第千八十話 重力
「どうです? 新星乱舞は」
「おれが想像していた通りの結果になっていることを含めて、不満など一切ないな。若き新星たちの戦いぶりは、いつ見ても素晴らしいものだし、胸を打たれるよ。彼らの上に立つものとして、気が引き締まるというものだ。それがおれの感想だが、きみは、どうなのかね?」
神威は、麒麟に問い返しつつ、編集映像が流れている幻板から視線を動かした。
総長執務室。
室内には、神威と首輪部隊の三名、そして麒麟がいる。
天井照明の青白い光に照らされているということもあるからなのか、だれもが穏やかで安定した精神状態であるはずだ。
新星乱舞の熱気や興奮が映像から伝わってくるのだが、それら全てを理性が覆い尽くしていく。
「どうもこうもありませんよ。新星たちが皆、勝利のため全力を尽くす姿は、美しいというほかないでしょう」
「義一も活躍していたものな」
「我が子だからといって、贔屓はしませんが」
「してもいいのだぞ。第一回の新星乱舞では、火流羅も火留多も、孫子を熱烈に応援していたものだ。きみが義一を応援したとして、なんの問題もあるまい」
「まあ、そうでしょうが。しかし、わたくしは、彼らが皆、悔いなく戦い抜いてくれることを望むことしかできませんよ」
「きみらしい」
「閣下は、神木軍団長が出場されていたのであれば、応援されたのです?」
「しただろう。ただし、朱雀院家ほど熱烈なものではなかっただろうがな」
神威は、麒麟の黄金色の瞳を見つめながら、いった。
第一回新星乱舞の際、朱雀院家が総出で火倶夜を応援したことは有名な話だったし、大いに話題にはなったものの、そのことで問題になるということはなかった。
当然だ。
朱雀院家は、魔法の本流たる伊佐那家の分家にして、魔法の名門である。そして、戦団においてなくてはならない存在なのだ。そんな朱雀院家の次代たる朱雀院火倶夜が大舞台に立つとなれば、一族全員が全力で応援するのも無理からぬことなのだ。そして、どれだけ身内が贔屓したところで試合内容には一切関係ないのだから、どうでもいいことではある。
もし仮に、神威の姪孫である神木神流の若手時代に新星乱舞が企画され、神流が出場したとのであれば、神威は当たり前のように応援しただろう。そのことで神流がやる気になってくれるのであれば、なおのことだ。
神流が神威のことを神の如く尊崇してくれているということは、理解している。であればこそ、場合によってはそうした心理を利用するのも、悪くはない。
神流自身、自分の若手時代に新星乱舞のような催しがあれば、神威に応援してもらえたのに、と残念そうに語っていたものである。
それほどまでの神威信者というのは、別段、珍しくもなんともない。
神威は、生きる伝説、英雄の中の英雄、導士の中の導士なのだ。
現人神というものまでもいて、信仰の対象になってさえいる。
神流もまた、神威を信仰している一人だ。
故にこそ、神威は、時として己への信仰心を試すようにして、神流に発破をかける。神流がいまや戦団を代表する導士へと成長を遂げたのも、そうして課せられた数々の試練を乗り越えてきたからだ。
仮に新星乱舞があれば、そのときも同様に発破もかけただろう。
そんなことを、夢想する。
今年は、どうだったのだろうか。
今年の新星乱舞には、戦闘部の全軍団から出場者が選出されており、十二の小隊が決勝進出を争った。
第一軍団・白馬隊。
第二軍団・式守小隊。
第三軍団・宇佐崎小隊。
第四軍団・ラッキークローバー。
第五軍団・岩岡小隊。
第六軍団・銀星小隊。
第七軍団・真星小隊。
第八軍団・フルカラーズ。
第九軍団・皆代小隊。
第十軍団・草薙小隊。
第十一軍団・竜胆小隊。
第十二軍団・加納小隊。
いずれも新星乱舞への出場条件を満たした、選りすぐりの若手導士たちだ。
つまるところ、戦団の未来そのものといっても過言ではない。
