第千七十六話 新星乱舞(三十二)
『竜胆小隊、銀星小隊、両隊ともに皆代小隊を標的と定めたようですが、これはどう見ますか!?』
『皆代小隊を野放しにしておくのは決勝進出の機会をみずから手放すようなものでしょう。皆代小隊が今大会出場小隊中、最高にして最強の小隊だという前評判は、だれも否定できない事実なのですから』
『なるほど! 最強の小隊ならばこそ、真っ先に叩いておこうという竜胆小隊、銀星小隊の思惑が合致した結果、というわけですね!』
『はい。両隊が予め手を組み、このような戦術を練ったわけではありません。仮にわたしがこの試合に出場したのだとしても、両隊と同様の戦術を組んだでしょう。それほどまでに皆代小隊というのは、強力無比、凶悪無双といっても過言ではない存在なのです』
二屋一郎と朱雀院火留多による熱の籠もった実況と解説が聞こえる中、中継映像では、激化していく戦闘の模様が映し出されていた。
竜胆小隊、銀星小隊の思惑が一致したことで、図らずも皆代小隊を挟撃する形となったことは、皆代小隊にしてみれば喜ばしくない状況だろう。
苛烈極まりない魔法攻撃の嵐を耐え凌ぎつつ、皆代小隊がどうやってこの苦境を乗り越えるのか、だれもが固唾を呑んで見守っているはずだ。
「強力無比で凶悪無双ねえ」
「隊長不在でも、その評価は覆らないか」
「本荘さんだって強いもん」
「知ってる。なんつっても、星象現界の使い手だもんな」
「まあね」
幸多は、真白の発言に頷きながら、炎の結界の中、本荘ルナが複雑にして緻密な律像を構築するのを見ていた。無数の幾何学模様が幾重にも絡み合い、魔法の設計図を作り上げていく。
その形には、見覚えがあった。
「そういえば、今回の新星乱舞出場者で星象現界が使える若手が三人もいるんだったね」
「皆代統魔に本荘ルナ、それに草薙真か」
「真くん、凄かったよね」
幸多が手放しで賞賛すると、真白が少しだけ面白くなさそうな顔をした。幸多は、草薙真のことになると色々と甘くなるのが、なんだか気に食わない。
もちろん、草薙真が幸多の親友だということは理解しているし、草薙真自身が類い希な魔法士の素養の持ち主だということは理解している。日々、鍛錬と研鑽を怠らない導士の鑑のような人物だということも。
きっと、草薙真の人間性について、まるで知らないからだろう。
まったく無関係の赤の他人に幸多の意識が占有されるのが、真白には面白くないのだ。
とはいえ、そんなことをいっても仕方がないから、真白は試合に意識を向ける。
この第四試合に勝ち上がってくるのは、皆代小隊とだれもが予想している。
その予想を覆すためにこそ、真っ先に皆代小隊を落とそうと銀星小隊も竜胆小隊も先制攻撃を仕掛けたのだ。
その作戦が功を奏するのか、あるいは裏目に出るのか、注目していた。
「星雨」
白銀流星が発動したのは、彼の代名詞というべき攻型魔法だ。流星の頭上が瞬いたかと思えば、つぎの瞬間には大量の光線が眼下の敵陣へと殺到している。
まさに流星雨のようだった。
六甲枝連の焔王護法陣に次々と着弾し、連鎖的な爆砕を引き起こし、炎の結界を打ち崩していく。枝連が歯噛みしながら魔法壁の維持に全力を尽くすが、しかし、それ以上に苛烈な攻撃が襲いかかってくるものだから、間に合わない。
「伍百伍式改・天雷蛇矛!」
竜胆小隊の椿章助が放ったのは、戦団式魔導戦術を自分流に改良した攻型魔法だ。
導士の大半は、戦団式魔導戦技を学び、体得する。そして、そのまま使うことも少なくないが、自己流に改良するものもまた、多い。やがて原形を留めないほどに改変した結果、真言も原型を失っていくということが多々あった。
天雷蛇矛は、天雷矛を改変した攻型魔法であり、本来ならば直線的な雷を落とすところを、急角度に蛇行する雷を落とし、さらに着弾地点から無数に分岐させた。炎の壁に激突した雷光がその表面を這うようにして飛び散りながら、魔法壁を持続的に傷つけていく。
