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第千八十一話 重圧

「人間ってのは、野蛮やばんだねえ」

「野蛮そのもののきみがいうかな」

「ああん? だれが野蛮だって?」

「きみだよ、きみ。ベルゼブブ」

 マモンは、ベルゼブブが機械仕掛けの長椅子に寝そべったまま、食べ物を口に運んでいく様を見やり、告げた。ベルゼブブが細長い指で摘まんだそれは、人間の食べ物だ。そんなものを腹に入れて、なにが嬉しいのかマモンにはまるで理解できない。

 なにかを食べるということはつまり、体内で消化しなければならないということだ。消化し、吸収する。ベルゼブブともなれば、体内に放り込んだものを完全に消化し尽くし、完璧に吸収しきるのだろうが、それにしたって、と思わざるを得なかった。

 それならば純粋な魔素まそを吸収した方が遥かに効率がいい。

 マモンなどは、そうしている。

 彼らがいるのは、闇の世界ハデス、その一角にあるマモンの研究室である。

 マモンの領域だというのに、当然のようにベルゼブブが入り浸っているのだが、そのことで彼が不満に感じたことはない。

 波長が合う、という感覚がある。

「おれのどこが野蛮だってんだ」

 ベルゼブブは、マモンを一瞥いちべつしたが、すぐさまテーブルに視線を戻した。テーブルの上には、山盛りの食べ物があり、それらは彼の配下に作らせたものだった。

 〈暴食ぼうしょく〉を司る悪魔であるベルゼブブは、常になにかを食べていなければ飢えて死にそうになるからだ。実際に死ぬことはなくとも、そう感じるのだから、食べ続けるしかない。

 料理の種類が人間のそれと同じなのは、結局、想像力が足りないせいに違いなかったが、別段、問題はない

 腹が満たせれば、それでいい。

 マモンが機械を操作し、実験を繰り返す様を見ているだけでも腹が減るものだったし、人間たちがなにやら戦っている光景を眺めていても、そうだ。

 腹が鳴る。

「全部」

「はあ? 冗談だろ」

「冗談じゃないよ、本当のこと」

「まじかよ」

「……どこに衝撃を受ける道理があるのかな」

 マモンは、ベルゼブブの反応にこそ、衝撃を受けたくなった。もっとも、マモンの意識は手元の演算機に集中しているから、そんなことにはならないのだが。

 マモンの研究によって、機甲型きこうがた幻魔は、さらなる進化を遂げようとしていた。

 魔軍まぐんの戦力の増強。

 そのためには、どれほど時間を費やしても足りないくらいだ。

 だから、マモンは、ベルゼブブの相手をしてやれないし、彼が人間たちが行っている新星乱舞しんせいらんぶなる戦いに熱中してくれているのは、ありがたかった。

 なにがそんなに面白いのか、マモンにはわからないし、わかりたいとも思わないが。

 ただし、だ。

「彼、決勝戦に進出したんだね」

「ああ。皆代幸多みなしろこうたな」

「また、えるかな」

「当たり前だろ」

 ベルゼブブは、マモンの疑問に断言すると、前方に展開する魔法の板に目を向けた。その板には、新星乱舞の中継映像が流されている。

 暇を持て余した悪魔にとって、これほど無意味で、しかし有意義な時間もなかった。

 皆代幸多の成長度合いを知ることは、決して無駄ではない。

「そういえば……サタン様は?」

「さあね。どっかほっつき歩いてんじゃねえの」

「サタン様の腹心が、そんな適当な」

「適当なのは、サタンだろうが」

「……うーん」

 反論しようにも、良い言葉が見つからず、マモンは黙り込むしかなかった。

 確かに、ベルゼブブのいう通りかもしれない。

 サタンは、いつだって、唐突だ。

 唐突に姿を消し、唐突に目の前に現れ、唐突に世界を動かす。

 それがサタンの役割なのだから、仕方のないことなのだろうが。

 適当にもほどがある、と、腹心が文句を言いたくなるのもわからなくはなかった。


 雨が、降っている。

 意味もなく、理由もなく、理屈もなく、不自然で、不愉快で、不可解で、不明瞭な、情報の雨。

 雲一つない青ざめた空から降りしきる雨は、一滴一滴が膨大な情報の塊だ。見ればわかる。情報子じょうほうしが、青白い燐光りんこうを帯びている。

 降り注ぐ情報の雨は、あまりにも広大すぎて、故にかわききった大地に触れると、瞬時に地形を変えた。地形は無限にその形を変容させ、構造を作り替えていく。大量の情報が降ってきているのだ。