若く優秀な才能が激突する光景は、麒麟がいうように素晴らしく、眩しいものだった。
神威には持ち得ず、ありえなかったもの。
故にこそ、余計に眩しく感じるのだろうし、いままさに幻板に流されている、予選の激戦が編集された映像に目を細めてしまうのだ。
毎年、そうなってしまう。
「……今年の優勝は、どこだろうな」
神威の何気ない問いかけに対し、麒麟は、微笑を返した。
「予選を勝ち抜いただけでも素晴らしいことだ。そうは思わないか?」
「ですな」
美由理が己に言い聞かせるようにいったものだから、粟津迅は、静かに肯定するしかなかった。
新星乱舞、そして真星小隊のことだ。
戦団感謝祭の真っ只中であり、水穂基地は第七軍団総出で市民を歓迎している最中だ。しかし、基地内を訪れた市民の多くも、各所に展開している幻板を食い入るように見つめていて、だれがも新星乱舞に熱中していることがわかる。
そのため、戦団感謝祭そのものが停滞しているような、そんな印象さえ受けるのだが、毎年のことであり、導士たちの誰一人として気にしていない。
実際には、基地内の各所で行われている様々な出し物は稼働中であり、いまこの時間を利用して堪能する市民もいないではないのだが。
「真星小隊は、結成したばかりの小隊といっても過言ではありません。特に隊長の皆代導士は、半年前に入団したばかりの新人です。その新人が率いる小隊が、いまや第七軍団を代表するほどの知名度、人気度を誇るようになったのですからな」
「うむ」
粟津が述べたのは、真星小隊に関する一般的な認識についてであり、美由理も厳かに頷いた。彼のいうとおりだ。
幸多たちは、本当によくやっている。
美由理の想定の数倍、いや、数十倍の働きをしているといっても、過言ではない。
破殻星章なる勲章が彼らのために用意されるほどだ。まさに英雄的といってもいい大活躍であり、戦団の、人類の歴史に名を刻んでいるのである。
それほどの結果をこの短期間で残したのだから、それだけでも十分過ぎるほどだ。
その上で、新星乱舞でも優勝しようというのは、あまりにも出来過ぎだし、やり過ぎだ。
美由理は、そのように考えることで、納得しようとしていた。
決勝戦は、まだ始まってもいない。
いま結果のことを考えるのは、全くの無意味だ。
なにか奇跡的なことが起きて、真星小隊が優勝する可能性だって――。
(ありえんな)
美由理の冷徹な部分が、わずかに過った想像を否定する。
決勝戦に出場するのは、真星小隊、式守小隊、草薙小隊、そして皆代小隊の四小隊だ。
いずれ劣らぬ強敵揃いであり、それらを打ち倒し、勝利を掴み取るのは、容易いことではない。
予選は幻魔の撃破数を競えば良かったが、決勝戦はそうではないのだ。
四小隊による直接戦闘が、決勝戦の試合形式である。
同世代最強無比の小隊である皆代小隊と直接やり合って勝てる未来は、見えない。
もっとも、決勝戦で負けたからといって、その小隊が弱いというわけではない。それは、新星乱舞全般にいえることである。出場するだけでも素晴らしいことだったし、小隊としての能力が認められたということなのだから、仮に敗れ去ったとしても、胸を張ってくれていい。
特に幸多は、魔法不能者なのだから。
《そんなことをいったって、駄目だよ》
「え?」
不意に耳朶に刺さったのは、聞き知った少女の声であり、美由理は背後を振り返った。しかし、美由理の視界に映り込んだのは、特殊合成樹脂製の舞台の床であり、さらにその向こう側に溢れかえる市民の姿だ。
多くの市民は、特大幻板に流れている新星乱舞に注目しているが、中には、美由理の姿を一目見ようと身を乗り出しているものもいて、美由理がそちらに目を向けたからか、手を振ってきた。
「どうされました?」
「いや……」
美由理は、市民に手を振り替えしながら、粟津の疑問にどう答えるべきなのかと考えた。
ただの幻聴か。
しかし、それにしては、あまりにも現実味を帯びていた。
重力すら感じるほどの。