第千七十八話 新星乱舞(三十四)
『新星乱舞予選最後となる第四試合は、皆代小隊の勝利となりましたが、勝因はどこにあるのでしょうか?』
二屋一郎の問いかけに対し、朱雀院火留多は、手元の端末を操作し、再生中の記録映像を制御した。
『端的にいえば、小隊としての総合力の高さ、ではないでしょうか』
『総合力!』
『はい。皆代小隊は、六人編制の小隊ですが、新星乱舞の大会規則は四人編制での出場となります。そこで皆代小隊は、隊長、副隊長の二人を除く四人で予選に出場したわけですが、その四人の魔法技量、戦闘能力ともに極めた高い水準であり――』
などと、すらすらと求められた解説を述べながらも、本心では、本荘ルナが星象現界の使い手だからだと考えているのが、火留多である。
星象現界は、それひとつで戦況を引っ繰り返すだけの力を持っている。
魔法士同士の戦闘で、ほかに星象現界の使い手がいなければ、なおさらだ。
本荘ルナは、星象現界のただでさえ圧倒的な力を、思うまま、存分に振るうことができたのだ。
故に、皆代小隊は、圧勝した。
銀星小隊も竜胆小隊も、手も足も出ないまま終わってしまったのだ。
『そして、それほどの実力者揃いの小隊に対し、直接戦闘に持ち込んだのは、結果的には悪い判断になってしまった』
『幻魔を倒し、撃破点で競った方が良かったと?』
『その場合、より多く妖級幻魔を撃破すればいいわけですから、勝ち目もあったかもしれません。もちろん、可能性の話ですが』
皆代小隊が幻魔討伐に全力になれば、点数差は一気に拡大し、やはり圧倒的勝利を収めただろうことは想像するまでもない。
本荘ルナの星象現界は、妖級幻魔を容易く討ち滅ぼし、皆代小隊に大量得点をもたらすに違いないからだ。
つまり、他小隊には最初から勝ち目などなかった、ということになるのだが、火留多は、その辺りは言葉を選び、それぞれの小隊の良かった点を事細かに述べていくことで、場を収めていった。
白銀《》はくぎん流星は、寝台に腰掛けるようにして、幻板を流れる映像を見ていた。
予選第四試合を編集した映像であり、そこでは銀星小隊の戦いぶりも多少なりとも映っている。特に活躍しているといえるのは、金田友美くらいのものだが。
「あっさり、負けてしまったね」
流星の口から飛び出してきた一言に、朝子と友美はびくりとした。
「すみませんすみませんすみません!」
「わたしたちがもっと上手くやれていれば!」
朝子にせよ、友美にせよ、最低最悪の結果に終わってしまい、反省しきりだったのだ。
もちろん、皆代小隊が並外れた強敵だということはわかりきっていたし、簡単に倒せる相手ではないことくらい理解していた。
皆代統魔が出てこなかったという一点に勝算を見出したものの、それこそが見当外れだったということを身を以て思い知った。
本荘ルナも、星象現界の使い手にして、同世代最高峰の魔法士なのだ。
しかし、それでも、と、二人は考えてしまう。
もう少し上手く立ち回れていれば、と。
多少なりとも食い下がることができていたという事実がある。その事実を直視すればするほど、自分たちの不甲斐なさに打ちのめされるのだ。
結局、ルナに圧倒されたところを突かれ、敗れてしまった。
「二人とも、落ち着いて。隊長は、あなたたちを責めてなんていませんよ」
「そうとも。朝子くんも、友美くんも、あれだけの力を発揮してくれたんだ。あの本荘ルナに、星象現界にあそこまで食い下がることができたのは、きみたちだけなんだよ」
それは誇るべきことだ、と、流星はいう。
事実、本荘ルナの星象現界・月女神の絶大な力の前では、流星も出石黎利も、竜胆小隊の四人も、為す術もなかった。
星象現界の力に制圧されたところを、高御座剣や新野辺香織の魔法に撃ち抜かれるものもいた。
「十分、やれることはやったよ。本当に、よく頑張った」
あの皆代小隊を相手にして勝ち抜くなど、土台無理な話だ。
