後を飾るのは宣伝用の四人の写真である。
式守小隊は、姉弟ということもあるからなのか、四人勢揃いの写真だった。
『そして、予選第四試合で圧倒的な勝利を収めたのは、皆代小隊!』
『皆代統魔導士、上庄字導士、六甲枝連導士、新野辺香織導士、高御座剣導士、本荘ルナ導士の六人でーす!』
『予選に出たのは、そのうち四人だけどな』
『決勝も四人ですよ』
『決勝ではだれが出てくるのか、楽しみだね!』
『さすがに隊長は出てくるだろ』
『さすがにね』
などと、流星少女隊が言い合っている間に編集映像が流れていく。やはり、本荘ルナの活躍ぶりが特に強く印象に残る映像だったが、最後には六人全員の宣伝写真が表示された。
そして、四小隊の画像が幻板から切り離され、舞台上に配置されていけば、会場全体の盛り上がりも最高潮になろうとしていた。
決勝戦がいままさに始まろうというのだ。
これで興奮しないものが、会場にいるはずもない。
すると、明日花に通信機越しに指示が届いた。
『おおっと、どうやら各小隊、出撃準備が整ったようです!』
明日花の声が会場に響き渡れば、観客席はさらなる熱狂に包まれた。
超特大幻板が、戦場の俯瞰図を映し出すと、その四方に各小隊が転送された。
四小隊は、舞台の四方を開始地点とし、各小隊の距離は完全に均等になっており、極めて公正に定められているようだった。
『それでは、魔暦二百二十二年度、戦団感謝祭新星乱舞決勝戦、開始!』
明日花が声を張り上げると、会場と幻想空間上に試合開始の合図が鳴り響いた。
同時に、戦場が動く。
暗転の後、意識の転移とともに認識するのは、鋭敏すぎる五感の働きだ。拍動する心臓の音が、体内を巡る血液の音が、体中を蠢く細胞の音が、耳朶を、鼓膜を震わせるようだ。
熱を感じる。
それが体温であり、幻創機が完璧に再現した肉体の保有する温度だということに疑問はない。
瞼を開こうとするまでもなく、目に飛び込んでくるのは戦場の光景。
戦団本部地下練武場を模した、新星乱舞決勝戦の舞台。
極めて広大な戦場には、幻魔の姿は一切ない。
『決勝戦は、小隊同士の、導士同士の殴り合いになるからな。幻魔を斃して得点稼ぎをするなんて真似はできねえ』
予選終了後から決勝戦が始まるまでの間、幸多たちにはたっぷりと時間があった。なにせ、予選第一試合に出場したのだ。第四試合の皆代小隊よりも、余程作戦を練ることに集中できたというわけだが。
『つまり、ぼくは足手纏いってこと?』
『おいおい、冗談きついぜ、隊長』
『そうだよ、隊長』
『対魔法士戦を大得意とするのは、どこのだれなのかな』
真白や黒乃、義一までもが苦笑したのは、それだけ幸多に期待しているということだ。
真星小隊が日夜行っている訓練において、幸多がどれだけ真白たちを圧倒しているのか、ほかの小隊は知らないのではないか。
F型兵装を用いずとも、その身一つで、その圧倒的な身体能力だけで、真白たちを撃破することも少なくなかった。
だから、幸多については、なんの心配もいらない。心配するほうが間違っている。
真星小隊の隊員たちからの隊長への信頼は、厚い。
『練武場は、広い円形の内側と認識すればいい。円の外に出ることはできないし、円の内側には障害物一つない。そして、四小隊は、練武場の四方に等間隔に配置される。つまり――』
義一の説明が脳裏を過る中、幸多の眼前に光の壁が聳え立った。真白の防型魔法・煌城である。直後、煌城に衝撃が襲いかかり、結界そのものが激しく震えた。
「試合開始と同時に超長距離攻撃かよ」
「属性は光。ということは、攻撃してきたのは草薙小隊以外だね」
「統魔だと思う」
「本当に?」
「だとすりゃ、随分と御挨拶じゃねえか」
「まあでも、そういう奴だから」
幸多は、ある種の確信とともに告げて、召喚言語を唱えた。
「銃王弐式」
分厚い外骨格とでもいうべき鎧套に全身を覆い、さらに縮地改と千手改を装着すると、幸多の質量が倍増したかのようだ。
事前の申し合わせ通り、真白が幸多の上に飛び乗ってきたものだから、千手の一本で彼を掴んでおく。
真白は、真星小隊の防手である。防手は、戦術の要といっても過言ではない。あらゆる任務、あらゆる作戦、あらゆる戦闘において、防手ほど重要なものはないのだ。
防型魔法を固めなければ、魔法戦などできるものではない。
よって、真星小隊は、真白の防型魔法を頼みとするのであり、彼と彼が構築した魔法の結界ごと移動できるこの運用方法が、基本戦術となっていた。
今回は、義一と黒乃は、幸多に掴まらず、二人で一本の法機に跨がっている。幸多と一緒になって行動するというのは、制限も大きいからだ。
「超長距離射撃なら、こっちにだって、なあ?」
「うん」
真白が口の端を歪めたのは、幸多が滑走を始めたからだ。
縮地改が全速力を出せば、そう簡単には捉えられない上、こちらからは相手を捉えることは難しくはない。