第千七十五話 新星乱舞(三十一)
「統魔、出ないんだ」
予選第四試合開始直後、幸多が漏らした言葉がそれだった。
小隊控え室には、真星小隊の四人が勢揃いしていて、これまでと同様に試合の中継映像を食い入るように見ている。
第二、第三試合も熱量たっぷりの戦いだったが、第四試合の注目度は、やはり一番大きい。
そしてもっとも注目を集めているのは、皆代小隊だ。
おそらくだが、双界全土がぞの一挙一動を注視している小隊であり、故に予選の中でももっとも視聴率が高くなるのではないかと考えられていた。
試合開始前も、流星少女隊が皆代小隊のことを取り上げ、盛り上げに盛り上げていたくらいだ。
だれもが皆代統魔のことを未来の英雄と信じていたし、近い将来戦団を背負って立つ導士であると疑っていなかった。
若き英雄とは、統魔にこそ相応しい言葉だというものもいる。
幸多たち真星小隊ではなく、だ。
実績は真星小隊、実力は皆代小隊という世間の評価には、幸多たちにも反論のしようがなかったし、納得するばかりだ。
幸多たち自身がそのことを一番よく理解している。
皆代統魔は、規格外の魔法技量の持ち主であり、若くして星象現界を体得しただけでなく、星象現界までもが特別なものだった。彼一人で大隊以上の戦力を発揮できるのではないかともっぱらの噂だったし、事実であるかもしれない。
「四人制限だから、というのもあるんだろうけれど」
「だとしてもだな、皆代小隊最高戦力の皆代統魔が出てこないっていうのは、どう考えても――」
「兄さん、それ以上は駄目だよ」
「なんでだよ、本当のことだろうが」
「だとしても、さ」
黒乃は、真白の半眼から目を逸らすようにして幸多の横顔を見た。統魔を悪くいうようなことになれば、幸多が傷つくのではないか、と、黒乃は想うのだ。
幸多が統魔のことを兄弟や家族としてではなく、導士としても限りなく尊敬していることは、常日頃の言動からもよく伝わってきていた。
もちろん、真白の言い分も理解できる。
皆代小隊の編成を決めたのは、統魔だ。そして、統魔は自分が出場しなくても予選を突破できると踏んでいるからこそ、このような編制にしたに違いない。
そしてそれも間違いではない、ということも、皆理解している。
なんといっても、本荘ルナもまた、同世代最高峰の導士なのだから。
だからこそ、幸多は、複雑な気分なのだ。
予選第四試合には、幸多の同期が三人も出場している。
金田朝子、友美、菖蒲坂隆司だ。
金田姉妹は、最近、にわかにその魔法技量を評価されていて、同世代の中でも実力者と見られている。銀星小隊の要といわれるほどだ。
一方、菖蒲坂隆司は、同世代の中ではそこそこの立ち位置にあるものの、竜胆小隊の一員として確かに活躍しているという話だった。
そんな三人が激突する羽目になっただけでなく、統魔と決勝進出を競うことになったのは、幸多としては残念でならなかった。
幸多が一番応援しているのは、統魔だ。
こればかりは、どうしようもない。
隆司や金田姉妹とも定期的にやりとりするほどに仲が良いし、大切な友人だと思っているのだが、しかし、統魔とは、比較のしようがない。
そんな統魔が出場しないからといって、皆代小隊を応援しない理由はないのだ。
『この皆代小隊の編制、どう見ますか!?』
『新星乱舞の大会規定により、本来六人編制の皆代小隊は、どうしても普段とは異なる四人編制で戦わなければなりません。これは明確な欠点といえるでしょう』
『欠点!』
『ですが、そもそも皆代小隊を構成する六人の導士は、だれもが引けを取らない優秀な魔法士です。六甲導士の防型魔法は堅牢強固ですし、高御座導士、新野辺導士の攻手としての能力は破格。そして本荘導士は、卓越した魔法技量の持ち主。この四人でも並の小隊以上の戦績を収めることは、疑いようがありません』
『ということは、相手にする竜胆小隊、銀星小隊からしてみれば、厄介なことに変わりはない、と!?』