流星は、この組み合わせが決まったときから、予選敗退という結果に終わることを予期していた。
だからといって、そんなことを隊員たちにいえるはずもなく、勝利し、通過しようと励ますのは、隊長として当然の判断だろう。小隊全体の士気を下げるような真似は、どのような隊長であってもするはずがない。
隊長なのだ。
隊員たちの心の支えとならなければ、ならない。
「相変わらず、銀星小隊の要だな、ふたりは」
流星が爽やかに笑いかければ、朝子と友美は、なんだか自分たちが情けなくなって、涙が止まらなかった。
相手の実力が圧倒的に上だからとはいえ、自分たちの力が全く及ばなかったという事実は、心に打ち込まれる楔のようなものだ。
姉妹で抱き合う二人を見て、黎利は、流星を見た。
金田姉妹に頼りすぎた結果がこのザマならば、小隊としての在り方を見直す時期に来たのではないか。
黎利の目は、そのようにいっている。
流星も、それは認識している。
だから、なにもいわずに頷いたのだ。
「うがあああああ!」
竜胆龍哉の怒号が飛び込んできたのは、菖蒲坂隆司がぼんやりと幻板を眺めているときのことだった。
小隊控え室内の自分の寝台の上に立って荒れ狂う龍哉の様子は、決して珍しいものではない。
任務や訓練の結果が思わしくなかったとき、龍哉は、胸の内の蟠りをそのようにして発散するのである。
その際、迷惑を被るのは、同小隊の隊員たちだけだから、なんの問題もない。
「なんなんだよ! 本当に、なんなんだよっ!」
「隊長、荒れてるなあ」
「いつも以上だな」
桜井雅人と椿章助がこそこそと話し合うのも、普段通りの光景だ。
竜胆小隊は、隊長である龍哉を頂点とし、中心にして要とする小隊だ。
小隊としての結果が悪ければ、その責任は全て龍哉が背負うことになる。
だから、龍哉は、時折、このように大声を上げ、暴れ回って発散する必要に迫られるのだ。
隆司は、そんな龍哉が嫌いではなかった。むしろ、わかりやすくて好感が持てると思っている。なにより、隆司たちの失敗の尻拭いをしてくれるのが、龍哉なのだ。
だから、龍哉がこのように感情にまかせて怒鳴り散らすのも、平然と受け入れているというわけだ。
「皆代小隊めっ!」
龍哉が、憤然と叫びながら寝台の上に座り込んだ。寝台が大きく撓むほどの勢いだった。が、
「――敗因はなんだと思う?」
ひとしきり怒鳴り散らした直後の龍哉の声音は、普段通りの穏和さを取り戻しているから、桜井も椿も隆司も、いつものように安堵し、隊長に目を向ける。
これが、龍哉なのだ。
任務や訓練中に蓄積した鬱憤《うっぷn》を一気に爆発することによって、急速に頭を冷やしているのだ。
それもあって、隊員たちは、隊長がいくら怒鳴り散らそうがいつものことだとどこ吹く風だったというわけである。
「やっぱり、地力の差、じゃないですか?」
「皆代小隊は、隊長、副隊長が抜けても、あの強さですからねえ」
「むう……」
「火留多様が仰られたように、得点稼ぎに専念するべきだったんですかねえ」
「それはそれで、結局、皆代小隊が一位になって終わりだろうが」
だからこそ、最初から皆代小隊を全力で攻撃するという戦術を取ったのだ。そしてそれは、銀星小隊も同じ戦術を取るだろうという想定の下である。
実際、龍哉の想定通りに戦況が動き、皆代小隊を挟撃する形となったわけだが、それで一人も落とせなかったのは、無念というほかない。
椿のいう通り、地力の差がそこに現れている。
皆代小隊の総合力は、今回新星乱舞に参加したどの小隊よりも圧倒的に上回っていると見ていい。
仮に数値化できるのであれば、数倍どころか十倍以上の差がついていたとしても、おかしくはない。もちろん、星象現界込みでの話だが。
「まあ……相手が悪すぎたな」
龍哉は、寝台に倒れ込むと、天井照明の青白い光を見た。
網膜を灼くのは、本荘ルナの星象現界・月女神の銀光であり、その眩さは、意識を席巻し続けている。