それによって防手の負担を増加させ、防型魔法の精度や強度を低下させることができれば、それだけで十分役割を果たしたといえる。
一方、皆代小隊から飛んでくる雷撃に対しては、竜胆龍哉の防型魔法が力を発揮するのだ。竜胆小隊を包み込む砂塵の結界が、襲いかかってきた雷光の渦を拡散させ、無力化した。
新野辺香織の攻型魔法をだ。
香織は、しかし、なんとも思っていない。
「敵の敵は味方って感じかあ」
「まあ、この試合で一番厄介なのは、どうかんがえてもぼくたちだし」
「最初からわかっていたことだ……が」
とはいいつつも、枝連は、焔王護法陣が崩壊寸前であることを認め、苦い顔をした。防型魔法を維持するにしても、二小隊による同時攻撃に曝され続ければ、それも困難になるのは当然だった。
攻手四名、補手二名の攻撃を一手に引き受けるのだ。
いくら枝連が世代最高峰の防手の呼び声が高くとも、六名の優秀な魔法士の猛攻を捌き続けるのは、不可能に近い。
「覇光千刃!」
菖蒲坂隆司が放った無数の光刃が炎の壁に突き刺さり、先端が魔法壁を突き破った。怒濤の如き魔法攻撃の連打によって、魔法壁が限界に近づいていたからだ。
そして、さらなる打撃によって、魔法壁が音を立てて崩壊した。爆散する結界の中に飛び込んできたのは、金田友美であり、影のような衣を纏う彼女は、地に降り立つなり拳を構えた。
魔魂共鳴法・武身。
朝子と友美が独自に編み出した合性魔法の一種であるそれは、朝子が友美に力を明け渡すことによって発動する。つまり、いまの友美は、ふたり分の膨大な魔力を得ているようなものであり、圧倒的な戦闘力を誇るのだ。
友美が、地を蹴った。影が、波打つ。
一瞬にして枝連との間合いを詰めた友美の拳が、黒い閃光の如く虚空を奔る。激突。散ったのは、閃光。眩いばかりの白銀の光が、枝連の網膜に焼き付いた。
「すまん」
「れんれんは悪くないよ!」
香織命名の愛称を叫んだのは、ルナだ。そして、枝連を友美の攻撃から守ったのも、ルナである。
ルナは、全身から白銀の光を放っていた。その莫大にして爆発的といってもいい光は、強大無比な魔素質量であり、ただただ圧倒的としか言い様がなかった。
思わず、友美が後退ってしまったほどだ。
全身の細胞という細胞が震えるような、そんな感覚。悪寒がした。これ以上踏み込めば、真っ二つに両断されていたのではないかという直感。そしてその直感は正しかったに違いない。
白銀の光は、さながら女神が纏う荘厳にして幻想的な衣から発せられるものであり、それがルナの星象現界・月女神だということは即座に理解できた。
ルナは、挟撃を受けた瞬間、星象現界の発動に踏み切ったのだ。
予選の勝利条件は、二つ。
試合終了時、他小隊より高得点であること。
あるいは、試合終了時に唯一生き残った小隊であること。
最初は、点数を稼ぐことを考えていた。それならば、ルナが隊長代理を務める皆代小隊でもどうとでもなるだろうと踏んでいたのだ。
だが、銀星小隊、竜胆小隊が脇目も振らずに攻撃を仕掛けてきた挙げ句、共闘する姿勢を見せたとなれば、黙殺できるわけもない。
いくらルナといえども、二小隊から猛攻撃を受け続ければ、落とされるしかないのだ。
故に彼女は、星象現界を発動するべく、準備を始めた。
大量に練成した魔力を超高密度に圧縮、星神力へと昇華するとともに律像を構築、そして、真言を唱え、星象現界の発動をへと至る。
それまで枝連たちには持ち堪えてもらわなければならなかったが、そこは、仲間だ。ルナは、彼らに全幅の信頼を寄せていたし、期待通りの時間稼ぎをしてくれた。
おかげで、星象現界・月女神を発動することができたのだ。
武装顕現型星象現界・月女神をその身に纏ったルナの姿は、まさに神話に登場する月の女神そのものであり、三日月状の光背が放つ膨大なる白銀の光は、戦場を圧倒した。