 その莫大な情報を受容じょうほうするには、器が未完成に過ぎた。

 故に、混沌としている。

 その混沌たる大地にいるのは、数多あまたの少年。

 黒髪に褐色の瞳を持つ、全く同じ容貌ようぼうをした少年たちが、情報の雨を制御するべく奮闘ふんとうしている様子が伝わってくる。

「間に合って良かったじゃないか」

 彼が話しかければ、同じ顔をした少年がこちらを見た。

「まだ、いたのか」

「悪いかい?」

「悪いに決まっている」

 少年は、にべもなく告げてくる。

 皆代幸多と全く同じ容姿の少年。それが一人ではなく、何十人、何百人、いや何万、何億も存在しているのだ。

「どうして?」

「……わかりきったことを」

 意地悪な質問には答えるものかというような強い拒絶きょぜつの意思を感じ取って、彼は、苦笑した。

「けれど、ぼくのおかげだ」

 サタンは、少年たちを見て、告げる。

「ぼくが、きみたちに干渉したからこそ、暴走を抑えることができた。そしてそのおかげで彼は大会に出場できている。感謝して貰いたいくらいだよ」

「……なにが目的だ」

 皆代幸多の姿をした、皆代幸多ならざるものは、サタンの目を見据みすえた。なぜか幸多の姿をした悪魔の、赤黒い瞳。そこに映るのは、降り注ぐ情報子の雨であり、彼の姿だ。

「道理に合わない」

「むしろ、道理そのものだよ。目的は変わらないんだから」

 サタンは、精霊たちを見回した。地形は様変わりしていて、幾層もの複雑な構造を持つ、異形の天地を構築していた。

「きみたちも、ぼくたちも、なにひとつ」

 だからここにいるのだ、と、サタンは告げた。


 新星乱舞決勝戦を目前に控え、真星しんせい小隊は、作戦会議を開いていた。

「これまでの試合内容だけで判断しては駄目だということは、理解していると思うけど」

 義一ぎいちが、試合内容を元にした情報を幻板に表示しながら、いった。

「まあ……予選だからと全力を出さなかったどこぞの小隊もいるからなあ」

「確かに……」

 九十九つくも兄弟が言及したのは、もちろん、皆代みなしろ小隊のことだ

 統魔とうまが控えに回っていたという時点で、だれがどうみても全力ではなかったし、否定できない事実だろう。統魔が出場するまでもなく勝利できると踏んでいたということでもあり、事実、その通りの結果に終わった。

 皆代小隊の圧倒的大勝利は、だれもが想定していたものだったし、なんの驚きもなければ、衝撃もなかった。

 そして、だからこそ、決勝戦に進出した三小隊は、皆代小隊に注目し、最大限警戒するのだ。

「決勝戦には、当然、皆代統魔が出てくるだろうね」

本荘ほんじょうルナも出てきそうだな」

星象現界せいしょうげんかいの使い手が三人……か……」

「よし、黒乃くろの。おまえ、星象現界を使え」

「ええっ!?」

「黒乃が星象現界に覚醒して、他を圧倒、そして真星小隊大勝利! これだな!」

「えええええっ!?」

 真白ましろ自暴自棄じぼうじき的な戦術の提案には、黒乃が悲鳴を上げるばかりだったが、しかし、幸多は義一と顔を見合わせ、静かに頷くのだ。

 他小隊との戦力差を考慮した場合、そんな奇跡でも起きてくれない限り、勝利は難しい。

 そもそも、地力じりきの差がありすぎる。

 もちろん、真星小隊は、極めて優秀な導士が揃っていることはいうまでもない。

 真白は、同世代最硬の防型魔法の使い手だったし、黒乃は、同世代最強の攻型魔法の使い手だ。義一は第三因子・真眼しんがんもあり、補手としてこれ以上はないくらいの人材なのだ。

 だとすれば、問題はただ一つ。

(ぼくだな)

 幸多は、己の才能のなさを改めて噛みしめた。

 魔法不能者にして完全無能者が故に、戦力差を打開する策を提案することもままならない。

 決勝戦の開始時間が、迫っている。


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