『そういうことになりますが、しかし、皆代導士が出場していないという一点において、十分に付け入る隙はあるのではないでしょうか――』
実況・二屋一郎、解説・朱雀院火留多の声が観客たちに届く中、戦場は大きく動いていた。
皆代小隊が山嶺を飛び越え、獣級幻魔の集中砲火を浴びつつも反撃に転じ、撃破数が増加していけば、点数もまた加算されていく。
得点表を見れば、皆代小隊が飛び抜けていることがわかるのだが、それもそのはずだ。
竜胆小隊も銀星小隊も、幻魔を撃破しつつ、移動しているからだ。その目的地がどこなのか、俯瞰図を見れば明らかだった。
戦場北方、つまり、皆代小隊を目指している。
「統魔くんがいないのは残念だけど、皆代小隊には決勝に進出して欲しいわね!」
「その場合、統魔と幸多がぶつかることになるのよねえ」
「どっちが優勝しても美味しいってこと!?」
「えらく前向きで、良い考え方ね」
「そっか、そういう考え方もあるのね」
「それ以外ないでしょ!」
拳を振り上げて断言する珠恵に、奏恵と望実は感心するばかりだった。
奏恵にとって、統魔と幸多が勝敗を競うようなことは、あまり喜ばしいことではないのだ。
生まれながら魔法を使うことのできない幸多と、物心ついたときにはある程度の魔法を使いこなしていたという統魔では、どうしたところで勝負にならない。
ずっと、そうだった。
幸多が成長し、並外れた身体能力を獲得していくと、それなりの勝負ができるようになったものの、やはり、魔法を全力で駆使する統魔に敵う道理はなかった。
いまは、どうか。
幸多は、F型兵装という武器を、力を手に入れた。
並の魔法士以上の戦果を上げられるその力があれば、統魔に食い下がれるのか。
いや、無理だ。
統魔は、魔法士としてさらに強くなった。何段階もすっ飛ばして力を付けた統魔は、いまや魔法士の頂点を目視できるほどの高みにいるのではないか。
少なくとも、央魔連幹部だった望実や珠恵よりも遥かに強力な魔法士になっていることは、疑うまでもない。
そんな統魔と激突した挙げ句、敗れ去る幸多の姿を見るのは、奏恵としては嬉しいものではない。
しかし、統魔が活躍することそれ自体は喜ばしいことだ。
新星乱舞で統魔が活躍し、皆代小隊が優勝したのであれば、それはそれで全身全霊で喜ぶべきなのだろう。
あわよくば幸多と統魔、二人が優勝してくれればいいのだが、そんな都合のいい結果にはなりようがない。
「うん?」
ルナは、三日月状の光刃によってガルムの胴体を真っ二つに切り離し、ついでのように魔晶核を両断すると、頭上から降ってきた雷撃に怪訝な顔をした。
雷は、炎の障壁に激突し、爆散している。
幻魔の攻撃魔法かと思ったのだが、どうやらそうではなさそうだった。
爆散した雷光から無数の雷球が発生し、雷球同士が結びついて、電熱の網を構築したのだ。複雑で高度な魔法だ。並の幻魔に真似のできる代物ではない。
少なくとも、周囲の獣級幻魔には。
「他小隊からの攻撃!?」
「方角からして竜胆小隊か」
「なんで!?」
「だって、うちら皆代小隊だし」
「そりゃ目の敵にされるっていうか」
「どうしてよ!? そんなにわたしって悪目立ちしてた!?」
ルナが叫んでいる間にも、皆代小隊に対する攻撃があった。今度は、無数の光線が雨のように降り注ぎ、魔法壁に亀裂を走らせた。
枝連が、防型魔法・焔王護法陣を再度発動し、紅蓮と燃える猛火が四人を包み込み、幻魔や敵小隊からの集中攻撃を弾き返す。
「それは……まあ」
「否定しようがないかな」
「ルナっち、派手派手だもん」
「むうううううっ!」
ルナ自身身に覚えがありまくることだったので、言い返すこともできず、唸るしかなかった。
ただでさえ派手な格好で動き回っていただけでなく、あの皆代統魔に付きまとっているような有り様だったのだ。
他の導士からしてみれば面白くないだけでなく、目障りな存在だと思われていてもおかしくはない。
「銀星小隊も来たよ」
剣の報告が、ルナにさらなる衝撃を与えた。
戦況は、大きく動こうとしていた。